第十幕
【手帳の中の物語 ⑩】
『◭ボクと移住者たちの話』
前回の作文から三ヶ月が過ぎてしまいました。
その間にいろいろなことがいっぺんに起こりました。
ボクの頭はまだ混乱していて、うまく作文が書けるかどうかわかりませんが、起こった出来事をなるべく順番どおりに書いていきたいと思います。
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エイプリルの言ったように、あれから続々と移住者がやってきました。
最初は二日に一人ぐらいづつで、たいした人数ではなかったのですが、そのうち一日に二人、多いときには三人もくるようになりました。
今ではもう六十人ぐらいがここにやってきています。
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移住者たちはあのタイムマシーンのボールでやってくると、みんな真っ先にボクの所にやってきました。
そしてアトランティスの秘密を聞いて驚き、それからボクがそのほかに何も言わないのでがっかりしました。
ボクにはあまり話すことがなかったし、彼らと話したいと思わなかったからです。
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それから彼らはエイプリルの所に行きます。
エイプリルは親切に彼らの話を聞き、なにか励ますようなことを言って、それから彼らの家を村のみんなで作り出します。
大体みんなが同じパターンです。
こうして村はどんどん大きくなっていきました。
最初はボクとエイプリルの家があっただけなのに、今ではそれを何重にも取り囲んで家が建つようになりました。
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最初のうち、ボクは移住者の人たちから大事にされていました。
みんな最初はボクが英雄だと思っていたからです。
でももちろんボクは英雄ではありませんでした。
ボクはただの逃亡者でした。
みんながそのことに気が付くと、ボクは誰からも相手にされなくなりました。
みんながボクと関わりたくないというように、避けるようになりました。
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もちろんエイプリルだけは別だったけれど、彼女はみんなのリーダーになっており、ボクだけにかまっている時間はありませんでした。
それにもう一つ、ボクには彼らに嫌われる原因がありました。
それはチャールズのことでした。
ボクは未来の世界でロボットを解放しました。
それが英雄として見られた原因だったのだけれど、ボクは今でもチャールズと暮らしていたからです。
彼らにはボクがまだチャールズを奴隷のように使っていると見えたらしいのです。
誰もはっきり口に出しては言いませんが、みんなの目を見れば憎しみと軽蔑がこもっているのがわかりました。
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でもボクはチャールズを手放す気はありませんでした。
チャールズはボクの友達だからです。
でもそれをわかってくれるような人たちではありませんでした。
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ボクはだんだんと自分の家を出られなくなり、一日中チャールズとモノの三人で暮らすようになりました。
そこまではまだよかったのです。
でもあるとき、チャールズがいじめられて戻ってきました。チャールズのボディには泥が塗りたくられ、頭の横にはへこみがありました。
チャールズはロボットだから決して人間を傷つけません。
それをいいことに村人たちがチャールズに悪さをしたのです。
ボクは庭に出てチャールズの体を洗ってあげながら、もうここにはいられないと思いました。
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その次の日にボクたちは家の解体を始めました。
もちろんチャールズにも手伝ってもらいました。
でもその作業の間に、村の人たちがボクたちに石をぶつけだしたのです。
「ロボットをはたらかせるな」とか、
「自分ひとりでやれ」だとか、そんなことを言われました。
だからといってボクを手伝ってくれる人はいませんでした。
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だからボクたちはさっさと家の解体をすませ、村から外れた空き地まで材料を運びました。それからチャールズと一緒に二日がかりで新しい家を完成させました。
本当はもっと村から離れたかったのだけれど、あまり遠く離れては生活することができず、村はずれに移住するのが精一杯でした。
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それからエイプリルがやってきました。
彼女はボクに謝りました。
彼女があやまる理由なんて一つもないのにです。
だからボクは彼女にボクが何も怒っていないことを告げました。
でもこれ以上、村の中で暮らすことはできないとも告げました。
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それはボクと彼女のちょっとした別れでした。
ボクにはチャールズが本当に大事でした。
もちろんエイプリルもボクのことを大事に思ってくれていました。
でも彼女には村のリーダーという生き方も大事だったのでしょう。
ボクたちは昔のように仲良くすることができなくなりました。
ボクは少し悲しい気持ちがしました。
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しかしそれで全てが終わったと思ったのはボクの大きな間違いでした。
再びチャールズが襲われてしまったのです。
移住者の誰がやったのかはわかりません。
ひょっとしたら村中の人間がかかわったかもしれません。
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その日、チャールズが家の玄関に、よろよろとした足どりで、所々から火花を散らせ、煙をふきながら帰ってきたのです。
チャールズのボディはあちこちがゆがみ、背中の蓋はこじ開けられ、中に入っていた基盤やコードがごっそりと引き出されていました。
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ボクはその瞬間にチャールズとの別れを確信しました。この島にある技術や道具では、チャールズを修理することは不可能だったからです。
ボクはチャールズを抱えながら、ベッドに寝かせました。
ボクはもうぽろぽろと泣いていました。
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「坊ちゃん……お別れです」
「チャールズ、本当にごめんよ、ボクがここに連れてきたばかりに」
「坊ちゃん、わたしはわたしの意思でここにきたのです」
「そうかもしれないけど、それでもごめんよ」
するとドアのところからモノもやってきました。
モノはチャールズを見上げさびしそうに鳴くと、そのボディにふわりと飛び乗り、チャールズの頭に背中をこすりつけました。
たぶんモノにもチャールズとの別れがわかったのでしょう。
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「坊ちゃん、わたしたちはいい友達でしたね」
「ああ、ボクたちは最高の友達だったよ、君のことは忘れないよ、チャールズ、ずっと忘れないよ!」
「ありがとう坊ちゃん、わたしはいいロボットになれた気がします。さようなら、モノ。さようならスケイプ坊ちゃん。
どうかあなたたちの歩く道が光で包まれていますように……」
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最後にそういってチャールズは動かなくなりました。
目の奥に灯っていたやわらかな光がゆっくりと消えていきました。
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チャールズは最後に祈りをささげました。
それはたぶん神様のような存在に対してだったのだろうと思います。
この祈りをささげるという行為を、いつからチャールズが行っていたのだろうと思いました。
自分が成しとげられない事に、それでも希望を抱くこと、それこそが祈りというものであり、それはなにかとても崇高な感情のようなものにボクは思えました。
チャールズはただのロボットなどではなかったのです。
それなのに奴らはチャールズを壊してしまった……
△
ボクはそっとチャールズを横たえました。
ボクは怒っていました。
うなじの毛は逆立ち、頭の中の血が沸騰して、怒りで目がクラクラとしました。
そして自分が何をしでかすかわからなくなりました。
それでもボクはじっと耐えていました。
今の怒りが少しでも冷えるように、歯を食いしばってじっと耐えていました。
△
そのときです……
ボクの目の前に再び『カズン』が現れたのです。
「手を貸そうか? やつらを叩きのめすんだろ?」
「あのさ、君はもう一人のボクなんだろう?」
「そうさ、だからオレも怒っている。あいつらはオレたちの一番大事な友達を殺した。報いを受けるべきだ」
「そう思う。分かってるんだ、そうしたいんだ、でも……」
△
「それも分かってる。おまえは憎しみを呼ぶことを恐れている。それが無限に続くことを恐れている」
「そうなんだ、だからボクは逃げ出さなきゃならない」
「逃げる? どうして? おまえだけが被害者になる必要なんてないぜ。やつらには自分がしたことの報いを受けさせるべきだ。悪いのはあいつらのほうだ。オレたちのテリトリーに勝手に入ってきて、かってにルールを変えたんだ。先にここにいたのはオレたちなのに」
△
「でもボクはいやなんだ。確かにボクはものすごく頭にきている。はっきり言えばあいつら全員にチャールズがされたことをやり返してやりたい。でもそんなのは間違いだ。そんなことをしてもどうにもならない。ボクは自分の意思で、ここで憎しみを断つんだ」
「おまえはたいした英雄だな、逃げ回ってばっかりの」
「だからカズン、君もボクといっしょに逃げてくれ」
カズンはボクをじっと見ました。
ボクもカズンをじっと見つめ返しました。
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「率直に言えばだな、オレは今ここで、おまえを気絶させて体をのっとり、奴らを皆殺しにしてやりたい。だがオレはおまえが思ってるほどひどい人間じゃあない。
だからこうしよう。あいつらがチャールズを拒絶するなら、ありとあらゆる道具を奪ってやる。オレがやつらから、ありとあらゆる道具を盗んでくる。
それを全部抱えてここから逃げ出そう。これならどうだ?」
「うん。それならオーケーだ。バランスがとれてる」
こうしてボクはカズンと折り合いをつけました。
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冷静に言えば、自分の中で折り合いをつけたということなのだけれども、カズンという存在はあまりに一人の人間としてリアルで、自分と同一視することは出来ないのです。
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その夜、カズンとボクは【カモフラージュシート】をかぶり、村中からいろんなものを盗み出してきました。
移住者たちは文明を捨ててきたということを誇りにしているくせに、じつはずい分といろんなものを持ち込んでいました。
物質小型化装置を使って、未来からいろんなものを運び込んでいたのです。
もちろん物質小型化装置そのものもありました。
カズンとボクはそれらを一つ残さず盗みました。
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ボクたちにとって好都合だったのは、盗んだものの中に小型化されたジェット機が入っていたことでした。
たぶんこの過去の世界を探検するつもりで持ち込んだのでしょう。
ボクたちはその日のうちに村はずれまで歩き、飛行機を元の大きさに戻すと、大陸のはずれに向かって飛び立ちました。
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あれから三日が過ぎ、ボクは今、森の中に再びテントを建てて生活しています。
残念ですがモノは連れてこれませんでした。彼はこのところエイプリルの所で暮らしていて、あまりボクの所に返ってこなかったからです。
カズンも時々現れては少し話をしています。
そして僕は空いた時間を見つけて、この作文の続きを書いているわけです。
△
今のところ、追っ手のことは心配していません。
彼らの道具は本当に一つ残らず奪ってきたからです。
それらの道具はいま海底に沈んでいます。
今後見つかることもないでしょう。
そして彼らにはこれから大変な生活が待っているでしょう。
たぶん未来永劫に。
それを考えると胸が痛みますが、それは自業自得というものです。
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