運命の魔女と弟子達
松脂松明
プロローグ 選ばれた者
しまらない最後だ、彼は思った。
男…コウカは人気のない森の中で息絶えようとしていた。高所から落ちたためだった。
吊橋が運悪く落ちた。山賊に襲われた。などといった、特別な要素はこれっぽっちもなく、不注意で足を滑らせて落ちた。それだけの理由だ。
故郷の村人たちに押し付けられた雑用をすませた帰りに、難所でも悪所でもない場所で。
もっとも、彼には似合いの最期だとも言える。コウカはこれまでの人生で、何かを成せたわけでもない。どこにでもいる半端者がどこにでもある不幸で、別段珍しくもない最期を迎えた。それだけのこと。
隙間風のような音が聞こえる。それは自分の口から出ている音だった。見れば、一緒に落ちてきたであろう木や石が身体に乗っていて、粗末な衣服は血に染まっている。こんな男の最期に一役買うことになった、木や石はむしろ気の毒にさえ思える。
痛みさえなくなり、心は穏やかな気分になってくる。
案外、村の神官らが言うような天に召される、というやつかもしれない。もう少しキチンと祈りを捧げるべきだったのだろう。
何も成し得なかった自分にも、一抹の救いはあるようだ。
コウカは目を閉じて生を諦めようとした。
「これは運がいい。こんなにあっさりと見つかるとはな」
響いた女の声に、心の平穏はあっさりと破られた。
「西に良き出会いあり……ふふっ」
女の声は涼やかで、喜色に満ちている。こんな人気のない森で、とてつもない違和感を覚えさせる。まだ野太い山賊の声の方が、この場には似つかわしい。
「やはり月の目は誤魔化せないもの。星は嘘をつかないもの」
足音が近付いてくる。死を前に諦めていたコウカの心に恐怖が戻ってくる。子供の頃に誰もが聞かされる、眠らせるための脅し文句。それが現実に存在しているような……
「ちょうど君のような人材を、探していたんだよ。あと一人だったんだ。本当に感謝する。この出会いは間違いなく、世界を変えるだろう」
誰かに人材だ、などと言われたのは初めてだ。礼を言われたのも、いつ以来か。だというのに少しも嬉しくはなかった。見つかってはいけないものに、見入られてしまった。
圧倒的な存在感。子供を脅かすためのおとぎ話に登場する魔女は実在したのだとさえ思った。
「君は今日から私の弟子になるんだよ」
こちらに声を投げかけているのに、そんな気がしない。この女に相手の意思など、関係がないのだ。
女の姿が見えてきた。こんなに美しい人など見たことが無い。だが、おぞましいモノのようにしか思えない。
「ほう、家族もいなければ、故郷に居場所も無いのか。ますます素晴らしい……後腐れがないというのは中々どうして稀有な要素だと私は思うよ?」
恐ろしい。三日月のように形よく歪んだ笑顔が恐ろしい。
先程まで迎えていようとした死など、この女に比べれば余程親しい存在に思える。あるいは、今日崖から落ちたのは、この女に出会わないようにとの神々の配慮だったのか。
「さぁ行こう。君の仲間も君を待っている」
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
コウカは叫んだ。コウカの身体が助けを求めて、文字通りの死力を振り絞っているのだ。
これから訪れることが良きことでも悪いことでも、この女の掌の上だ。そう直感して、必死にもがく。
この女はどうやら自分を生かそうとしてるようだし、案外素晴らしい未来が待っているのかも知れない。だというのに、なぜこんなに恐ろしいのだろう。
ソレは、自分などとは比較にならない存在がいて、それが自分を見ているというありふれた恐怖だ。
ただ、その存在が文字通り桁が違う存在だから、見られていることにすら心が耐えられないのだ。たとえ魔女に害意がなくとも。
魔女がこちらに手を伸ばしてきて、コウカは意識を失った。
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