【手帳の中の物語 ⑦】
『◭ボクの裁判の話』
裁判が終わりました。
判決から先に言うと、ボクは有罪になりました。
でも死刑ではありません。ボクは追放処分になりました。
ボクはアトランティスから完全に追放されることになったのです。
正直な事を言うとボクは少しとまどっています。
それはこの追放のこともそうなのですが、裁判でいろいろなことが明らかになったからです。
△
いまボクは収容所に戻ってきています。
追放は明日の昼頃の予定で、ボクはタイムマシンに乗せられ、はるかな過去にあるアトランティス大陸に送られるのだそうです。
△
そのこと自体はあまり怖い感じはしません。
みんなとの別れもあまり悲しくありません。
チャールズやモノと離れ離れになるのは寂しいけれど、きっと彼らは二人でも楽しくやっていけると思うのです。
ボクのいた場所が空白になるだけで、その空白もすぐに何かで埋まるでしょう。
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明日までボクは何もする事がないので、こうしてまた作文の続きを書くことにしました。
これは特に誰かに命令されたわけじゃありません。ただこうして文章を書いていると、自分の心の中が整理されて、気分が落ち着いて、いろいろなことがよく見えるような気がするからそうしているのです。
まえにも書いたけれど、ちょうど心の中にドアを作っている感覚なのです。バラバラで空白だったボクの心にドアを取り付け、たくさんの居心地のいい部屋を作っている感じなのです。
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まずは裁判の時のことを書こうと思います。
ボクは収容所から連れ出され、街の中心部にあるコンサートホールに連れていかれました。
客席にはたくさんの人が集まっていました。椅子は全てふさがり、通路や後ろの壁にまでぎっしりと人が入っていました。
ボクがステージに上がると、たくさんのフラッシュが光りました。あまりにもいっせいに輝いたので、ボクは目をかばって思わずよろけてしまいました。
それでも倒れなかったのは、ボクの両脇を大人ががっちりと支えていてくれたからです。そしてボクはその二人に、ステージの真ん中にある椅子に座らされました。
△
ボクの目の前には金色のロボットが一人と、その右にひげを生やした男の人、左側に太った女の人が座っていました。
さらにその三人の後ろには年齢も性別もバラバラに十三人のアトランティスの人たちが座っていました。
ひげを生やした男の人が立ちあがり、満員の観客に向かってこういいました。
△
「これより、裁判を始めます。なにぶん二百年ぶりのことです。
わたしにとっては初めての経験であり、また後ろに座った陪審員の方々、検事役、弁護士役のみんなにとってももちろんはじめての裁判です。
ですから行政管理局のロボットにアドバイスをもらいながら、昔の人間達がやっていたように、みんなにとって、そしてもちろんこのスケイプ君にとって、いい結果になるようにこの裁判を進めていきましょう!」
△
会場からはわれんばかりの拍手があふれ、またもやたくさんのフラッシュがステージを満たしました。
でもボクはなんだかしらけていました。
ボクのこれからの運命がこんな人たちに決められてしまうと思ったからです。
でもいまさらどうなるものでもありません。
とにかく裁判は始まりました。
△
「まずは検事からスケイプ君の罪状の説明を……」
会話を再現することはできますが、今は少し縮めようと思います。
まず検事がボクを訴える理由を説明しました。
壁の外に出たこと、ロボットを自由にしたこと、町を混乱させたこと、それがボクの罪だということでした。
それからボクの書いた作文が読み上げられました。
これは太った女の人が読みました。
小さい頃の話ではみんなが笑っていたし、塀の外に出た話ではどよめきが広がりました。
そしてカズンが出てからの話ではみんなが黙って聞いていました。
裁判とは関係ありませんが、ボクは自分の書いた作文でみんなが一喜一憂しているのを見て、何だかうれしい気分になりました。
△
それから今度はボクの父と母がステージに上がって、ボクのことを話しました。
父や母がいうにはボクには昔から問題があったけれど、それでもおとなしくていい子で、人をわざと困らせるような子供ではないといってくれました。
それからチャールズが現れ、やはりボクのことをとてもやさしい子供だといってくれました。そして罪を与えるなら、どうか自分に与えて欲しい、そんな事を言ってくれたのでした。
