第2話 全ての始まり

「逃げろ! この船はもう持たない──」

 飛び交う悲鳴に混じって、誰かが叫んでいる。

 雑踏のように逃げ惑う人々がひしめく甲板の上で、ロネは見知った顔を探していた。

 この船には、両親と共に乗り込んだのだ。彼らが何処かにいるはず、そう信じて右往左往する顔の群れを見つめていた。

「救命艇を下ろせ! あれが余所見をしている間に──」

 そのあれとやらは、長い首を壊れた甲板に突っ込んで唸り声を上げていた。

 これほどの巨体が船上に鎮座していて船が沈没しないのはある意味奇跡だ。これだけ船体が大破した状況ではどのみち沈没する運命に変わりはないのだろうが、人が逃げるだけの時間を稼いでくれているのは正直に有難いことだと思う。

 両親は見つからない。逃げ道もない。まさに絶体絶命の状況の中、ロネは自分でもびっくりするほどの冷静な動きで甲板を人の流れに逆らって歩いていた。

 きっとこれは夢だ、と独りごちる。

 だってそうだろう? この世に竜なんて御伽噺の生き物が存在しているはずがないのだから。

 だから、きっとこれは悪い夢なのだ。

 竜が甲板に突っ込んでいた頭を持ち上げて咆哮する。

 嵐のような風が巻き起こり、人々を甲板の外へ吹き飛ばす。悲鳴がひときわ大きくなり、その幾分かが遠ざかって水面へと消えていく。

 ロネは背中から誰かに突き飛ばされて、その場に転んだ。

 肩から提げていた鞄がクッションになったおかげで、怪我はない。しかし身動きが取れなくなってしまった。

 ばりばり、と甲板の板が力任せに引き剥がされる音がする。木っ端が頭の上に降ってきて、目が痛くなり思わず目を瞑った。

 身体を襲う唐突な浮遊感。

 ロネは他の大勢の人々と共に、船の外へと放り出されていた。

 身体を包み込む水が冷たい。空気を求めて水を掻く手が重たい。

 意識が、渦巻く潮の流れに飲み込まれて遠ざかっていく──

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