熾天使と四番目

 戦争四日目が終了し、そして五日目の朝を迎えようとしていた頃。

 天界の四番目テタルトスは夢を見ていた。

 五〇年前――第八次玉座いす取り戦争ゲーム。この戦争のためだけに七つの大魔術を駆使して作り上げた人工島を舞台に、九人の魔術師が戦いを繰り広げた。

 どれだけ長い間――いや、どれだけ一瞬の出来事だったか、正直覚えてはいない。しかし思い出せるだけでも、実に濃厚な戦いだった。

 過去最強の布陣と呼ばれた、九名の参加者達。全員が全員とまでは言わないが、それでも内七名は地上でも天界でも名の通った大魔術師。敵う者は周囲にいない、実力者ばかりだった。

 繰り広げた戦いはすべて激戦。熾天使してんしにとってはそうではないようだが、他者から見ればかなりの危機が幾度もあった。

 だがそれでも熾天使は生き残り、天界の采配通り玉座に座す――はずだった。

 しかし、結果は天界の予想を大きく裏切り、一人の魔術師の予想通りに納まった。

 天界の権力者達と違う予想をしたのもまた、同じく天界の権力者。熾天使と同じく天界の最高戦力、例外ミ・ティピキィの一人に数えられる魔術師。名を、召喚士しょうかんし

 天界の中では二番目の高齢とされているが、しかしその実の年齢を知る者は今となってはいない。だがその名前は天界ができたその時代から存在し、誰にも受け継がれることなくその一代のみが続いているという。

 解明してみれば、それもまた現代では禁忌とされている不老不死――とまではいかないが、不老長寿を得る魔術らしいのだが、そこはまだ置いておいて。

 彼の先見の明は、第八次玉座いす取り戦争ゲームの結果を見事当てた。誰もが熾天使の勝利を確信していた中で、彼は現在の四番目テタルトスの勝利を予測したのだ。

 だがそれはもっとも、召喚士は四番目テタルトスの実力を計ったが故に彼女の勝利を確信したのではない。四番目テタルトスをも遥かに凌ぐ同胞、熾天使が彼女を認めると踏んだからである。

 事実、四番目テタルトスは当時の実力でも今の実力でも、熾天使には敵わない。何故なら彼女は天界の魔術によって肉体の老化時間を極端に遅らせなければ、病魔に蝕まれて死んでしまうほど、体が弱かったのだ。

 現在も、病床に伏せている四番目テタルトス――元の名を白雪姫しらゆきひめは、侍女である天使に看病してもらっていた。

「白雪姫、私だ。入るぞ」

 部屋にやって来たのは、熾天使。彼女が他人の部屋に入る際に了解を得るのは、白雪姫が相手のときだけだ。白雪姫を安静にしておきたいと、彼女なりに気を配っている証拠である。

「……熾天使さん」

 熾天使が入って来て、ウトウトしていた白雪姫は目を覚ます。そして侍女の手を借りて、体をゆっくりと起こした。

「具合はどうだ」

「はい、少し落ち着きました……天界の薬学は、実に素晴らしいですね。地上では不治の病でも、回復の見込みが持てるだなんて」

「なんだか、おまえは来るたびに感動しているな」

「はい、感動が止まりません」

 白雪姫は可愛げのある笑顔を見せる。

 当時が確か十代後半だったので、肉体老化を限界まで遅らせている現在、体は二〇代前半くらいだろう。その顔にはまだ少し幼さが残り、笑顔はどこか子供のよう。

 名の通り白雪のような白髪は肩までのセミショート。瞳の色は赤で、いわゆる薄色素体細胞アルビノという奴だ。

 病弱のせいか体は全体的に細く、強く抱き締められれば折れてしまいそう。そんな彼女が天界の最終兵器の一角である熾天使に、誰が勝てるなどと想像できるだろうか。

 そんな白雪姫の部屋の壁には、一本の剣が飾られている。ガラスケースに入った剣の刀身は主人である白雪姫と同じく細身で、さらに透明である。光の反射具合で、それは敵にとって見えない剣になるだろう。

 第八次の戦争で、彼女が戦った相棒だ。

 それを見上げた熾天使は、懐かしそうに吐息する。

「まだ飾っていたのか、この剣」

「えぇ、私の宝物ですから。それに、世界で唯一あなたに傷を与えた剣ですよ? 護身用として、ピッタリではないですか」

「おまえ、その体で何を相手にする気なんだ?」

「……その言葉、あのときも言っていましたね」

「よくもまぁ憶えてるものだ」

――俗物アリ、その体で何を相手にする気だ

 それは戦いの最中、二人がまだ敵であったとき、傷付いた体で尚戦おうとする白雪姫に、熾天使が言った。

 熾天使の実力に成すすべなく、敗北していった他の参加者の死を見届けていた白雪姫。さらに言えば、このとき熾天使の力の象徴が目の前に顕現し、正直戦意を削ぎ取られていた。

 しかしそれでも、彼女もまた当時は名の通り一国の姫君。国を背負い、国民のために戦っていた。故に退けなかった。たとえ体が、不治の病に侵されてもう死んでしまうとしても。

――他でもない、あなたです!