△
ここまでで約二時間がたちました。
ボクはひとことも話さず、他の人がボクのことを話すのをずっと聞いていただけでした。
そして三十分の休憩時間になりました。
ボクはその間にトイレをすませ、ひとりでコーヒーを飲みました。
△
三十分の休憩が終わると裁判が再開されました。
今度は検事役の人から話が始まりました。
「ところで、きみの作文にたびたび出てきた『カズン』という人物について、これから話していきましょう。彼はあなたの『友人』でしたね?」
「そうです。ある日突然現れてボクの友達になってくれたんです。」
「今回の混乱のそもそもの原因は、彼の登場からはじまった。記憶処置を受けていたあなたの記憶を、強引に取り戻そうとしていた。あなたの作文ではそう書いてありましたね」
「そうです。でも彼が悪いんじゃないんです……ボクは、」
「わかっています……」
△
検事は右手を上げてボクの言葉をさえぎりました。
「……問題はこのカズンという人物が、最初から存在していなかったということなのです!」
検事の言葉に、会場からどよめきがあふれました。
でもその言葉に一番動揺したのは、もちろんボクでした。
「そんなはずありません。ボクは、カズンと何度も話しているし……」
検事はまた右手を上げてボクの言葉をとめました。
△
ボクはこんな話になるとは全く思っていませんでした。
そんな事実があるなんていうことが信じられませんでした。
すると金色のロボットが立ち上がり、こう告げたのです。
「このアトランティスのあらゆる人間の出生記録は全てコンピューターに登録されています。しかしその全ての記録をあたってもカズンという人間は一人も登録されていませんでした」
ロボットの話すことは百パーセント正しいことです。
それでもやっぱりボクは信じられない気持ちでした。
△
「きっと違う名前を名乗ったんです! だから記録に出てこないんですよ!」
ボクはなんだか必死でした。カズンが存在しないなんていうことがあるはずないからです。ボクは彼と会っていたし、話もしていた、一緒にバイクにも乗りました。
するとロボットはさらにこう告げました。
「わたしもそう思って、その可能性も調べました。皆さんご存知のように、アトランティス市民の人生はありとあらゆることが記録されています。その膨大な記録の中を検索しましたが、やはりカズン、もしくはカズンと名乗った可能性のある人間は存在していませんでした」
△
ふたたび会場からどよめきが広がりました。
みんながボクのことを『うそつき』だと思っている、そう感じました。
「嘘なんてついてません。本当なんです! カズンは確かにボクと話したし、海岸ではボクを殴ったりしてるんですよ」
ボクは自分でそういいました。
でもその言葉を口にした瞬間、背中にひやりと冷たいものが走りました。
そういえばボクには小さな頃から自分を殴りつけるクセがあった、そのことを思い出したのです。
△
「では、証人に登場していただきましょう『エイプリル』さんです」
現れたのは髪の長い女の人でした。
服装が違うので一瞬誰だか分からなかったけれど、すぐに気がつきました。
それはボクがバイクで旅していたときに会った、あのきれいな女の人でした。
一度目はボク一人で、二度目はスケイプと一緒のときに彼女と会ったのを思い出しました。たぶん彼女も覚えているはずです。
△
「エイプリルさん、あなたはスケイプ君と会ったことがありますね?」
検事は彼女にそう聞きました。
「ええ、わたしは彼に二回ほど会っています。どちらも彼がバイクに乗っているときでした」
「スケイプ君、君は彼女のことを覚えていますか?」
「はい、覚えています。でも二回目にはボクではなくカズンと話していました。作文に書いたとおりです」
「エイプリルさん、あなたはスケイプ君と二回目に会ったとき、カズンという人物と話をしましたか?」
△
ボクはごくりとつばを飲み込みました。
そして彼女の赤い唇をじっと見つめました。
頼むから、カズンと話したといってくれ、祈るような気持ちで見つめていました。
「いいえ。わたしは彼と話しました。その前に会ったときとずいぶんと雰囲気が違っていましたが、それでも彼だというのはすぐに分かりました」
「もう一度ききますよ。そのとき、彼は一人だったんですね?」
「そうです。彼は一人でした」
「以上で質問を終わります」
△
ボクは頭の中が真っ白になりました。
カズンが最初から存在していなかった。
ボクにとってこれほどショックなことはありませんでした。
そのショックが大きすぎて、ボクはまともにものが考えられなくなりました。何がどうなっているのかさっぱり分からなくなってしまったのです。
