名前の魔力
こうしてむかえた最終試合。相手は最強の敵、青ハチマキの五組だ。わが三組と同じく、ここまで一試合しか落としていない。三組か、五組か、勝った方が
しかし、敵の作戦はその上を行くものだった。なんと「強い選手からうち取る」という手に出てきたのだ。こっちが少しずつ強い選手をそろえようとしても、五組はこっちの弱い選手をわざとほったらかしにして、主力選手を一人ずつ順番にうち取っていく。ねらわれた選手は内野にいる動きの悪い子にじゃまされて、うまくよけることができない。まずは
「使えねえなコソドロ……」
おうえん席で歩音ちゃんがぼそっと言った。みんなが思っていることだった。いきおい三組の声は小さくなり、菅原くんや蓮佛くんが声を出しても、だれもついて来なくなった。
「ど……どうしたのみんな。このままじゃ負けちゃうぞ。ほら、元気出していこう!」
桜木先生がそんなことを言うもんだから、みんなますます「ああ、このまま負けるんだ」という気持ちになってしまった。そして、ついに最悪のことが起こった。丹原くんがまるで笠寺さんを守るようにボールに手を出し、アウトになってしまったのだ。おうえん席は「ああー」というがっかりした声につつまれた。
「コソドロなんか守ってどうすんだよ」
「逆にコソドロが丹原の
みんなが小さな声で口々に笠寺さんを責め立てる。今そんなこと言っててもしょうがないのに。ああ、このままじゃ「かがやく名前」もつけられない。丹原くんがおうえん席にもどって来た。もう三組の内野に残っているのはダメな選手ばかりだ。五組はよゆうの態度で、残しておいた「おじゃま虫」の後かたづけにとりかかった。まずは舞ちゃんがおしりに当てられてアウト。次に生田さんがボールを見失ってアウト。大戸くんはキャッチに失敗してアウト。灰田さんはまっすぐ後ろによけて足に当てられてアウト。とうとう内野に残っているのは笠寺さん一人になってしまった。
「もうダメだな……」
真壁くんが言った。みんなの気持ちだった。あとはもう自分たちのチームが負けるのをだまって見守ることしかできない。ああ、あたしがもっといろんな魔法を知っていれば、みんなの心をあやつって、チームを勝ちに導くこともできただろうに。くやしい。また何もできなかった。そう思ってため息をつこうとした、その時だった。
「笠寺弥呼ーっ! がんばれーっ!」
丹原くんが、校庭じゅうにひびきわたるような大声でさけんだ。びりびりっ、と空気がふるえて、まるでカミナリが落ちたみたいだった。フルネームのよび捨て──。それは相手を完全に支配する禁断魔法だ。親とか先生のような、本当に相手を大切に思っている者だけが使える魔法だ。本当に大切に思っている者だけが──。
パッ、と笠寺さんの目の色が変わった。そこへボールが飛んでくる。笠寺さんはまるで別人のようにあざやかな動きでひらりと身をかわした。
「カッサデラ! カッサデラ!」
丹原くんがコールを始めた。みんながあっけに取られて丹原くんを見た。やがて甘粕くんが丹原くんに続いた。番場さんが、霧人くんが、蘭ちゃんが、田村くんが、舞ちゃんが、みんなが次々と声を合わせていく。
そしてとうとう、クラス全員によるカサデラ・コールの大合唱になった。見れば、真壁くんや歩音ちゃんたちまでがコールに参加している。調子いいなあ……。
「カッサデラ! カッサデラ!」
みんなが笠寺さんの名前をよんだ。
「カッサデラ! カッサデラ!」
これは魔法だ。〈名前の魔法〉だ。人は名前をよばれないでいると、だんだん存在があやふやになって生命力を失ってしまう。ということは逆に、名前をよばれれば、存在がくっきりして生命力がみなぎってくるのだ。
「カッサデラ! カッサデラ!」
そしてチャンスがやってきた。笠寺さんになかなか当てられずにいら立った敵が、パスをミスしたのだ。ボールがこっちの外野に転がってくる。拾ったのは黒田くんだ。敵があわてて転んだところをなんなく仕留める。はね返ってきたボールを桐畑くんが取って、もう一人に当てた。こっちの外野には、他に宗像くん、郡くん、今川くん、道津さんがいる。スタメンで内野にいた選手が最後にローテーションで外野についたわけだが、内野としてはイマイチでも、外野としては意外と役に立つようだ。おうえん席は、味方がボールを持つたびにその子の名前をよび、敵にボールがわたれば再び笠寺さんをコールした。
「カッサデラ! カッサデラ!」
笠寺さんはねばりにねばって、地面に転がり、土にまみれながら、必死にボールをよけ続けた。そのがんばりに外野の選手も勇気づけられ、敵を次々うち取っていく。そうして試合は、ついに両チームとも内野に一人ずつというサドンデス状態に
「カッサデラ! カッサデラ!」
小っちゃな体の笠寺さんが、あたしの作ったハチマキをしめて、クラス全員に名前をよばれながら、みんなの夢をつないでいる。──名前をよぶ──。ただそれだけのことが、人の心にこんなに強い魔力をあたえるなんて、今まで考えたこともなかった。すごい。魔法はすごい。ああ、あたしも、魔法使いになってよかった。
「カッサデラ! カッサデラ!」
そして、とうとうその
「オオオーッ!」
みんなが飛び上がってよろこぶ。田辺先生が笛をふいて試合終了の合図をした。三組の勝ちだ。笠寺さんは土まみれのすがたでコートの真ん中に立っていた。番場さんたちがかけよって笠寺さんをだきしめる。そこからはもうすごいさわぎだった。みんなで笠寺さんを
