ジョウ
「い……てぇ……」
若い男は後頭部をさすりながら目を覚ました。
「どこだ? ここ?」
床にはクリーム色のタイルが敷き詰められている。タイルは薄汚れていて、所々欠けてコンクリート部分が見えていた。
若い男の目の前には便座も蓋もない洋式トイレがあった。これまた薄汚れている。
「トイレ、か?」
どうやらここがどこなのか全く見当がつかないようだ。
若い男は後頭部をさすりながらゆっくりと立ち上がり、周りを見渡した。
中央には洋式トイレ。薄汚れたタイル張りの床。錆びた鉄製の壁が四方を囲い、天井には切れかけの電球と監視カメラ。そして扉にはかんぬき錠が掛けられていた。
個室の広さは一般的なトイレの個室の四倍くらいだ。
錠からはいくつかの導線が、むき出しの基盤へと繋がっていて、基盤には0~9のボタンが配置されている。その上にはデジタル時計のような長方形の液晶ディスプレイがついており、「00:00」と赤く光っていた。電子ロックだ。さらにその上には「ジョウにはジョウに従え」とメッセージが書かれていた。
「……なんだよ、これ……」
若い男は闇雲にボタンを押して電子ロックの解除を試みるが、エラー音が鳴るだけで失敗に終わった。
「おい……なんか作動したぞ。カウント……ダウン、か……」
液晶ディスプレイには「59:56」と表示され、一秒ごとにカウントダウンしている。残り六十分を切った、ということだ。
「おいっ、出せよっ! 見えてんだろ!」
監視カメラに向かって叫ぶ。しかし何も反応がないことに「くそっ。くそっ! くそっ!」と扉を激しく叩きだした。
しばらくそうして叩いていたが、やがて無意味であることを悟ったのか、若い男はその場に座り込んでしまった。
「――叫んだって無駄さ」
突然、知らない男の声が聞こえてきた。
「誰だ? どこにいる」
「ここさ」直後、カンカンと、鉄製の壁を叩く音が聞こえた。
扉に向かって左側の壁からだ。若い男は壁に耳をつける。
「これはゲームなんだ。復讐のゲームさ。クリアしなければ外には出られない。そうさ。映画や小説でよくあるだろ」
壁から聞こえる男の声はやや自嘲気味だ。
「誰だお前。お前がやったのか?」
「いいや、オレも
「どういうことだ? なんでこうなっている?」
「分かるだろ。お前も人を殺したんだろ?」
「人を、殺した……?」
「とぼけるなよ。もう時間がないんだ」
「とぼけてなんかないし、人を殺した覚えもない」
「ふっ。そうか、じゃあ、あんたがオレを監禁した犯人だな」
「ちがう。俺も気がついたらここにいたんだ」
そこまで話すと、壁の向こうの男の声が途絶えた。若い男は耳を澄ます。何かを考えているような気配を感じる。
「……なら協力してくれ。オレのタイマーは残り二十分を切っている」
再び男が話し出した。
「オレらには共通点があるはずだ」
「共通点?」
「ああ。その共通点が電子ロックの解除に繋がるはずなんだ」
「なるほど」
「オレは半年前に人を殺した。そしてノコギリでバラした。警察はまだ凶器すら発見していない。それなのに、ここで目を覚ました時、オレがバラした時に使ったノコギリと同型のものが床に転がってたんだ。なあ、あんたのところにノコギリはあるか?」
「ノコギリ?」
若い男は立ち上がり、床を見渡す。便器の裏も見たが特に何も見つからなかった。
「なにもない」
「あんたは何で人を殺した? 殺した凶器が転がってあるんじゃないのか?」
「俺は人を殺してないし、ここには何も転がってない」
「……ないのか? なにも?」
隣から疑うような声で問いかけられた。
「ああ。何もない」
「そうか……。共通点は人殺しじゃないってことか……」
「残念ながら、そうなるな」
「だが、犯人はオレしか知るはずのない凶器のノコギリを知っている。……そうか、秘密か。お前、なんか隠し事してないか?」
「隠し事……」
若い男はしばらく考え、やがて口を開いた。
「……それを言ったらここから出られるのか?」
「あるのか、隠し事。出られるか分からないが、何かのヒントになるはずだ」
「俺はな―――」
「きゃああああああああ!」
突然、女の悲鳴が聞こえた。
「なんだッ!」若い男が立ち上がる。
「なんだ?」隣の壁から、男が問いかける。隣の男のところまでは悲鳴が聞こえないようだ。
「隣だ。反対の壁から女の悲鳴が聞こえる」
「隣にも
「ちょっと、話してくる」
「ああ。なんか分かったら教えてくれ」
若い男は、反対側の壁の前に座り、壁をカンカンと叩いた。
「誰? 誰なの? ここはどこ?」
女の声は震えており、不安と焦りを感じた。
「壁だ。隣の部屋にいる」
「あなた、誰? あなたが……やったの?」
「違う。俺も閉じ込められている」
「嘘。じょ……、女子高生に手を出すつもり……?」
「そんなことしない。信じてくれ。俺も目が覚めたらここにいたんだ。俺の他にもう一人、男が閉じ込められている。俺もそいつもこのゲームの参加者なんだ」
「ゲーム? 参加した覚えない……。早く出して。スマホ……私のスマホない……」
若い男はため息を吐き、首を横に振った。これ以上話しても相手を不安にさせるだけだと思ったのだろう。
「……よし、分かった。早くここから出よう。でもそのためには、みんなで協力する必要があるんだ。お願いだ、協力してくれ」
「協力……」
「……ああ」
若い男は静かに相づちを打った。
「……何をすればいいの?」
「よし。いいか、まずは……扉だ。扉を見てくれ。キーがついてるか?」
「扉? ……ええボタンがあるわ。これを押せばいいの?」
「待て。触るな。タイマーが作動する」
「タイマー?」
「ああ。六十分タイマーだ。どうなるか分からないが、下手に触らない方がいい」
「……わ、分かったわ。触らない」
「よし。じゃあ次はキミがいる部屋の状況を教えてくれないか。何か落ちているものがあるかもしれない」
「落ちているもの?」
「ああ。部屋の中にあるものをすべて言ってほしい」
「分かった。ちょっと待ってて」
女子高生がそう言うと、会話が途切れた。恐らく個室内を見回しているのだろう。
しばらくすると「そこにいる?」と声が聞こえ、女子高生が戻ってきた。
「部屋にあるもの、言うね」
「ああ」
女子高生の個室の構造はこうだ。中央には洋式トイレ。薄汚れたタイル張りの床。錆びた鉄製の壁が四方を囲い、天井には切れかけの電球。扉には電子ロック付きのかんぬき錠。電子ロックの上には、「ジョウにはジョウに従え」というメッセージもあるようだった。
若い男の個室と大きく変わらないようだった。
「――それから、ね……」
「なんだ? なんか落ちていたのか?」
女子高生は言いにくそうに黙っている。
「なんだ、言って見ろ」
「えっと、その……。避妊具があった。……男の方の」
「避妊具……。心当たりはあるか?」
若い男の問いかけに返答がなかった。何か考えているのだろうか。
と、その時だった。
「おいっ! 助けてくれ! 時間切れになってしまった!」
今度は左の壁から男の声が聞こえてきた。叫んでいる。壁をガンガンと叩いて叫んでいる。
自嘲気味な雰囲気はもはやなく、切羽詰まった焦りがひしひしと伝わってきた……。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます