第11話 agitato~激しく~
“最近の成瀬先輩は優しい”
“笑顔が可愛いって知らなかった”
“前よりずっと話やすくなった”
廊下を歩いていれば
あの子の話ばかり聞こえてくるようになった
前はクールで格好良いけど、
“近寄り難い先輩”だったみたいだから
皆にあの子の良い部分が伝わっていくのが嬉しい
「好きです」
「…」
「好きです! 大好きです!」
でも、近寄りやすくなったあの子は
毎日と言って良いほど誰かに告白されている
本当はそんな場面見たくないけど
私はなぜかよくその場面に遭遇してしまう
神様のイタズラならやめてほしい…
今も下級生に呼び止められて告白されている
本人は凄く困って苦しそうな表情をしているけど
私はいつも不安になる
もし告白をOKしたらどうしようって
私以外の誰かを選んだらどうしようって
不安で仕方ない
本当は誰も侑に告白しないでほしい
あの子は私のだから
私のなんだから
そんな想いを言葉にする事は出来なくて
私はただ、その場を静かに離れる事しかできない
貴女が生徒じゃなければ、、、
そんな事も思うようになって
私はズルい人間だと思う
ねぇ、侑
私は貴女にとってどんな存在?
-----------------------------------------
あの子は将来絶対プロのピアニストになる
そう言って校長先生は侑に
かなりの期待と圧を掛けて
他の生徒よりも慎重に育てている
今日も急に呼び出されたと思ったら
人気楽団のプレミアチケットを2枚渡された
「あの、これは?」
「成瀬君と一緒に行ってきなさい。
コンテスト前だしあの子に良い刺激になるだろう」
そう言って渡されたこのチケット
あっ…これデートかも
侑にチケットの経緯を話すと特別扱いを
良く思っていなかったけど、
“デート”と言えば頬を紅くして行くと言ってくれて安心した。
これでやっとデートができると思うと嬉しくて
頬が緩みそうになる
土曜日の朝はいつもより早く目が覚めた
待ち合わせ時間にはまだ早いけど
会場に向かおう。
良かった、まだ侑は来てないみたい
あの子を待たせる訳にはいかないから
先に会場に着けて少し安心…
「先生?」
後ろから聞こえた声、侑だ
「早かったね」
「先生こそ、何時に来たんですか?」
何時に来たかと聞かれ、
侑の顔を見て答えようと思い顔を上げたけど
上手く答えられなかった
格好良い…
髪はちゃんとセットして
綺麗めなストライプ柄のシャツ
細身のボトムスにシックなローファー靴
色はネイビーや青で統一してて爽やか
格好良い
普段の制服や練習時のラフな服装ですら格好良いけど
私服がタイプ過ぎる…
男の子なんかより格好良い
……好き
今私は、またこの子に恋をした。
照れと言うか、恥ずかしさと言うか
緊張で侑の顔を見る事が出来なかった
変な態度になっちゃって体調を心配されてしまったけど
もう本当に顔直視できない
こんなに格好良ければ…モテるよね
昨日見た光景がまた浮かぶ
私は…
コンサートが始まったら私も侑も
演奏に魅了されステージにくぎ付けだった
凄い
人気のある楽団なだけあって
他の楽団よりも群を抜いて上手い
「…凄い」
隣から聞こえた声
侑もこの演奏に圧倒されているみたいで
いつも以上に真剣な表情だった
楽しい時間はすぐに終わってしまう
あっという間にコンサートも終了
「演奏凄かったね、特にピアノ」
「……」
「侑?」
「…」
俯いたまま返事をしてくれない
「成瀬さん」
「えっ」
「大丈夫?」
「あ、はい」
明らかに様子がおかしい
「侑」
「…」
「どうしたの? やっぱり可笑しいよ」
「上手くなかった…」
そう言って彼女は泣きながら
プロとの差を話しだした。
「泣かないで侑」
自分を責めて、今までを無駄だなんて思わないで
あなたには才能がある
あなたはきっと将来、素敵なピアニストになれるから
泣かないで
ピアノを嫌いにならないで…
どんな言葉があなたを救えるのか分からず
私は静かにあなたを抱きしめる事しかできなかった。
「…美彩」
「ん?」
「…なんでもない」
何か言いたい事があったと思う
でも、聞き返さない
きっと今聞いてはいけない気がするから…
なんとなくこのままどこかでご飯を食べて
そのまま帰るのは嫌で
思い切って家に誘ってみた
大丈夫
料理には自信あるし家も掃除したばかり…
一緒に食材を買いに行って
2人並んで歩く
幸せ
何気ない事だけど
“今”に幸せを感じていた
そっと触れた侑の手
温かくて私より少しだけ大きい手に包まれる
横目で侑を見たけど
照れているのかこっちを見てくれなかった
可愛いな~
本当にかわいい
ありがとう侑
私は今、幸せです。
私の初恋はあなたなの。
-------------------------------
「椿先生」
「
「今ちょっと時間いいですか?」
週が明けた月曜日の昼休み
廊下で体育教師の藤堂先生に声を掛けられた
「はい、大丈夫ですよ」
「ここだとアレなんで体育教官室まで
来ていただいても良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
この先生とは普段あまり関わりがないから
こうやって話す事は珍しい
廊下では話せない事ってなんだろう
何か生徒に関する事?
