相手からどう見えるか

 駅前でバスをおり、デパートの中へ。特に買うものはないけれど、今日の目的は魔法使いの観察だ。まずは、いつもよく行く本屋さんのフロアに行ってみる。

 ところがしばらく店内を見て回っても、あまり〈目の魔法〉を積極的に使っている人は見かけなかった。使ってるのは店員さんばっかりで、お客さんの中には、お父さんみたいに目で店員さんに話しかけている人はめったにいない。変だな……。世の中の大人は大半が魔法使いだって聞いてたのに……。〈目の魔法〉は、基本中の基本ではなかったのか?

 そんなことを思いながら一人の店員さんを見ていたら、パッと目が合ってしまった。

(はい、なんでしょうか?)

 店員さんの反応は素早かった。仕事中なのだから当たり前だ。

(すみません。何でもありません)

 あわてて返事をして、目をそらす。いけない。仕事のじゃまをしてしまった。気まずいので店を変えることにする。本屋さんを出て、次は別のフロアの百円ショップに入ってみた。


 ところが、こちらも様子は似たようなものだった。お客さんはだれも〈目の魔法〉なんか使っていない。ひょっとすると世の中は〈名無しの魔法使い〉ばかりで、正式な魔法使いは少ないのかな。いや、でも、店員さんとお客さんとで正式な魔法使いの割合がこんなにちがうなんて、ぐうぜんにしてはおかしい。やっぱり何か理由があるのかもしれない。

 などと考えながら、あたしは店員さんとお客さんの目をよく見くらべてみた。しかし、そこから分かることは何もなかった。観察するだけじゃダメなのかも。ああ、だれかもっと分かりやすい〈目の魔法〉を使ってくれないかな……。

 などと思いながらきょろきょろしていたら、またもや店員さんと目が合ってしまった。しかも今度の店員さんは、目が合ったと同時に(何でしょうか?)とパタパタ小走りで近づいてきて、あたしのそばまで来ると、口でも似たようなことを言った。

「何かおさがしですか?」

「あ、いえ、ちがいます。すいませんでした……」

 店員さんに頭を下げて、今度もすぐまた店を出る。はずかしい。結局同じことのくり返しになってしまった。


 これはどういうことだろう。エスカレーターの横に置いてあるソファにこしかけ、ちょっと落ち着いて考えてみて、ようやく気が付いた。あたしは、人の〈目の魔法〉を見よう見ようとするあまり、あたし自身も目でしゃべってるんだってことを、すっかり忘れていたのだ。

 あたしはさっき、「だれか〈目の魔法〉を使ってくれないかな」と思いながらいろんな人を見ていた。そして店員さんと目が合ったのだ。ということは、店員さんから見れば、あたしは「何かしてほしい」と言っているように見えたことになる。そりゃあ当然、何か商品をさがしていると思うだろう。

 〈目の魔法〉は一方通行ではないのだった。口でしゃべる場合は、一人がしゃべっていたらもう一人はだまっていなければならない。でも、目でしゃべる場合は二人で同時にしゃべることになるのだ。お父さんとの無言の行では、あまりに会話がスムーズだったので、そこまで細かいことには気が付かなかった。

 そういえばお父さんも、必要もないのにウェイターさんに目で話しかけたりはしていなかった。きっと魔法使いは、必要なときだけ魔法を使うのだ。そう思って改めてデパート内を見わたしてみると、急にお客さんたち全員が魔法使いに見えてきた。

 そもそも、用もないのに人をじろじろ見るのは失礼なことだ。それに、町やお店の中でぺちゃくちゃ目でしゃべっていたら、ほかの人からうるさく見えるだろう。ひょっとすると、だからこの人たちは、わざと〈考え〉を〈理解の地平線〉の向こうにかくして、無表情な目をしているのかもしれない。

 よし、それなら仕方ない。連休の計画は取りやめだ。こっそり人の〈目の魔法〉を観察する方法なんて最初からなかったのだ。でも、いろいろと勉強にはなったし、むだではなかったと思う。あとは、ちょっと町をぶらぶらして、家に帰ろう。


          *


 バスに乗ってとんぼ返り。さあ、バスていから小山の家に向かう道で、再びあいつと目を合わさなければならない。歩いていくと、ほどなく例の民家が見えてきた。短いうなり声が聞こえたかと思うと、キャンキャンとかん高い雄たけびが始まる。

 いつも通りビクッとしてしまったけど、今のあたしはもう今朝とはちがう。西洋の魔法使いさんや、デパートの店員さんやお客さんたちから、学んできたことがあるのだ。

(お前、また来たやがったな! お前は敵だ! あっち行け! あっち行け!)

