ベルサスの最終兵器
ベルサス。
数十年前、ヴォイの
その生物兵器を作っているのは、歴代に名を継ぐ科学者達。
歴代すべてを辿ってもマッドサイエンティストしかいないとされるその科学者の中でも、凶暴かつ最狂の修羅シリーズを作り上げたのは、ベルサス最後の科学者となった女性博士だった。
――どうだい、国王陛下! 素晴らしいでしょう、素晴らしいでしょう! これこそ我らがベルサスが誇る最強にして最狂の生物兵器、修羅シリーズにございますよ! とくにこの
――フム、素晴らしい魔力よな……これでヴォイの骸皇帝に勝てれば、文句もないのだが……それは高望みかな
――何をおっしゃいますか陛下! かの骸皇帝とてそう容易くは堕とせませぬ! 必ずやこの二機のいずれかの手によって、骸皇帝は首を落とされることでしょう!
がい、こう、てい……?
液体カプセルの中、博士が自分達を王様に紹介している。それが異修羅が生まれて初めて見た光景だった。
最小限の言語理解能力を与えられ、このときはまだ殺人及び破壊衝動を与えられていなかった異修羅は、がいこうていという人物名を聞いても、このときはまだピンと来ていなかった。
――やぁ異修羅。調子はどうだい? 今日はまた魔力を注ぐよ、苦しいと思うけど耐えてくれ
生物兵器に対して、博士は愛着を持って接する人だった。
とくにお気に入りの修羅シリーズ――中でも剛修羅と異修羅には特別愛情を注いでおり、カプセルの中の二体に語りかけるのが日課だった。
そんな、元は生物ですらない化学薬品とありとあらゆる生物の細胞を培養させたものから作り上げた物体に対して、愛着を抱くのもどうかという意見もあった。
結局は戦場に送り出す兵器なのだから、そんな感情を持って接するのもどうかという意見もあった。
しかし彼女は、愛情を持って接した。
やがて狂化と共に理性など吹き飛ぶことも忘れて、博士は語り、教授した。
この世界のこと。
言語。
天界の存在とその役割。
そしてその天界によって行われる、五〇年に一度の戦争。
いずれはその戦争に出て玉座を取り、ベルサスに栄光をもたらすのが役目なのだと、熱く、そして優しく語っていた。
それを聞くのが、異修羅にとって大切な時間だった。
何せずっとカプセルの中なので、とても退屈なのだ。
やることと言えば、見たことのない外の世界を想像することしかない。
それを除けば実にリアルで想像しやすい博士の話は、とても楽しいものであった。
しかしそんな博士との時間は、唐突に終わることとなる。
それはある日、物凄い爆音が轟いた日。
博士は右腕を失い、脇腹には鉄の棒が刺さった血塗れの状態で現れた。カプセルに寄りかかり、息を切らしながら二体の修羅を見つめる。
――剛修羅、異修羅、ヴォイの骸皇帝が攻めて来た……陛下は、君達で迎撃しろだとさ……まったく、まだ狂化も終わってないのに……だから今、強制的に狂化を施す。本来会得できるはずの言語理解能力すらもなくなるかもしれないけど、それでも……そうしないと、君達が死んじゃうから
博士は、涙ながらに理由を語る。
だが異修羅はそれよりも、死にかけている博士が心配で仕方なかった。
狂化などいい。戦わなくていいではないか。今、死にかけているあなたを助けたいのに。
――辛いけど、耐えてね……大丈夫。これから君達は、これ以上の苦しみも痛みも感じなくなる。だから……ごめん……今だけ耐えて
耐えるから、耐えるからお願いだ博士。
あなたを助けさせてくれ。ここからあなたを連れ出して、逃げ出させてくれ。
狂化なんてしなくても、博士を守れるくらい強いから。だってあなたが作ったのだから。
だからお願いだ、狂化なんていいからここから出してくれ。でないと、博士が死んでしまう。
――そんな顔をしないでよ、異修羅……私はもうダメなんだ……もう、手遅れ……だけど、君達はまだ間に合う!
