第44話 転がり出た真相

 部屋の外から誰かが近づいてくる。ひとりだが、リュウモが会ったことのある『气』の持ち主だった。ガジンと戦った黒装束の男だ。


「ここの人たちの仲間だったんだ……」


 ――話でもしに来たのかな。

 平和ぼけした思考は、すぐに間違いだと気付かされる。

 外で、人が倒れた音がした。ゴドっと生々しい音が鳴った。次に衣服が床と擦れる音が続く。


(やっばい……!?)


 ナホウ達の味方ではない。屋敷が襲われている。リュウモは急いで部屋から脱出しようと窓を開けた。


「ナホウさん……?」


 庭で、家主が倒れていた。彼の傍には見知った顔があった。ゼツだ。


「待て。すこし話を聞くのだ」


 いきなり手を掴まれ、リュウモの体が反射的に驚きで震えた。思わず気味が悪くなり、手を振りほどく。

 ――ぜ、全然わからなかった!?

 今のリュウモは、目覚めたことにより『气法』を使わなくとも感覚が鋭敏になっている。

 触れられなければ気づけなかったことに、リュウモは戦慄する。


「我が主、帝が来臨を望んでおられる。皇都までご足労願いたい」


 男の丁寧な言葉遣いに、リュウモは違和感を覚える。頭から押さえ付けるような風ではなく、客人として扱おうというのか。リュウモは警戒を解かない。


「行くと、思ってるんですか」


 今まで自分を殺そうとしていた相手が下手に出たからといって、うなずいて着いて行くほど、リュウモはお人好しではない。

 男は、懐から白い物を取り出し、リュウモに見えるよう、掌の上に置いた。


「な――――!」


 リュウモは驚愕した。〈竜守ノ民〉にとって見慣れた代物であるそれは、先祖が外で出会った友に残した、数少ない物だった。


「竜避けの喉笛……!」


 男の手よりすこしだけ大きい物は、笛と呼ぶには原始的だった。

 骨。動物の共鳴腔だ。『竜』が会話するために必要な声を出すための器官。


「こんな、古い物を……」


 〈竜守ノ民〉は、『竜』の骨を加工せずに用いることを禁じている。

 だが、これは共鳴腔をそのまま使用している道具だ。〈竜ノ墓〉では当たり前のように落ちているが、道具として見るのは、リュウモでも初めてだった。


「どうして……外じゃ禁じられてるはずなのに、これは、山奥に移り住んだ人たちに、先祖が渡した物のはず」

「外へ連れ出された者達が故郷へ戻る際、戦友に贈った物。いつか、〈竜守ノ民〉が再び外へと駆り出されたとき、友を見分け、助けるための目印として」

「盗ったんですか、持っていた人から!」

「勘違いしてもらっては困る。これは帝の持ち物だ」


 リュウモは警戒を解かなかった。見ず知らずの人間をすぐに信用できるほど、もう子供ではなくなっていた。


「笛に刻まれている文字を。古いが、それゆえに〈竜守ノ民〉ならば読み解くことができる」


 手渡された喉笛に触れる。指先の感触から、贋作ではないとわかった。


「友よ、危機がその身に迫ったとき、我らは再び、万難を排してお前の元へ駆けつけよう」


 刻まれていた文字は、先祖の叶えられなかった願いが込められていた。リュウモは喉笛を握る。願いを包み込むように。


「これの持ち主が、帝? じゃあなんでおれを殺そうとしたんですか」

「それは帝に直接、お聞きになればよい。ここから一刻ほど歩く。そうすれば皇都まではすぐだ」

「え?」





「重罪人を運ぶにしては雑だとは思わないか」


 ガジンは打ち付けた頭を擦った。じくじくと音を立てそうな痛みが骨に染み込んでいるかのようだ。命に別状がないことは理解しているが、あんまりな移送方法だった。


「うるせえ、俺だって背中打ったんだぞ」

「い、いたた……お尻が」


 ガジンは、吹き上げられた地点に目を向けた。

 男三人分の高さがある溝には、白い光線が束になって大河のように悠々と流れ続けている。


「地脈の流れを利用して移動する術……まさか実用化されているとは。設置場所が極めて限定されることと、大規模な設備が必要なせいで、中々研究は進んでいなかったはずですが」