「どうぞ、座ってください」
「ありがとうございます。
あの、話ってなんでしょうか?」
そう聞くと彼の表情が変わった
「先週の土曜日ってなにしてました?」
「土曜日ですか?」
「はい」
「土曜日はコンサートを観に行ってました」
「……成瀬と2人で?」
「えっ…はい。
校長先生からチケットを頂いて
成瀬さんと一緒に行きました。
……それがなにか?」
「相変わらず校長は成瀬に甘いですね」
「コンテスト前なので良い刺激になればと…」
「……そうですか」
この人、なんだか嫌な感じがする
「それはさぞかし良い刺激になったでしょう。
学園でも人気の椿先生と2人でコンサートへ行き、
手を繋いで先生の自宅でお泊りしたんですから」
「えっ…」
「実は、椿先生のマンションの近くに住んでるんです。
向かいにあるでしょ? マンション
家あそこなんですよ」
「…」
「しかも、部屋から椿先生の部屋が見えるんですよ
本当、偶然に」
違う
きっと違う
偶然なんかじゃない気がする
この人、危ない…
「で、なんで生徒とキスしてたんですか?
しかも結構長い時間、何度もしてましたね」
「…っ」
「もしかして椿先生と成瀬って」
「してませんよ」
「えっ?」
「確かに成瀬さんはうちに来ました。
でも、それはコンテストの打ち合わせのためです」
「そんな訳」
「盗撮でもしてたんですか?」
「…してましたよ?」
「えっ」
「はい、これが証拠です」
そう言って向けられたスマホの画面には
私と侑の姿が写し出されていた
「これってどう見てもキスしてますよね?」
もう何も言えなかった
そこに写っている姿は誰がどう見ても
言い訳なんてできない姿だったから…
「いくら成瀬が格好良くても生徒に手を出すなんて
教師としていけませんよ?
こんな事が学園内に知れ渡れば成瀬はきっと
“退学”ですよ?」
“退学”
そんな事あってはいけない
才能あるあの子の将来を潰す訳にはいかない
退学なんて絶対そんなことさせない
「…私が一方的に好意を持っているだけです。
成瀬さんに無理やり私が……」
「そう言われても、きっと生徒たちは
“気持ち悪い”と成瀬を避けるでしょう
酷ければ虐められるかもしれませんよ?」
「そんな…」
「椿先生?」
ニヤリ
そう笑ったこの人にはもう敵わないかもしれない
「……なにが望みですか」
「おっ、さすが椿先生話が早いですね」
きっとお金だろう
それで済むならいい
あの子を守れるならそれくらい構わない
「僕と付き合ってください」
えっ
「何を言ってるんですか!?
藤堂先生確か奥さんとお子さん居ますよね!?」
「ええ、それが何か?」
「何って…」
「いいじゃないですか“不倫”くらい
それに女の成瀬とするより
男の僕とした方が楽しい事もありますし?」
ゲラゲラと笑う彼はとても醜く汚い大人だった
こんな人のせいで侑を傷付ける訳にはいかない
「拒否権はありませんよ?
だってこれはかわいいかわいい成瀬のためですから」
守らなきゃ
「…分かりました。
でも、その代わりこの件は絶対に口外しないと
約束してください」
「もちろんですよ。
僕も椿先生がクビになるような事はしたくありませんし、
かわいい生徒は守りたいですからね。
特に“成瀬”のことは。ね?」
「……」
「じゃ、取りあえずキスしますか」
「えっ」
「付き合ってるんですから当然じゃないですか?」
ニヤリ
またあの嫌な感じで笑う
ごめん
ごめんね、侑
私も今から
汚れた大人になってしまう…
ごめんなさい
ごめんなさい
私は心の中で1つ決心をして
愛の無い口ずけをした。
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