博士がボタンを押すと、二体が入っていたカプセルの液体が一度空になり、また新たな液体が入れられる。黒く澱んだそれが二体を満たすと、二体を悶絶させた。
苦しい、痛い、辛い。ただ水に浸かっているだけなのに、死にそうなほど痛い。
――その苦しみを越えたとき、君達は無敵さ……生きてくれ、私の分まで。そしてごめんね、戦う道具としてでしか、君達を作れなかった私を許してくれ……最後に君達を作れて、私は……満足だ
やめて、やめてよ博士。そんなこと言わないで。
これからも一緒にいて。
ときどきでいいから、もっとお話しを聞かせて。
戦うよ、戦うから。博士の命令だったらいつだって戦う。誰だって殺す。だからお願いだ、博士。
僕と生きて。
――さようなら。我が最愛の……息子達
そこからの記憶は朧気で、隣にいた剛修羅がどうなったのかも知らない。
だが戦っていた。だって戦うために生まれたんだから。
戦って戦って戦って、殺して殺して殺していれば、きっと博士は喜んでくれる。
だから戦う、殺す。
自身の敵を、すべて、そうすることでいつか辿り着くはずだ。
博士を殺した、怨敵に。
その名はしっかり覚えていた。
狂気に身を包まれながらも、その名前は憶えていた。
何度も何度も自身の中で
いつか博士の仇として、殺してやるために。そいつを殺すことだけが、自身の存在意義だ。
そのために強くなって、強くなって、強くなって――殺す。
「がぁぁぁぁぁいこぉぉぉぉぉぉぉてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
骸皇帝に金色の斧を叩き込み、雷撃を走らせる。
それを回避した骸皇帝は地面に魔術陣を描き、骨の腕を大量に現出して波のように襲わせる。
しかし異修羅は斧を横に払い、その波を一掃した。
「ほぉ……貴様何者だ。今までの参加者と違い、歯ごたえがある……」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
「言語が通じぬのか? 我が名を呼んだように聞こえたが、空耳か」
「ぐっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁいこぉぉぉぉぉてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
「聞き間違いではないか!」
剣を取り出し、斬りかかる異修羅の間を抜けて骸皇帝は走る。
そして背後に回って魔術を行使しようとしたそのとき、異修羅の体が首を残して回転し、骸皇帝の体を見ることなく横に払い飛ばした。
地面を跳ね、転げ、吹き飛んだ骸皇帝は石柱にぶつかって木っ端みじんに砕け散る。
しかしその砕け散った欠片が収束し、再び骸皇帝の姿を形作った。
それを見た異修羅は跳ねる。現出した槍を投擲して骸皇帝の体を射抜くと、即座に炸裂させて塵に変えた。
だがそれもまた、骸皇帝を殺すことは叶わず復活させる。金色の雷も骸皇帝の強さを装飾し、不死身を強調する形で光っていた。
「相当な使い手のようだが、戦い方に理性を感じぬ……狂化の魔術か。理性崩壊の代わりに力を得る。滑稽! 実に浅はかなり。畜生に落ちた戦士が、皇帝に届くと思うてか!!!」
掌を落とした状態で止まっていた上半身だけ出た巨大骸骨を操り、骸皇帝は異修羅に襲い掛かる。
異修羅は銃を取り出すと、それで巨大骸骨の全身を撃ち始めた。
掌、肋骨、首の骨、頭、目。
次々と撃ち、その反応を窺い見る。そして首の骨のある個所を撃ったとき、その骨がわずかに砕けてヒビが入った。
巨大骸骨の掌に、異修羅の巨躯が潰される。
しかしその下で異修羅は盾を出し、全身で受け止めていた。踏ん張る大地に減り込みながら、全身の筋肉を膨らませて熱を吐く。
そして六本の腕を思い切り伸ばし、十数トンはあろう巨大骸骨を腕力だけで跳ね飛ばした。
そして異修羅は走る。倒れた巨大骸骨の首まで辿り着くと、両腕で斧を握り締めて振りかぶり、両断した。
首の亀裂から砕けた骸骨が、塵となって消えていく。しかし異修羅は止まらず、その場でまた上半身を回して背後を斬った。
隙を狙って背後に回っていた骸皇帝の体が、横半分に両断される。
しかし即座にくっついた骸皇帝は、杖から伸びる光の波動で異修羅の動きをわずかながらに止めると、地面から生やした骨腕の群れで押さえつけた。
しかし異修羅は止まらない。六腕に金色の武装を取り出すと、その武装から流れ出る雷撃で骨腕を消し飛ばし、さらに骸皇帝の衣装を焼くと、その胸倉を掴んで投げ飛ばした。
地面に埋もれながら、骸皇帝は吐息する。
死屍の体のため、骸皇帝には呼吸がない。故に実際は吐息したような声が漏れただけなのだが、それは骸皇帝の心境を語っていた。
疲れていたのだ。
骸皇帝の体に刻まれた、百を超える不死身のための魔術。死してもなお復活し、故に不死身と化す魔術の数々だが、実際には大きく三つの魔術によって支えられている。
一つ目は寿命を延ばす魔術。これに多数の魔術での補強と増強を重ね、骸皇帝は永遠の歳を得た。これによって老衰による死を迎えない。
二つ目は毒や呪いに対する魔術。これにも多数の魔術を重ね、骸皇帝には毒や呪いの類がまったく効かず、自身でもかけられなくなった。
そして三つ目は蘇生の魔術。死しても尚復活するというただそれだけの魔術に、いくつかの重ね掛けで永遠の復活を得た。
これらによって、骸皇帝の不死身は際限なく発現されている。
だがこの三つ目の魔術を、ここまで連続して発動させられたことが今までになかった。
敵に傷を付けられても、それが死に直結した経験があまりなかったために、一撃によって即死するという体験を連続でした骸皇帝は、その新鮮さに当初は興奮していたが、やがてその新鮮さも薄れて気疲れしていたのである。
……もうよいか、そろそろ終わらせよう。
「“
骸皇帝の体から、闇が流れ込む。
その中に骸皇帝の体は溶けていき、沈んでいく。
そして次の瞬間、骸皇帝は凄まじい大きさの怪物となって現出した。
全身骸骨の怪物。
頭と体は獅子で三つ首。翼竜の翼に蛇の尾を持ち、蛇の頭が一八〇度回転する。高さ四〇メートル、重さ二八〇トン。
「貴様が何者かは問わずにおこう! 狂気の戦士よ! だが後悔するがいい! 絶望するがいい! 我はヴォイの骸皇帝! この世すべての魔術を知り、会得し、人知のすべてを支配する者! 神の楽園とも呼ばれた東の庭をも焼き尽くしたこの獣が、貴様を呑み込んでくれる! 光栄に思うがいい!!!」
だが異修羅は雷霆をまとった六つの武装を握り締め、低く唸る。そしてそれらの雷霆が自らの体を走ったとき、異修羅は前傾姿勢を取った。
「がい、こぉぉてぇぇ……殺すっ!」
「死ぬがいい!!!」
赤く高い火柱が、巨人の円卓にろうそくのように灯る。生物が呼吸する酸素すら奪うその灼熱の中、異修羅は大きく斧を振りかぶっていた。
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