第12話 絆の消失点
□第12話□
□絆の消失点□
――四日後。美術部室に集合。
徳川学園の美術室は、板張りの北窓であり、むくもよく片付けたり清掃をするので、夏の涼さえ感じられた。
「今日は、美術部員の皆の中間発表をして貰う」
亮が、この部室に揃った四人全員を確認した。
各々、制服に黒の仕事着で、ここの脚の長い椅子に腰掛けていた。
「先ずは、部長の僕から」
イーゼルにあるキャンバスを指した。
「神崎亮、『街と黄昏―消失点より』、油彩画、一点。ほぼ完成に近い。前から描いていたシリーズの集大成として、部長最後の作品にしたい。夏休み中には納得の行く形にしたいと思っている」
左手の拳に力を込めた。
「次は、朝比奈麻子副部長」
カルトンからたった一枚描いたのを出した。
「あたしは、『ビーナスの横の顔』、木炭画、これだけ!」
「もう、フィキサチーフを掛けたので、これでお仕舞い!」
「夏休みは、後は、お遊び!」
つまらなそうにシャギーをかき上げた。
「次、神崎椛」
画板に固定したままの絵を二つ出した。
「はい、私は、『静物―果物と瓶』、水彩、二点の内どちらか。水彩って、べたべた直すものではないから、もう、無理かな。描くなら最初からになるよ」
肩を竦めた。
「最後、土方むく」
ボードとフレームに入れた二つを出した。
「はい、むくは、『
申し訳なさそうに続けた。
「もう一点の『タイトル未定』は、お見せできません。ごめんなさい」
頭を下げた。
「各々研鑽を積んで来たと思う。簡単な反省会を行う」
「『街と黄昏なんとか』、いいわ、亮!」
麻子がねっとりとした。
「そうね、亮兄さん。『街と黄昏―消失点より』、渾身のなんとか?」
「ケソ妹、会心の一撃だよ」
椛と亮は、相変わらず仲が良かった。
「素晴らしいです」
むくも讃えた。
「朝比奈副部長、タイトルですが、提案です。『ヴィーナスの横顔』は、いかがでしょうか?」
おすまし椛がきりっとした。
「えー?」
「もみじんが面倒臭いよー、亮ー!」
余りにもべたべた話すから、朝比奈麻子に他にも友達がいるのか、むくは、疑問に思った。
「まあ、賛成かな」
口元を触りながらにやりとした。
「どっちに?」
「どっちに?」
「……」
「で」
亮は、切り返した。
「椛は、いいな。好きにしなさい」
見てもいなかった。
「何よ、亮兄さん。兄さんぶって」
「兄だから。いや、部長命令かな」
「所で、土方むく。見せられないと言うのはどう言う事だ?」
亮は詰め寄った。
「ごめんなさい。私が未熟だからです。本当にごめんなさい」
むくは、ごめんなさいと言う度に頭を下げた。
その折り、カチューシャにかかる様に、翠髪が揺れた。
「例の、“ジレとアデーレ” の様なのをまだ描きたいとか思っているのか?」
「あたし達にもうモデル要らないって言ったよね?」
亮と麻子のダブルの応酬はきつかった。
「止めたのか……?」
亮は、何故か関心があった。
「い、いえ……」
むくは、首を振った。
「まだ描いているの? むっくん」
麻子の呆れた顔は、間抜けだった。
「二つ出したのだから、大丈夫だよ、むくさん」
椛の助け船が来た。
「分かった、分かった。むくは、いずれ提出する事。全会一致で決まり」
むくは、頭を垂れた。
「出た、全会一致、亮兄さん」
「ケソ妹は、静粛に」
「以上、中間発表終わり!」
最後を無理矢理締め括った。
がちゃがちゃと解散して、後は、美術部を離れ、各々過ごした。
***
――その日の夕方。むくの自宅。
徳川第二団地四〇一号室に、むくは帰り着いた。
土方家である。
シャラン。
シャラン。
ベルを鳴らし、鍵を開けて入った。
「
にこりとした。
しかし、ひたすらに静寂が広がっていた。
「誰もいないのですね」
カチャリ。
「ふうー」
むくは、水色や水玉に囲まれた自室でため息をついた。
「神崎部長と朝比奈さん、今日も仲良く手を絡めたり、いちゃいちゃしていました。神崎部長は、どうして朝比奈さんを恋人にしたのでしょう。……訊いてもいいですね」
ベッドに腰掛けて、スマホを見つめた。
「うーん。コミュニケーションアプリか電話か悩みます」
コチコチコチコチ。
壁掛け時計が焦燥感を煽る。
「電話にします」
スマホの電話帳を開いた。
「あ、か。か、か、か。かんざき……」
五十音で探した。
「椛さんとご自宅しかないです」
神崎椛と
「う、むむむむ、違うです」
電話帳を更に睨んだ。
「び、美術部部長でしたか! アチャ」
トゥルルルル。
「電話に出てくれますか?」
カチャ。
『はい、うん。むくか? 僕だ、神崎亮だ』
むくは、疑問に思っていた事を勇気を出して訊いてみた。
「あの……。単刀直入に伺います」
『な、なんだ?』
「何故、神崎部長と朝比奈さんが恋人になったのですか……?」
『……どきゅんだな、むく』
亮は、暫し考えた。
『答えると思っているのが、むくだよな。まあ、仕方がない。少し話す』
『――あれはな、菊ばっちゃが亡くなったお通夜の日の事だ』
神崎亮が語り出した。
絆の消失点が見えようとしていた。
むくと亮との……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます