第23話 ヒロシ赤らむ

 マサトさんへの誤解が解けた朝霧家、これまで以上に平穏な日々を送っています。

 マサトさんの帰りが遅くても、いいにおいをさせてても、カオルさんはニコニコです。

 体を壊さないようにと、スタミナたっぷりの料理をこさえます。


「最近毎日ごちそうだね」

「そうよ。パパに頑張ってもらわなきゃ」

「まだ決まったわけじゃないのに」

「あなたなら大丈夫」

「それに、大阪に行くとなったら引越しやらサトルの転校やら、結構面倒だぞ」

「大丈夫よ」

「あ、単身赴任って手もあるか……」

「だめよ、そんなの。みんなで一緒に行くの! めいとちゃんも連れてっちゃおうかしら」

「ぼくもめいとと一緒がいい」

「そうだね。毎日笑っていられそうだ。でも、きっと五月先生が許さないよ」


 こんな感じです。

 一方、五月家はというと……。


「なぁめいと、俺宛ての郵便物なかった?」

「へ? なかったと思いますよ」

「これくらいの、A4版くらいの大きさの茶封筒なんだけど……」

「ん〜っと、どうだったでしょう? 郵便物なら五月様に渡しましたよ……って、いない」


 どこからの郵便物なんでしょう。

 ヒロシ、なんだか慌てている様子です。


「先生、俺宛てにA4版の郵便物ありませんでしたか?」

「ん? なかったと思うけど……郵便物ならそこ」

「そこってどこですか……こんなにチラシ溜めて、大事な書類とかなくなりますよ」

「ん? 大事な書類なんかこないし、チラシはメモ用紙になるだろ」

「めいとに叱られますよ」

「ん? ヒロシくんよろしく」

「せんせぇー……。ま、いいか。A4茶封筒、A4、A4……ない……」

「あ、もしかしてこれかな?」

「ど、どれ!」

「これ」

「見せて!」

「なんかちょっと分厚くてぇー、しっかりした本みたいだったからぁー……」

「こ、これです!」

「何かなぁーと思ってよけといた。おや? ヒロシくん顔赤いよ」

「ふ、封開いてる……み、見た?」

「ん? うううん」

「うそだ……」


 ちょっと分厚くて、本みたいなものが、どこからヒロシに届いたのでしょう?

 そして中味はいったい……。


「母ちゃん、俺の名前も書いとけよ! 先生、内密にお願いします」

「ん? うん……」

「無理だ……」



 数日後。


 トゥルルル……、トゥルルル……。


「はい五月です。あ、ヒロシの母様、こんにちは」

『※□%△&……』

「え? ヒロシの塩梅ですか? 元気で、最近は仕事もよくこなしてくれていますよ……は? ヒロシそっちへ帰るのですか? いえ、何も聞いてませんけど……」

『※□%△&……』

「畑が大変なんですか? はあ、学生さんたちいるのでそうでもないですか……五月先生が、そろそろヒロシにまとまったお休みあげようかとはおっしゃっていたところです」

『※□%△&……』

「はい、今度の週末ですか? わかりました。五月様に伝えておきます……はい。ヒロシの父様にもよろしくです」


 プチ……。


「五月様、今ヒロシの母様から電話がありました」

「えっ! 母ちゃんから?」

「今度の週末、ヒロシを実家に帰らせてほしいということです」

「そうか、そうか。わかった」


 五月先生、ニヤニヤです。

 ヒロシくんの脇を突ついて、何やら意味ありげに含み笑いしています。

 ヒロシは慌てた様子で、顔を真っ赤にしています。


「なんか、ふたりとも最近変でございますよ。ヒロシは落ち着かない様子だし……」

「なー、ヒロシくん」

「まさか何か悪さを考えているのですか?」

「いいえー」

「まさかわたくしの尾行でもして、バカにしておられるのですか?」

「そんなことではない」

「では何ですか? 白状なされませ!」

「先生、ダメです!」

「五月様! 白状しないならお夕飯抜きですよ!」

「ヒロシくん、ごめん」

「※□%△&……だぁー」


 ヒロシは観念し、例のA4版の茶封筒を持ってきました。

 五月先生、さらにニヤニヤです。

 めいとさん、ヒロシから渡されたちょっと分厚くて、本みたいなものを開きました。


「こ、これは……かわいいです……」


 ちょっと分厚くて、本みたいなものはお見合い写真でした。

 ピンクの振り袖を着たお嬢さんが、椅子にちょこんと座って澄ましています。

 ヒロシは、顔から火が出るんじゃないかというほど真っ赤です。


「ヒロシにはもったいないです! どうせ断られるのがオチです」

「メイド、縁起でもないこと言うな」

「東京のお土産、用意しなくては、ですね」


 ヒロシはその週末、真っ赤な顔のまま実家に帰っていきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る