 パピヨンはキバをむき、全力で悪い魔力をぶつけてくる。

(おやめなさい)

 あたしは白人の女の人の真似をしてみた。あの時の、あの人の目をできるだけ思い出して、その通りの〈目の魔法〉を使ってみる。この子は敵じゃない。本当は素直でいい子だ。あたしが心からそう信じてあげれば、ほえるのをやめてくれる──。

(あっち行け! あっち行け! あっち……)

 パピヨンはまだほえ続けていたが、目の中にほんのわずか、小さなまよいが見えた。あたしはすかさず目の言葉を変えた。

(そうそう、敵じゃないよ。戦わなくていいんだよ)

(う、うるさい! ちがうちがう! お前は敵なんだ! あっち行け! あっち行け!)

 パピヨンは、あたしに対する決めつけをやめない。あたしはサッと目を元にもどした。

(おやめなさい)

 こうして、相手の魔力に合わせてこちらの魔力を切りかえていく。これが、西洋の魔法使いさんから学んだことだ。

(やめない! あっち行け! あっち行け!)

 パピヨンはずっと同じ目をキープしている。あたしを敵だと決めつけて、その考えを守ろうとしているのだ。だったらあたしは決めつけられた通りになってはいけない。逆にこの子を決めつけてやろう。

(あなたははいい子。だから、おやめなさい)

(あっち行け! あっち行け! あっち……、あれ?)

 ふいに、パピヨンが不思議そうな顔をしてほえるのをやめた。今だ!

(そう、分かればいいのよ)

 あたしはにっこりほほ笑み、パピヨンをほめてあげた。パピヨンは不思議そうにあたしの目をのぞきこんできた。

(え……? 敵じゃないの? オレよりえらい人なの?)

(そうだよ。魔法使いだよ)

 パピヨンは大きな耳をぴょこぴょこさせながら、右に左に首をかしげた。

(本当かな。なんか変だな。信じていいのかな。どうしよう、どうしよう)

 一生けん命考えてるのが伝わってくる。

(本当だよ。信じていいんだよ)

 あたしはパピヨンの心に生まれた良い魔力を育てるように、小さくうなずいて見せた。ところがパピヨンは必死に自分をふるい立たせ、再びうなり声をあげた。

(いや、やっぱりだまされないぞ! オレの方が強いんだ! お前は敵だ!)

 パピヨンが気を取り直してほえ始める。あたしはすぐに魔力を変え、反応を返す。

(だめだめ。ちがうよ。いい子でしょう? ほえないのよ)

(え……? ちがうの? 敵じゃないの……?)

 あたしがいちいち反応するので、パピヨンもだんだん決めつけが長続きしなくなってきたようだ。まるで鏡を見ているみたいだな、と思った。目の魔力というものは、こうしておたがいに反射はんしゃし合っているものなのだろう。「反応」というのは、本当に大切なことだ。

 パピヨンから見れば、今までのあたしは、ほえるたびにビクッとしてにげていくザコ敵のようなものだったと思う。この子は、そうやって人間を追っぱらうゲームが楽しくて仕方なかったのだろう。こうして常に「相手からどう見えるか」を考えなくてはいけない。これは、デパートの店員さんやお客さんたちから学んだことだ。

(いい子だね。分かってきたね)

 あたしがニッコリほほ笑むと、パピヨンはぽかんとした顔をした。

(あれ? ボクがかんちがいしてたのかな……?)

(そうだよ。あたしは味方だよ。お友達になれるよ)

(本当?)

(本当だよ)

 めまぐるしく目の魔力を切りかえながら、あたしたちは会話を交わした。そうしてついに、パピヨンはしっぽをふり始めた。

(友達だね! 友達だね!)

(そうだよ! 友達だよ!)

 あたし、ヒイラギミユキは、ようやく魔法使いらしい成果を一つ上げることに成功した。まあ、犬が相手では、じまんにもならないけど。

 あたしはパピヨンに(バイバイ、またね)と手をふった。パピヨンは(じゃあね、またね!)としっぽをふりかえしてくれた。


          *


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