「でも……でも、チャールズだって見たはずです」
ボクはつぶやくようにそう言いました。
「では、第二の証人、チャールズさんです」
△
舞台の袖からチャールズが現れました。
舞台の上は多くのライトが当たっており、チャールズのボディは銀色にピカピカと光っていました。
チャールズを呼んだのはボクだったけれど、ボクはチャールズに出てきて欲しくなかった。
チャールズにボクの中の何かを壊して欲しくなかった。
急にそんな気持ちになりました。
△
「チャールズ、君は『カズン』と言う人物がスケイプ君と話しているのを目撃しましたか? たしか、作文ではスケイプ君の部屋で君とカズンが話している場面がありましたが?」
チャールズはちょっとボクを見ました。それから、
「いいえ。坊ちゃんは、ずっと一人でした。誰も坊ちゃんの部屋にはいった人はおりません」
と、いつもの口調でそういいました。
ボクは瞬間的にうつむきました。
△
もう、まともにチャールズの顔を見られませんでした。
自分がひどい嘘をついたような、たとえそのつもりはなかったとしても、それでもとても恥ずかしい気持ちになったからです。
もうボクとしても認めざるをえませんでした。
ボクは頭がおかしいという事実を……
「では、最後に決定的な証拠をお見せいたしましょう。これは情報管理局から特別の許可をもらって放映するものです」
△
会場が暗くなり、するするとスクリーンが下りてきました。
そして海岸沿いの道路を写した映像が流れ始めました。
画面の右下には日付と時刻が白い字で浮かび上がっています。
映像の中に一台のバイクが登場しました。
ボロボロになったオフロードバイクです。
それに乗っているのはボクでした。
ボクだけでした。
カメラが少しズームアップし、ボクの背中を捕らえています。
その画面の中のボクは、ポケットからタバコを取り出し火をつけました。
ボクはタバコを吸いません。だからその姿は本当に別人のようでした。
それからボクの一人芝居が始まったのです。
その映像は音声までも完璧に捕らえていました。
△
『思い出せよ! スケイプ! 脱獄者! お前はこの世界を囲む檻から抜け出した! そしてこの世界の外を見てきたんだよ!』
『ボクはどこにもいってませんよ。勉強してただけです』
『クソッ! ダメかよ!』
画面の中のボクは右に左に動きながら、声のトーンを変え、しぐさを変え、その雰囲気までも変えながら、熱心に芝居を続けていました。
ボクはその姿が恐ろしかった。自分の姿を見るのが恐ろしかった。そしてとても恥ずかしかった。
ボクはちらりと会場の方を見ました。そして、ボクは会場の人たちが笑っていることに気がつきました。
みんなが画面の中で一人芝居をするボクを見て笑っていたのです。
△
その時ボクが感じたのは、屈辱と裏切られたという思いと、怒りでした。
裁判なんていいながら、ようはみんなでボクを見世物にしているだけなのだ、ボクはそう思いました。
画面の中のボクが叫びました。
『スケイプ! 海だ! お前は巨大な海を見たんだよ! 巨大な石と葉っぱの転がる荒地! 巨大な月! どうして思い出せない? あんなものを見たってのに!』
そして最後のハイライトシーン。
△
ボクは自分で自分のコメカミを思いっきり殴りつけ、くるくると回転しながら倒れました。
ボク自身の記憶はそこで終わっていました。
でも映像には続きがありました。画面のカウンターがゆっくりと時間を刻んでいき、三分が経過した頃、ボクが立ちあがりました。
ボクは服のほこりを払い、またもやタバコに火をつけると何事もなかったようにバイクにまたがり、画面から走り去っていきました。
△
決定的でした。
ボクの中の何かが壊れた感じがしました。
「そう、オレはもう一人のおまえだったんだよ」
ボクの目の前にカズンが立っていました。
ポケットに手をつっこみ、ボクを見下ろしていました。
ボクは彼をじっと見つめました。
ボクは会場中の誰にも見えていない彼の姿を見、彼の声を聞いていました。
△
(オレはおまえの奪われた記憶と動機だ。もうわかってるはずだ。おまえが逃げ出したあの日、おまえは何も忘れたくないと思ったから、オレという別人格を作り出して、記憶と動機をこっそりと頭の中に隠したんだ。自分がもう一度、本当の自分を取り戻せるように。ぜんぶおまえが望んだことなんだぜ)
△
ボクは彼の言葉を、自分の本当の心の中から出てきた言葉をききました。
(おまえは全てを取り戻した。だからオレの役目はもう終わった。でもおまえにはそれも分かっていたはずだ。自分の事なんだから)