 大人が十人横になっても届かない横幅がある巨大な地脈移動のために作られた溝は周囲に何か所かある。

 北から南へ、またはその逆。いくつもの流れを持つ光線が溝を流れている。


「川、いや、血管か。人間の血流みてーだな」


 地脈は、大地の『气』の流れなので、ロウハが言うことも、的外れではない。


「で、ここはどこだ? 帝が呼んでるてえから〈影〉に言われるまま地脈に飛び込んだはいいがよ」


 辺りは暗い。自分の手と近くにいる人間の顔くらいは見えるが、それだけだ。

 灯りは、一応申し訳程度にあった。天井を支える巨大な支柱に備え付けられている燭台の蝋燭が、ひらひらと光を放っている。

 天上は異様なほど高い。宮廷のどの建物よりもだ。それだけで異様な空間だとわかる。


「皇都の何処か、だとは思いますが……」

「くそが。〈影〉も行先ぐらい教えろってんだ。強引に押し込みやがって。忠告無視してガジンに槍まで持たせやがって」


 〈竜槍〉を『黒竜』に投げつけたあと、素手になったガジンは当然負けた。結果としてだが、お互い深刻な負傷がなかったので、不幸中の幸いであった。

 捕らえられ、監視されていたが、急に槍を返され地脈の中に放り込まれたのである。

 何日も苦労して捕縛した相手を、断りもなく〈影〉は解放し、〈竜槍〉まで持たせた。

 ロウハの口から罵倒が出るのも仕方が無い。


「施設の場所が漏れると、簡単に宮廷内へ侵入されてしまいますからね」

「どうか、許してあげてちょうだい、ロウハ」


 闇から光へ這い出てきたように、突然二人の老人が前方からあらわれた。二人が広げる手の上では、一枚の符が光を放ち、周囲を照らしている。


「〈鎮守ノ司〉〈星視ノ司〉、どうしたんで? お二人が揃ってこんな場所にいるなんぞ珍しい。散歩なんて頓珍漢なこたぁ言わんでしょう」

「向かえに来たの。さあ、行きましょう」

「着いて来てちょうだい。話は歩きながら」


 先導者に、ガジンはロウハとイスズに挟まれる形で前に進む。

 連行されているがガジンは捕まったことに関しては対して焦っていなかった。気になるのは、帝の動向だ。

 リュウモは、おそらく捕まっている。今は、地脈移動の施設に連れて行かれている最中か、もう宮廷にいるかのどちらかだ。彼の身体能力は高いが、〈影〉の追跡を完璧に振り切れるとまではいかない。

 槍は手にある。リュウモが処刑される前に、都をもう一度離れなければならなかった。


「ひとつ、先に言っておきます。帝はあの子供を殺す気はありません」

「――――は?」


 〈八竜槍〉が全員、足を止めた。


「そんな馬鹿な! 帝ご本人が言ったことだ、リュウモを処断すると! 〈青眼〉の男は処刑されている!!!」


 帝が言い放った言葉、態度は演技ではなかった。体の『气』の揺れも、真実だと告げていたのだ。


「私達も詳しくは……。帝はこれだけは伝えるようにと。貴方に暴れられては『竜』が荒れ狂った方がましな被害が出ますからね」


「少年はもうすぐここに来る。だから暴れないでちょうだいね」


 ガジンは、二人の言葉を慎重に考え、うなずいた。

 もし、本当に帝がリュウモを葬ろうとしないならそれでいい。


「おいおい、お二人さんよ。なんでそいつをさっさと言わなかった。こっちは寝る間もなく国中駆けずり回った挙句、ド田舎で親友と殺し合ったんだぞ。真意を伝えてりゃ、ガジンだってこんな馬鹿げた行動はしなかったはずだ」


 ロウハが我慢できずにまくし立てる。国の最高位にいる人間への口の利き方ではない。

 彼の感情が理性を若干だが上回っている証拠だ。もし感情が振り切れたなら、今頃二人の体は宙を舞って千切れ飛んでいる。無事だということは、まだロウハは平静を保っている。


「帝の御考えは、私達にはとてもとても」


 もったいぶった態度に、ロウハの額に青筋が浮きあがる。今にも音を立ててぷっつりと血管が切れそうだ。


「久っっしぶり、頭にキタぞおい。ババア、知ってること黙ってると叩きのめすぞ」

「ロロ、ロウハ様!? 落ち着いてください!?」


 槍をきつく握り締めたロウハが二人に詰め寄ろうとしたのを必死の形相でイスズが止める。いかに術を巧みに操れようと、近距離では無意味だ。一振りされるだけで二人の胴体は泣き別れすることになる。


「残念だけど、本当になにも知らないの。私達は私事をされただけ」

「叩きたければどうぞ。わにも出てこないわ、血なら盛大に出るけれどね」


 〈八竜槍〉の怒気を受け、実力を深く知っていてなお、老婆たちは顔色ひとつ変えなかった。肝っ玉の大きさが、積み重ねてきた年月を語っている。


「……チ、妖怪婆相手じゃ、化かし合いは分が悪い。――あ?」


 ロウハが、おのれの〈竜槍〉に目を向けた。


「これは……!」


 三人の〈竜槍〉が仄かに光を発していた。ガジンの槍が掌に引っ付いて体を引っ張ってくる。


「オイオイ、なんだこりゃ、なにが起こってる?」

「槍が、わたくし達を、導こうとしている……?」


 ガジンは、リュウモの話を思い出した。槍には魂が宿っているのだと。

 リュウモと初めてすれ違ったとき、〈竜槍〉は確かに意思を持つ生物のように、反応を示していた。


(近くに、いるのか? ……気配はないが)


 『气』を探っても居場所が特定できない。


 はあ……と、老婆達が深々とため息を吐く。


「帝が術を変えて、少年の行先を変更した……。この術は繊細だからおひとりで触らないでと言ったのに」

「そんなに私達を心配させたいのかしら」


 二人は、今にも頭を抱えてしまいそうな声色で、愚痴を言っていた。

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