第15話 初めての料理

 サトルくんの家庭教師代にと、ヒロシからボルシチをねだられためいとさん。

 カオルさんから、作り方を伝授してもらっています。


「ボルシチはロシアの郷土料理なのよ」

「この、ビーツというのを入れるのがきまりなのですね」

「そう。それが入らなければボルシチと言えないわね」

「どんな味がするのでしょう?」

「ビーツ自体はカブみたいな感じかしら。甘みが少し多いわね」

「はあ……」

「ボルシチは、トマトの味が強いかしら」

「ビーフシチューと何が違うのでしょう?」

「ビーツが入ってるか入ってないかじゃない?」

「あぁ、はあ……」


 ビーツはかぶに似た根菜で、赤蕪とも呼ばれます。

 ボルシチ特有の赤いスープは、ビーツの色なのですね。

 お肉は豚でも牛でもお好きな方を。

 欠かさず入れたいのはキャベツです。

 玉ねぎや人参、じゃがいもなどベースの食材で煮込み、塩こしょうで味付けします。


「ストックから作るのは大変だから、固形のスープの素でいいのよ」

「らくちんです」

「インスタントにしても、入れるお肉に合わせると深みが出るわね」

「なるほど……」

「別茹でしたブロッコリーを入れると色合いがきれいよ」

「食べる前にサワークリームを添えるのですね」

「そうよ」

「赤、緑、白、クリスマスみたいです」

「ホント、そうね」

「ビーツとトマトは缶詰を使うのですね」

「そう。生のを使ってもいいけど、時間短縮」

「またまた、らくちんです」


 あくを丁寧に取りながら、コトコトと煮込んで出来上がりです。

 思うより簡単にできました。

 これならめいとさん、自分でも作れそうですね。

 粗熱が取れたら、タッパに移して持ち帰ります。


「めいとちゃんのとこもうちも三人だから、半分こしましょう」

「はい」

「あ、でも五月先生もヒロシくんもおかわりするかしら」

「奥様そんな、いいんです。一杯ずつあれば充分です」

「五月先生はともかく、ヒロシくんはたくさん食べるでしょ?」

「はい、たしかに……」

「じゃあ半分と、おたま二杯分多く入れてあげて」

「ありがとうございます」


 ええ、ええ、ヒロシは大食漢です。

 少し前、五月家みんなで水族館へ行った日のことです。

 五月先生から奮発のお許しがでて、ふぐを食べることになりました。

 ヒロシが食べてみたいと、リクエストしたからです。

 皮刺し、てっさ、唐揚げ、たっぷりの野菜と鍋皮のてっちり。

 あれよあれよという間に、平らげました。

 めいとさんもヒロシも成人してますから、つまみに焼き白子とひれ酒も少々。

 そして最後は、卵で黄色く輝き、あさつきの緑が栄えるお雑炊。

 ひとり、たっぷり二杯分はありそうでした。

 でも、五月先生とめいとさんは一杯でギブアップ。

 ヒロシも……と思いきや、お鍋の中は空っぽになりました。


「ふぐ、マジ美味いっす。また食べたいです」

「わたくしはおなかポンポンで、次食べることなんて考えられないです」

「ま、それは、ほら、ヒロシくんだから」

「まったくです」


 てな具合です。

 だからボルシチなんて与えたら、どれだけ食べるかわかったもんじゃありません。


「サラダ用にエンダイブも持っていって」

「ありがとうございます。奥様」



 さて、五月家のお夕飯です。

 めいとさん、タッパのボルシチをお鍋に移して温め直ししてます。


「ほー、いいにおいがしてきたな」

「ボールシチ、ボールシチ」

「ヒロシくん、そんなに楽しみかい?」

「そりゃあもう、なんせ初めてですから」


 念を押しておきますが、ヒロシは成人しています。


「さ、できましたですよ。まずは、ボルシチとサラダです」

「これがボルシチかぁー。すごい色だな」

「ビーツの色ですよ」

「へー」

「五月様、パンとご飯とどちらがよろしいですか?」

「んー、ご飯」

「俺、パーン!」

「自分で持ってきて」

「はーい」

「サワークリームをお好みで添えて、混ぜながらお召し上がりくださいませ」

「はーい……って、このサラダのレタス、萎れてんじゃない?」

「これはエンダイブといって、葉っぱがチリチリしてるんです」

「へー」

「レタスの仲間じゃないんですよ」

「へぇー、ちょっと苦みがあるけど、シャキシャキしてて美味い!」


 シャキシャキシャキ、シャキシャキシャキ……。


「……五月様、ボルシチのお味いかがでございますか?」

「う、うん、さすがカオルさんだ、美味しいよ」


 シャキシャキシャキ、シャキシャキシャキ……。


 ヒロシ、ボルシチ食べましょ。

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