そういうと、カズンの体が透き通りはじめ、ゆらゆらとした空気となってボクのほうに漂ってきました。
その透明な空気はボクの体の周りでぐるぐると渦を巻き、ぴったりとした洋服のようにボクの体にしっかりとくっつきました。
それと同時に、失われていた記憶が、カズンが持っていた記憶が、そしてボクの動機、ボクの熱情、走っても走っても追いつかない衝動と好奇心が、ボクの中に流れ込んできました。
△
その時、ボクは自分が完全にもとの自分に戻ったことを知りました。
そしてもうひとつ。
どうしても手が届かなかったアトランティスの秘密、その秘密の答えがボクの中で明らかになりました。
△
「そうだったのか……」
ボクはつぶやきました。
「……スケイプ君? どうかしましたか?」
検事の人がボクのつぶやきに気づいて、そう聞きました。
「もう裁判を終えてかまわないです」
△
「え? スケイプ君、今なんと言ったんですか?」
「分かったんです。悪いのはボクだけだ。ボクの好奇心がまずかったんだ。
でもこれは止められるものじゃない。
結局ボクという人間はそういう人間で、これ以上にもこれ以下にも、どうなるものでもないんだ。
だからあなたたちの世界がボクの存在を許せないなら、あなたたちのルールに従って判決を受けるしかない。
ボクはそのことを理解した。だから裁判を終えて判決を下してかまわない」
△
ボクは一気にそういいました。
父と母がおどろいた顔をしてボクを見ているのが見えました。
ボクは心の中で、彼らにさよならを告げました。
それから舞台の袖にいるチャールズの姿を見つけ、彼にもさよならを言いました。
それから家で留守番をしているモノにもやはり、心の中で別れを告げました。
モノは本当に可愛いボクのペットでした。
△
「では、罪を全て認めるというのですね?」
裁判官の言葉にボクは大きくうなずきました。
「……これ以上の審議も、弁護も、あなたの弁解も必要ないと?」
「ええ。ボクはあなたたちのルールに完全に従います」
ボクは裁判官を見ました。それからその隣の金色のロボット、そして太ったおばさん、その背後の十三人の陪審員。それから客席に詰めかけている見物客、報道陣、カメラの向こうでテレビを見ている大勢の人たち、多くのロボット達、このアトランティスの世界……その全てにボクは心の中で別れを告げました。
△
「ボクはもうこの世界にはいられない。ここはあんまり小さすぎて息がつまりそうだ」
ボクはそこで言葉を止めました。
迷ったのです。
ボクはその時、アトランティスの秘密をしゃべろうとしていたのです。
不意に、金色のロボットがボクを見つめていることに気がつきました。なんとなく、しゃべらないでくれといっているような気がしました。
そうだよな、とボクは思いました。
彼らはずっと人間達を守ってきたのです。
ボクが秘密をしゃべったら、もうこの世界は崩壊してしまうかもしれないのです。
△
「いいよ、判決を下してくれ」
ボクはそう言いました。
ヒゲの男の人は頼りなさそうに金色のロボットを見つめました。
刑を決めるはずの十三人の陪審員もロボットを見つめています。
誰もボクの刑を決めることができないようでした。
そこで金色のロボットが立ち上がりました。
△
「では、判決を下します。スケイプさんはあらゆる罪を認め、その好奇心・動機を矯正することは不可能であることがハッキリしました。
これ以上アトランティスの和平を乱さぬために、彼をこの世界から完全に追放することにします。
追放先は過去のアトランティス大陸とし、彼にはそこで生きていくために必要なもの、望むもの全てを渡します」
ふたたびものすごい数のフラッシュが瞬きました。
二百年ぶりの裁判が終わった瞬間でした。
アトランティスはじまって以来始めての犯罪者が誕生した歴史的瞬間でした。
△
「スケイプ君、この判決に納得がいったかね?」
ヒゲの男の人がボクに言いました。
ボクは笑顔でうなずきました。
そのボクの表情にみんなが安心したようでした。
「では、これで裁判を終わりにします。スケイプ君が追放された世界でも楽しく過ごせますように」
こうして裁判劇は終わったのです。
△
作文はもう少しだけ続ける予定です。
追放された世界でもこの紙と鉛筆を持っていくつもりだからです。
その前に、これからボクは家族と最後の食事をする予定になっています。
とりあえず今日はここまでです。
続きは一週間後くらいに、過去の世界で書いているでしょう。
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