【手帳の中の物語 ⑨】
『◭ボクとエイプリルの話』
前回の作文から一ヶ月が過ぎています。
ここまで間隔をあけるつもりはなかったのだけれど、ずいぶんといろいろなことが起きたので、作文を書くのが遅くなってしまいました。
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実はアトランティスからもう一人、女の人がやってきたのです。
彼女の名前は『エイプリル』。
未来のアトランティスでボクが最初の脱走をしたときに会った、あの髪の長い女の人です。
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彼女がやってきたのは三週間前でした。
ボクの家のすぐ近くで突然丸いカミナリがあらわれ、そこから金属のボールが転がるように現れたのです。
それはボクが乗ってきたのと同じタイムマシンでした。
チャールズと二人でじっとボールを見つめていると、扉が開かれ、中から長い髪をたらした女の人が現れました。
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彼女はしばらくあたりをうろうろと見まわし、すぐにボク達の姿を見つけました。
とたんに彼女の顔に、ぱっと笑顔が広がりました。
それはボクも同じだったと思います。
ボクも彼女がエイプリルさんだとすぐに気がつきました。
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「こんにちは、スケイプ君」
「こんにちは、エイプリルさん」
と、彼女の足元からのそっと一匹の猫が出てきました。
彼女によく似た、ほっそりとした三毛猫でした。
彼女はその猫を捕まえると抱きかかえ、ボクたちによく見せてくれました。
「こいつはトリニ。あたしのペットなの」
チャールズもモノを抱き上げて自己紹介しました。
「わたしはチャールズです。こちらはモノ様です。よろしくお嬢様」
「裁判の時以来ね、よろしくチャールズ。ところでキミは元気にしてた?」
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彼女はジーンズにTシャツ姿でした。ほっそりとしてボクより背が高く、ずいぶん大人っぽい感じでした。
にんまりと笑う口もとは意地悪そうだし、大きくて切れ長の目は鋭い印象なのですが、彼女はとても美しい人でした。
ボクはこのときとてもドキドキしていました。
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「ええ。生活はラクじゃないけど、楽しくやっています。それよりどうしてここにきたんですか?」
「キミを追っかけてきたんだな、これが」
「ボクを、ですか?」
「そう! キミと友達のカズンを追いかけてきたの」
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「あの、カズンはいないんです。もう、本当に消えちゃったんです」
「でも、キミの中にいるでしょ? 分かってんのよ。あたしはあなたと同じだから、大体のことは分かってんの」
ボクは不思議な事を言う人だと思いました。
「坊ちゃん、続きは家の中で話されたらいかがでしょう?」
チャールズが言いました。
「それもそうだね」
ボクは彼女をできたばかりの家に案内することにしました。
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「この家、あなたが建てたの?」
「ええ、ボクとチャールズで建てたんです」
「すごいね。ねぇ、あたしもこんな家を作りたいな。手伝ってくれる?」
「もちろんいいですよ」
「やったね!」
彼女はパキンときれいな音を立てて指をならしました。
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それからボク達は家の中に入り、チャールズのいれてくれたカプチーノを飲みながら話をしました。
彼女の連れてきた三毛猫はさっそくモノと仲良くなり、家の中をバタバタと走りまわりました。
「ところで、どうしてこっちの世界にきたんですか? まさかエイプリルさんも追放されたんですか?」
「ちょっと違うわね。あたしはね、自分の意志で来たの。それより、まず最初に聞きたいことがあるの。アトランティスの秘密。キミはそれを知ってるんでしょ?」
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一瞬ボクはチャールズと目を合わせました。
いきなり最初にそんなことを聴かれるとは思っていなかったからです。
それはチャールズにとっても同じようでした。
「ねぇ、教えて。あたしはそれを聞きに、ここまで来たのよ」
「簡単な事ですよ……」
ボクはそう言って彼女にアトランティス大陸の秘密を教えました。
ボクにとってはもうあたり前のことでしたが、彼女にとっては初めてのことです。
彼女は言葉も出ないくらいに衝撃を受けたようでした。
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「じゃあ、あたしたち、ずっとそれを知らないでいたわけ? それで、あの都市の中にずっと閉じ込められていたってわけ?」
「まぁ、そうです。アトランティスを作った二百人の天才科学者はそういう装置を発明したんです。そして誰にも見つからない安全な島を見つけて、そこにユートピアを建てたんです」
「びっくりね……」
「そうですね。さすがにボクも裁判ではそのことが言えませんでした」
「もし秘密を話してたら、大変なことになってたかもね」
「そうでしょうね。だから言えなかったんです」