――そうか……なら、来るがいい

 そのときの戦いを、熾天使も白雪姫もハッキリ憶えている。あの戦いは白雪姫にとっては激戦であり、熾天使にとってはただの殲滅でありながら、しかし最も心に残る戦いであった。

 そんな戦いをしたからこそ、この二人の現在の仲があるわけである。

「それで、第九次の戦況はどうなっていますか?」

「ん、聞いてないのか?」

二番目ディフテロリプト様と三番目トリトス様に、おまえはまだ関わらないでいいと言われてしまって……」

 あの俗物アリ共、あとで手首か足首を刎ねてやる……。

「四日目も終わり、現在二人が脱落している状態だ。ついさっき一人が落ちた。最初戦っていた敵の実力を計り終え、逃亡したまではよしだったが……あの男に見つかっては、当然の結果だろうな」

 

「だが、我々も情報を得た。この戦争に介入してきた俗物アリ裁定者さいていしゃと名乗っているらしい」

「裁定者? それって確か前回、召喚士様が名乗ってた……」

「そうだ。玉座いす取り戦争ゲームの審判、監督役に選ばれた天界の者が、その場で名乗る名だ。今回も裁定者を名乗る天使を派遣する予定だったが……調査した結果、戦場に赴く前に消滅していたことが判明した」

「それはつまり、その裁定者と名乗る賊を送り込んだのは、天界の誰かということですか」

「過去、地上の俗物アリが監督役を利用した戦争があったことから、俗物アリ共には監督役の存在を秘匿してきた。今回も同様にな。故にそうなるな、俗物アリを招いたのは天界の誰かだ。そして裁定者の容姿から、大体犯人はわかっている」

「容姿から?」

「漆黒の鎧を身にまとった、首なしの騎士だそうだ。伝説の怪物、デュラハンを真似たのかそれともそうせざるを得なかったのか……いずれにせよ、異形の容姿を選んだのは奴のミスだ。天界でそんな真似ができる奴……私は一人しか知らん」

「どうするのですか?」

「即座に斬り殺してやりたいところだが……奴を殺すと後々面倒だ。ただの老害とは、言えないからな」

 それに奴に切り札を出されれば、私とて命が危うい……そんな軽率ではない奴だが、しかしそれでもあの切り札は警戒すべきだ。

「それに奴の思考は、時に一番目イナ・ディフテロよりも鋭く的確だ。我々には気付けてないこともあるのかもしれないと、一応考慮しなければならないわけだ……まったく面倒な」