閉会式。笠寺さんは
*
ボールのかたづけが終わり、おうえん席のいすを持って教室に帰るころになっても、みんな気持ちの高ぶりがおさまらない様子で、おしゃべりが止まらない。
「それにしても今日の笠寺はすごかったなー」
改めて甘粕くんが笠寺さんをたたえた。
「丹原くんのおうえんが効いたよね」
と、霧人くんがさりげなく丹原くんの魔法を見破る。
「あそこからいきなりチャカチャカ動きだしやがってよー」
田村くんは、ほめているのかけなしているのか分からない言い方でほめた。
「カサデラじゃなくてカチャデラだな」
と、また今川君がくだらないことを言う。でも今回のギャグはそこそこウケていた。
「なんだそりゃ」
「くっだらねえ」
「ダジャレかよ」
などと文句を言いながらも、みんな笑っている。笠寺さんも笑っていた。丹原くんまでめずらしく笑顔を見せて、おどけながらその名を口にした。
「カチャデラ!」
少しだけの失礼というやつだ。これが人と人の
「なんだよ! もう!」
これで笠寺さんのあだ名はカチャデラに決まりだ。このあだ名は笠寺さんのプライドにつながっている。この先、笠寺さんはそうよばれるたびに今日の
心の中でじだんだをふむあたしをよそに、笠寺さんは急にまじめな声で言った。
「真壁くん」
自分がコソドロよばわりしていた最優秀選手に話しかけられ、真壁くんは目を白黒させた。
「あれ、あたしじゃないって、信じてくれる?」
真壁くんはこまったようにみんなを見回してから、もごもご返事をした。
「うん……そりゃ、まあ……。悪いことするやつが、あんなにがんばるわけないもんな……」
「ありがとう」
笠寺さんはすがすがしい顔で答えた。
「それにしても、本当はだれだったのかしらね」
番場さんが歩音ちゃんたちを見ながら言う。歩音ちゃんたちはいつもの無表情をキープしていた。すると笠寺さんが笑顔で言った。
「もうどうでもいいよ。あとは本人が自分で反省するかどうかの問題だから。きっとその人、今ごろはずかしい思いしてるよ」
歩音ちゃんの無表情が少しだけくずれたように見えた。笠寺さんは、ドッジボールだけじゃなく、歩音ちゃんにも勝ったのだ。
「えー、それでは」
と甘粕くんが、にやりと笑いながら、スピーチでも始めるような口ぶりで言った。
「笠寺弥呼さん、あの時は、本当にすみませんでした。ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
他のイケメン男子たちも、声をそろえて笠寺さんに頭を下げる。そしてそのままずっと頭を下げ続けた。
「ん? なになに? どうしたの君たち」
桜木先生が不思議そうに聞いてきた。みんなも首をかしげている。これじゃあまるでイケメン男子たちが真犯人みたいだ。でも、そんなはずないってだれもが分かっている。一体どういうことだ……?
と、ここであたしはパッとその意味を理解し、急いで頭を下げた。
「ごめんなさい!」
やがてみんなも少しずつ分かってきたようで、何人かがそれに続いた。
「ごめんなさい!」
「おれも。ごめんなさい!」
そうして、結果的にクラス全員が頭を下げた。もちろん、歩音ちゃんたちも。
「はい終わり。これで
と甘粕くんが頭を上げて、これで本当に事件は終わりになった。うまいやり方だ。甘粕くんは本当にすごい魔法使いだ。
「なに? わかんない! なんなのこれー!」
桜木先生が悲鳴のような声を出したので、みんながどっと笑った。
「花ちゃんは気にしなくていいの」
甘粕くんはさわやかに言うと、ひょいっといすをかつぎあげ、イケメン仲間たちといっしょに教室へもどって行った。みんなもそのあとについて行く。桜木先生はいつまでも目をぱちくりさせていた。先生はみんなから全く先生あつかいされてない。「花ちゃん先生」だなんて、自分で箱をこわしたりするからそんなことになるのだ。これからはあたしだけでも、ちゃんと「桜木先生」ってよんであげよう。
*
帰りの会のあと、笠寺さんがあたしの席まで改めてお礼を言いに来た。
「ハチマキ、本当にありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。役に立ってよかった」
「ずっと大事に使うからね」
クラスカラーのハチマキはこれからも運動会や何かで使うので、大事に取っておくようにと田辺先生が言っていたのだ。あたしはそんなことより、笠寺さんに「かがやく名前」をつけられなかったことがくやしくてしょうがなかった。
「ねえ、『笠寺さん』ってよぶのと、『カチャデラさん』ってよぶの、どっちがいい?」
と、あたしは聞いてみた。すると笠寺さんはくすくす笑い、こともなげに言った。
「どっちでもいいよ。好きな方で」
ざわっ、とむねがさわいだ。あれ? これは何だ? 何か大事なことをわすれてる気がする。何だっけ……。どっちでもいい……どっちでもいい……、どっかで聞いたような言葉だ。
「カッチャ! 帰ろう!」
蘭ちゃんが教室の出口から声をかけてきた。番場さんのグループの中では、笠寺さんのあだ名は「カッチャ」になったらしい。仲間同士のパスワードだ。カチャデラではクラスのみんなと同じよび方になっちゃうから、グループ内だけのあだ名にアレンジしたのだろう。
あたしたちは「じゃあね」と手をふり合い、笑顔でバイバイした。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます