広告は続くよどこまでも
「ちょっwwwwwこれすごすぎwwww」
そういう情報量ゼロの投稿に私が出会ったのは、平日の真夜中だった。そろそろ眠らなければならない。けれどこのまま寝てしまい明日を迎えるのはいささか惜しい気もする。そういう時間帯だった。
そこへ件のツイートが飛び込んできた。私は別段、SNSで流行っている動画を逐一チェックするタイプの人間ではない。ただその時は暇を持て余していたし、気まぐれで興味を覚えて動画を見てみようと思ったのだった。
私はスマホを握り直し、投稿を指でタップする。そうすると動画が音声とともに流れるはずだ。
「……うん?」
流れたのは素人の投稿に似つかわしくない、やけに整った映像だった。
「お客様満足度十年連続第一位」と来たところで、これが投稿動画ではなく、動画の前に挟まるコマーシャルだと気づいた。自動車保険の広告だった。最近、私が使っているSNSでも動画の前にこういう宣伝を挟むようになったのだ。実に嘆かわしい。とはいえせいぜい十数秒のものなので、待つことにする。
しかしだ。
「おや?」
動画が終わって次に流れたのは、同じようなコマーシャルだった。自動車保険から生命保険に変わっただけで、同じような文言が繰り返される。二本も宣伝を流すようになったのか、なんて面倒なことを。
これはSNSではなく、動画サイトで大元を見たほうがいいかもしれない。私はそう考えて、投稿に書いてあったリンクをタップした。さっきまで開いていたSNSのタブを押しのけるように、新たなタブが現れる。
だがタブに表示されたのは見慣れた動画サイトではなく、女性が口元を覆っているような画像だった。「うそ……私の年収低すぎ?」と書かれている。
「また広告か」
サイトへ入る前に表示されるタイプの広告だろう。時々あるのだ。私は隅に小さく表示されたバツ印のボタンを押して広告を消す。
消えた広告の後ろから現れたのは、「レモン一個分のビタミンC」などという文言だった。
「またかよ」
どうやら広告の後ろに広告があったらしい。私は苛立ってきた。早く消してしまおうとバツ印を探すが見当たらない。よく見ると広告の上部に「あと四秒」と書かれている。時間が経たないと消えないタイプのようだ。私は指で机を盛んに叩きながら待った。
ようやく消えた。同時に、馴染みの画面が出てくる。だが違和感が。どうも少しデザインが変わったようで、動画を再生する窓が下に設置されていた。スクロールしなければ再生ボタンを押せない。私は親指を伸ばして画面に触れ、ページを下げた。そして動画の再生ボタンをタップしようとした、その時だった。
「あっ」
画面の下から音もなく、バナー広告がせりあがってきた。私の指は再生ボタンではなく、その上にかかった広告に触れてしまっていた。画面が即座に切り替わり、ちかちかと点滅する文字がでかでかと現れる。
「初回十連無料!」
私は舌打ちをして、ブラウザバックをした。しかし現れたのは再び「うそ……私の年収低すぎ?」だった。バツで広告を消すと「レモン一個分のビタミンC」が現れる。十七秒に時間が伸びていた。心の中で死ねと毒づきながら貧乏ゆすりをして待つ。
ようやく広告が消えた。私は先ほどをミスを繰り返さないように慎重に、画面をスクロールして再生ボタンを押した。スマホを横にして全画面表示にする。
読み込み中を示す円の回転をしばらく見つめると、画面が変わった。だが動画ではない。「アンケートにご協力ください」だった。私は五秒待って、即座に「広告をスキップ」を押そうとした。
しかし悲劇再び。下からまたしてもバナー広告がせりあがってきたのだった。
「初回十連無料!」
「なんだよ!」
私は毒づきながら、戻し作業を始める。「うそ……私の年収低すぎ?」のあとの「レモン一個分のビタミンC」の表示時間は二十四秒に伸びていた。何とか戻り、私はバナー広告をやっつけてアンケートをスキップした。
だが再生されたのは「お客様満足度十年連続第一位」だった。自動車保険。ただしさっきのSNSで見たのとは別の会社の。同率一位だろうか。隅に小さく広告と書かれていた。十秒ほどのコマーシャルなのでスキップもできない。私は待った。
コマーシャルが終わり、次に再生されたのも「お客様満足度十年連続第一位」だった。自動車保険の、前二つとは別のものだ。同率一位が三社もあるとは、珍しいこともあるものだ。だがこれは再生時間が二分もある大作だった。私はスキップのボタンが出てくると同時に、そのボタンへ指を伸ばした。
その瞬間、今度は上からバナー広告が素早く降りてきた。
「初回十連無料!」
「くそっ! 死ねっ!」
私はブラウザバックした。「うそ……私の年収低すぎ?」、「レモン一個分のビタミンC」三十七秒、「アンケートにご協力ください」、「お客様満足度十年連続第一位」、もう一度「お客様満足度十年連続第一位」……二度とこの会社の商品は使わないと心に決めて、バナー広告を消した後スキップのボタンを押した。
「初回十連無料!」
これが本編だった。私はスマホを壁へ投げつけた。
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