「……熾天使さんも、とても深く考えているのですね」

「何を今更。私を誰だと思っている。元地上の俗物アリ共に後れを取るなど、私にとっては生涯の恥だからな」

「じゃあ、私に負けるのも恥ですか?」

 珍しく、本当に珍しく熾天使が反応に困っている。相手が誰だろうと容赦なく強い言葉を浴びせる彼女が、言葉を選んでいるのを見られるのはかなりのレアだ。

 しかしそのレア度も、白雪姫の前では極端に下がる。何せ彼女こそ、熾天使がこの天界で唯一気を配る相手なのだから。それを、白雪姫も感じ取っている。

「ごめんなさい、意地悪な質問をして。私は気にしていませんから、大丈夫ですよ」

「あ、あぁ……まったく、私を困らせないでくれ……」

「はい、ごめんなさい。熾天使さん」

「まったく……それで? 天界の玉座に座す権力者が一角、四番目テタルトスとしてはどう動く」

 やり返しているつもりなのだろう。あえて他人行儀に、と呼ぶ。

 白雪姫はそれに対して少し困った笑みを見せると、四番目テタルトスとして言葉を返す。

「そうですね。あまり身内でいざこざを起こしている場合でもありませんが……あの方の意見を聞くのも、いいかもしれません」

「行くのか」

「はい。首なしの裁定者を召喚したと思われる召喚士しょうかんし様に、会いに行きましょう」

 時間を少々遡り、戦争四日目の夜。深い密林の中。

 裁定者との戦いを繰り広げていた暗殺者、重複者じゅうふくしゃは途中で戦線を離脱。

 多少の損害を受けたものの、なんとか裁定者から逃げた重複者は、約束通り天界に裁定者の情報を送り、そして天界によって玉座の位置情報を受け取っていた。

 あとはただ、玉座を目指して走るのみ。他の参加者と一度も邂逅することなく、重複者の一人勝ちとなる――はずだった。

「うん? だぁれぇ?」

 重複者の背後に広がる、黒い染み。太陽の黒点のように熱を持ち、異様な雰囲気を醸し出すその中から出て来たのは、これまた異質な存在。

 肉も皮もない体に黒のファーがついた紫の装束を羽織り、金の装飾が施された魔杖を握り締めた髑髏の怪物。

 名を、骸皇帝がいこうてい

 だがその異質を目の前にしても――重複者は態度を変えない。それどころか漆黒に包まれた体の中で、興味津々と言った様子で目を輝かせていた。

「君も参加者なのかなぁ?」

 骸皇帝は口を開かない。元々骸皇帝が喋れることを知らない重複者は、またまともに喋らない相手かと吐息する。そして喜々として唇を舐めながら、腰から短刀を取り出した。

「悪いけどぉ、私もう玉座いすの場所知ってるんだよねぇぇ。だからさぁ、君の相手してる時間とかないんだよ、正直。だからここは逃げるけど……追わないで――」


「――ね……」

 即座、理解することができなかった。

 突然全身を駆け巡る痛みと、口から溢れ出す黒血。脳内から溢れるエンドルフィンとアドレナリンによって全身の感覚が麻痺し、状況把握がうまくできない。

 だがよく見れば、地上から生えている骨腕によって腹と右腕、さらに左足が貫かれ、さらに頭を握り締められていた。

 暗殺者としての目をもってもまるで追いつけなかった攻撃速度、そして骨とは思えない重い一撃。この一瞬で、重複者は骸皇帝との実力差を知った。敵わない、敵うはずがないと。

「いやぁこりゃあ参ったなぁ……どうにか逃げたいんだけどなぁ……」

「……誰の……」

「うん?」

「誰の命令で口を開いている、塵芥が」

 重複者の脳漿と黒血が弾け飛ぶ。重複者の頭を握り砕いた手が重複者を投げ飛ばし、さらに重複者を貫いていた腕が拳を作って死体に拳を叩きつけた。

 何度も、何度も、何度も叩きつける。それでも骸皇帝の怒りは収まらず、ついには砕けた肉塊すべてを自らが操る深淵の中へと放り込んだ。

 しかしそれでも、骸皇帝の怒りは収まらない。だが決して重複者に対して怒っているわけではなく、先にあった謎の黒髪少女、滅悪種めつあくしゅに対して怒っていた。重複者にしたそれは、ただの八つ当たりである。

「こざかしいわ!!!」

 召喚した巨大な骨腕が、骸皇帝の周囲の木々を薙ぎ払い押し潰す。さらにそれらを地面に広げた漆黒の中に吸い込み、更地にしてしまった。

 だがそれでも、皇帝陛下の機嫌は収まらない。むしろさらに怒りを膨れ上がらせ、その場で地団駄を踏むという皇帝にあるまじき行動に出た。

 しかしそれでも、怒りの根源たる滅悪種への恨みと殺意は収まらない。

 名乗ることを許可したにも関わらず拒否されたことと、とくに対処もされることなく自身の魔術が防がれたこと。そして、その数倍の力で返されたことに関して、不敬であると怒り心頭していた。

 滅悪種の存在を、彼女の状態を知らないので仕方ないと言えば仕方ない。だがもし仮に知っていても、骸皇帝は怒っただろう。

 千年もの間無敵を誇った皇帝のプライドは、実に厚みのあるものであり、それを触発するものならば、どこのどんな奴だろうと殺しに来る。そういう人格だったからだ。

 だが同時、骸皇帝は冷静だ。今のままでは彼女を殺すことは難しいと、理解はしている。故に考えた。

 とりあえず、自分は敵だと認識されている。姿を現わせば、すぐさま攻撃されるだろう。かといって、骸骨兵では虚弱過ぎる。

 ならば、駒を揃えればいい。それだけの話だ。

「骸皇帝陛下」

 骸皇帝の癇癪に巻き込まれなかった木の背後、闇の中から声がする。自らの主を慕う声に、骸皇帝は少しばかり冷静さを取り戻した。

「奴はどうした」

「どうやら、この戦争自体理解していなかったようで。なのでルールを教えたところ、天界への執着があったらしく、他の参加者を殺しに行きました」

「ならば上場。隙を見て奴を殺してやろうぞ」

「しかし失礼ながら、今の陛下の手札では、あの魔力の塊を退けるのはまだ難しいかと」

「わかっておる……手に入れた駒も、おそらくこの戦争では弱者の部類。奴を仕留めるには力不足だろうな」

「そこで一人、皇帝陛下の駒にするに相応しい者を見つけました」

「ほぉ……その者、何者だ?」

 闇からの声はほんの少しほくそ笑み、そして続ける。その瞳に白はなく、黒目に金色の虹彩という異質を光らせていた。

「かつて陛下が暇潰しで滅ぼした国の、魔導生物兵器にございます」


*リザルト:戦争ゲーム四日目*

*脱落者:重複者/脱落理由:不明*

*勝者:ヴォイの骸皇帝 残り参加者:七名*

 

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