開戦邂逅

 主催であると勝手に決めつけられたジネットのためにだろう。指定された時間は本格的な開始よりも少し早い時間になっていた。

 それでもこの国の神器使いが二人揃う日とあって、既に結構な数の貴族達が集まっていた。この堕落した国を上から見下ろす者達……別に恨みはない。利権を貪り食って生きていることにも、特に意見は無い。


 それでも醜いと俺は感じた。

 見た目だけの話ではなく、日常的に他者をどう扱っているかが分かるような手合で犇めく会場は、奇妙な嫌悪感を俺のような男にさえもたらした。


 形だけの身体検査はすんなりと終わり、俺はジネットの手を引きながら入場した。この手の催し物は2度目なので、ぎりぎり堂々とできたように思う。

 もっとも俺のことなど周囲はろくに気にしていないようだったが。


 この日のジネットは殊更に美しいようだ。ようだ、というのは俺の基準が〈魔女〉や〈美しき者〉なので女性の美醜に関しては随分と大雑把なのだ。



「“フォールンの癒やし手”、ジネット様! 並びに護衛騎士、入場!」



 それだけが役割なのだろう扉の前の兵士が叫ぶ。叫んでいるのに関わらず、不快な声色になっていない。それが選ばれた理由かも知れない……そう思うと、この兵士の才能に少し羨望を覚える。


 耳に入ってきたざわめきで視線を前に戻すと、醜悪な貴族たちは見惚れるようにジネットを見ていた。

 金沙の髪をたなびかせ、装束は白一色。実を言えば単なる聖職者用のローブに過ぎないのだが、これこそがジネットを最も輝かせるようだった。


 まぁ元が良いからだろう。そう漠然と俺は考えている。どう美しかろうが、田舎村で一緒に過ごした日々で慣れきっている。


 自分に視線が集まっていないのを幸いに、ジネットの手を引いて静かに進む。目指すは主賓と主催用の一段高い壇上のような場だ。

 そこを見ると、黒髪の美男が穏やかに微笑んで立っている。他の主賓よりも一歩出た立ち位置、笑みの中に漂う優越感と狂気、そして何よりも濃密な神の気配。この男がサリオンか。

 そして、その斜め後ろには……



「セネレ……」

「セネレさん……」



 周囲に聞こえぬよう小声で訴える。すると蓋をしていた怒りが首を持ち上げてきた。

 灰の少女は可愛らしい桃色のドレスを着て、髪も梳られていた。だが、それを俺は全く似合っているとは思わなかった。

 理由は目の色だ。人間ではないように、光が無い。精彩を欠くという言葉が思い浮かぶほどに、人形に嵌められた硝子細工のような目になっていた。出会ったばかりの頃でさえ、ここまで死んだ目はしていなかった。


 間違いなく、サリオンが持つ神器の影響下にある。戦闘という点においては大きく、向こうが有利だろう。奴がほくそ笑むのも当然か。こちらの出方次第ではセネレを兵として使うつもりなのだから。



「さぁ……ジネット様。こちらへ……皆、お帰りをお待ちしておりました。勿論、私も……ええ、誰よりも待っていたという自負があるほどに」

「女性の命を盾に、私の友らを殺そうとしながら? 些か虫が良すぎませんか、サリオン? そして、あの村の惨状を私が忘れたとでも?」



 他の者には聞こえない声量。しかし、それには確かな怒気が含まれていた。

 俺は知っている。ジネットは聖女といっても、生まれつきそうなのではなく、努力でそれに近づこうとしているのだ。人並みに感情を備えた普通の人間でもあるのだ……それをサリオンは理解していないのだろう。

 二人の視線は交わっているのに、何かがズレていた。



「もう、私は道を決めました。サリオン、貴方とは共に歩めない」

「こちらのお嬢さんがどうなっても? まぁ……所詮は金で爵位を買った下衆ものの娘ですが、優しい貴方様には見捨てられないでしょうに」



 それは正確な考えだった。俺とジネットはセネレを見捨てることができない。



「ですから、戦い、勝ち取ります。私はもう籠から出たのですから……」

「そういう訳だ。お前には悪いとも思わん。必ず倒す」



 啖呵と共に、城の外から轟音と振動が響いた。

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