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それからボク達は夜遅くまで延々と話をしました。
ボクの話はあまりしませんでした。というのも彼女は裁判でボクの作文を聞いていたから、ボクの人生の大半のことはすでに知っていたからです。
かわりに彼女は自分のことを話してくれました。
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彼女もボクと同じように、小さい頃から自分の中にある熱気のようなものを上手く消化できないで、問題ばかり起こしていたこと。
大きくなってからもその熱気が消えることはなく、この世界に息苦しさを感じて、ずっとバイクで旅をしてまわっていたこと。
そしてあの日、あの裁判でボクの作文を聞いて、自分と同じ人間がもう一人いたことにすごく驚いたこと。
彼女はそういった事をいろいろと話してくれました。彼女はとてもしゃべり方が面白く、つらかったことも笑い話のように話しました。
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「でもねぇ、そういう人間って、あたしたちだけじゃないんだな。あたしはね、本当にいろんなところを旅してまわってきたんだよね。いろんなトコであたしたちみたいなタイプの人にも大勢会ったんだよ」
「大勢? そんなにいるんですか?」
「まぁ、何十人だけどね。でもみんなこの世界はどこか違うって感じている人たちだった。ちょっと頭が切れてたのが多かったけどね。あ、ひとついい事を教えてあげよう。そういう人たちの間で、キミは伝説の勇者になってるんだよ」
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「ボクがですか?」
「そうなんだな。アトランティスの秘密を知ったがゆえに追放された異能者。自ら楽園を捨てた脱獄者。奴隷ロボットの解放者。それから、神の国を捨てた堕天使、っていうのもあったな。そんな風に呼ばれてるのよ」
「ちょっと大げさですね」
でもボクはちょっとくすぐられたような、うれしい気持ちでした。
「まだ足りないくらいよ。みんなキミがいなくなってから、キミの成し遂げたことに気づいたのよ。だから、これからまだまだここに人が来るかもしれないわよ。あたしみたいにね」
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ボクはエイプリルが来てくれたのはうれしかったけれど、他の人が来るというのはあまり喜べませんでした。
それになにかいやな予感がしました。
なにかとんでもないトラブルに巻き込まれそうな、そんな気がしたのです。
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その翌日からボク達はエイプリルの家の建設に取りかかりました。
でもこの作業には予想以上に時間がかかりました。
それはエイプリルのこだわりのせいです。
エイプリルには建築の才能がありました。彼女はいろんな色の石を見つけ、それを切り取ってモザイク状に積み上げていきました。
作業中は石を適当に切っているようでしたが、積み上げていくとどの石もぴったりとはまり、鮮やかな模様が浮き上がるのです。
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同じ要領でキッチンやバスを作り、床には手製のじゅうたんも敷き詰めました。
またボクの家の屋根は植物の葉っぱを重ねただけでしたが、彼女の屋根は白い布がかけられ巻き取り式で外光を取り入れられるようになっていました。
彼女のこだわりは細部に及び、ボクとチャールズはそれを再現しようと朝から晩までせっせと働きました。
もちろん一番頑張ったのはエイプリルでした。
その甲斐あって完成した家は、それはもう見事なものでした。
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家が完成したのはつい昨日のことです。
そして今日からエイプリルはこの島の探検に出かけ、チャールズがガイドでついていくことになりました。
ボクも誘われたけれど、ネコたちの面倒を見なくてはならないので一人で残ることにしました。
それにこの島の探検は一度したので、もう興味がなかったのです。
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今日は久しぶりに文章がかけて少し落ち着いた気分です。
ボクの部屋にはエイプリルのトリニも来ていて、今はボクの膝の上でモノといっしょに眠っています。
ボクはこの文章を書きながら、また未来から人がやってきたらどうなるんだろうと考えています。
彼らもエイプリルと同じように家を立て、探検に出かけ、また新しい町を作ろうとするに違いありません。
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それはきっとアリがアリ塚を作るように、自然なことなんだろうけれど、たぶんそれが完成したらまたボクはどこかに行かなければならないのかもしれません。
特に理由はないのだけれどそんな予感がします。
たぶんそれがボクの運命だと思うから。
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でもボクはもう少しここにいたい。
チャールズやネコたちと一緒に。
もちろんエイプリルとも一緒にいたい。
彼女といっしょにいるのはとても楽しいから。
でも他の人にはあまり来て欲しくない気がします。
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