第21話 蜘蛛の巣 1
「お前、火の魔術とか使えたんだな」
バチバチと火花を散らす暖炉を見ながらロロが言った。
「後は風と雷の簡単な魔術を一通りな。出力低すぎて戦闘には使えねえけど」
この火はグレインの《火炎》の魔術でつけたものだ。湿気っていたせいかつけるのに手間取っていたが、種火からゴミや木くずを燃やしてようやくここまで大きくなった。
「にしても着心地悪いな、これ」
グレインが自分の着ている服を見ながらそう言った。いつもの簡素な旅装と違い、貴族風の装飾があしらわれたピッチリとした服を身に纏い顔をしかめている。
「金持ちってのはこういう服がお好みなのか」
「好き嫌い以前に、正装が必要な時があるだろうからね。こんな豪邸をもっているぐらいの人なら」
「そういうもんかね」
俺達四人は屋敷の一室に集まっていた。屋敷を探索している間に日は暮れ、暖炉と蝋燭の光だけが部屋を照らす。暖炉前には三人分の濡れた服が無造作に積まれていた。渇いた薪が置いてあったのは幸いだ。
「ま、俺はいいとしてもだ……」
言いながらグレインはテーブルの向いに座るロロを横目で見る。
「ンフッ」
「今笑ったな?」
「いやだってお前、もうちょっと他になかったのかよ」
「小さめの服が無かったから仕方ないだろうが」
「子供用の服な」
「お前殴るぞ」
ロロは苛立ちと恥ずかしさの混じった表情で彼を睨む。彼女が着ているのは使用人あたりの物であろう地味な色の服だが、当然大人用のサイズしかなかったためかなりブカブカだ。着ているというよりは包まれていると言った方が正しい。
「もう破いて合わせるかこの服」
ロロが余った裾を引っ張りながら言った。
「さすがに借り物だしそれは」
「いんじゃねえの。どうせしばらく不在みてえだし、今さら服の一枚二枚無くても気づかねえだろ」
グレインが欠伸をしながら生返事で返す。
「それはそうかもしれないけど」
「まあいいじゃないですか。どうせ今晩だけなんですし、ちょっとくらい窮屈でも我慢しましょう」
シャルロッテが宥めるようにそう言った。彼女はいつの間に着替えたのか寝巻用の服を着ており、テーブルの上に登るとその上にせっせとベッドを敷きその上に寝転がった。
「歩き回るは雨は降るわでもうクタクタですわ」
「お前ずっと鞄にいただけだろ」
「雨止みませんねえ」
「聞けよ」
シャルロッテはぼんやりと窓の外の景色を眺める。
「あれ?」
だが数秒後、彼女は突然体を起こし窓を見ながら目をパチパチと瞬かせる。
「どうした?」
「今外で何か通りました!」
「外?」
その言葉に俺達も窓を覗く。だが外には降りしきる雨と生い茂る木ばかりで他には何もない。第一、ここは二階だ。
「鳥かなんかだろ」
「そんなのじゃありません。一瞬でしたが、大きな虫みたいな影がササッと窓を這っていきました」
彼女はあたふたと身振り手振りを交えて説明する。ロロはそれを聞き顎に手を当て考えこむ。
「虫……というと大蜘蛛辺りか?確かに奴らは森を住処にするし、こんな場所ならいてもおかしくはないと思うが」
大蜘蛛……名前の通り巨大な蜘蛛の姿をした魔物だ。肉食で、時には人さえ糸で絡めとって襲う。これに限らず、魔物と呼ばれる類は見た目が通常の生物と酷似していてもその凶暴性は段違いだ。だからこそ初めに名付けた人間は"魔物"と呼んだのだろうが。
「んで、どうするよ。まさか退治しに行くってのか?」
「さすがにこの暗闇じゃ見通しがきかなすぎる。本当に大蜘蛛かもわからない」
ロロは首を振り否定する。
「万が一大蜘蛛でもあいつら程度なら窓は破ってこれないはずだ。全員一か所に集まって、念のため見張りでも立てておけば十分だろう」
「つまり徹夜かよ……」
グレインは露骨に嫌な顔し、だが観念したのか大きな溜息をつき、「だったらあそこも塞いどいたほうがいいだろ」と言い手近な物で窓を補強し始めた。ロロとシャルロッテもそれに伴う。
「念のため他の場所の戸締りも確認してくる」
俺はそう言って部屋を出ると屋敷を再び周り始めた。玄関、裏口、窓。外と通じる場所を粗方確認し、鍵を確認し閉める。過剰かもしれないが、魔物に襲われるよりは断然マシだ。
「……」
廊下を移動中、ふと足を止めあたりを見回す。屋敷の中は静かだった。誰もいないのだから当然だ。だというのに、この嫌な感覚は何なのだろう。何かが陰で騒めいているような、この感じは。
その時、近くの部屋でゴトリの物音がした。俺は反射的に剣を引き抜く。
「この部屋は……書斎だったか」
扉に近づくとゆっくりドアノブを回し、そのまま勢いよくドアを開く。中は最初に探索した時と変わらず、落ち着いた内装に机と本棚が置いてあるだけだった。何かがいる気配もない。警戒を解き、剣を収める。
「あれは……」
床に本棚からこぼれ落ちた一冊の本があった。音の主はこれか。近づいて手に取ってみる。他に比べやけにボロボロのその本はこれといった装丁も無いシンプルの外見だった。しかし……。
「なんだろう、この文字」
表紙にある題名は見たことのない言語で書かれていた。中を開いてみるが、やはり似たような文字が並んでおり全く理解できない。この国はもちろん、その様式は周辺のどの国の言語にも似通っていない。この屋敷の主は、一体どこからこの本を手に入れたのだろうか。
「ん……」
本をめくった最後のページ。そこに手書きのメモが挟まれていた。
「『時空間歪曲について』……?」
折りたたまれたメモの表面にはこの国の文字でそう書かれていた。俺は中身を見ようとそのメモを取ろうとし……。
「よう、ここにいたか……何してんだ?」
振り返るとグレイン廊下から顔を出していた。俺は慌てて本を閉じ棚に戻す。
「いや、なんでもない。物音がしたから入ったけど本が落ちただけだった」
「本って、今持ってたのか。なんの本だ?」
「分からない。どこか異国の物だと思う。何て書いてあるか分からなかったから」
「ふーん……ま、いいわ。終わったなら部屋戻るぞ。見張りの順番も確認しとかねえと」
グレインは興味無さそうに返事をすると元来た道を戻っていった。俺は一度本棚を振り返ると、グレインの後を追い部屋を出た。ドアを閉じるとき、また何かの気配を感じたような気がした。
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