第5話 嫌な捜索隊長と爽やかな副長
翌日、早朝から街の北門前にゴールの姿はあった。
「おい、警備隊から人を出せと言っただろ! なぜお前しかいないんだ!」
今回の捜索隊長を任命された騎士隊の男が大声でゴールを怒鳴っていた。男は貴族の子息であり、そのせいで領主も仕方なくそれなりの地位につけた者だった。彼は歳は三十代半ばで長い金髪をたなびかせて美丈夫を気取ろうとしているが、その残念な顔を見た回りの者たちはそれが勘違いであると思っていた。
「俺が受けた命令は警備隊から人を出せ。そして俺が必須だと言われたんでな、俺が出てきた。両方の条件を満たしているだろ?」
「ぐむむむむ。この、屁理屈を言いおって!!」
隊長は悔しげにうなり声をあげたあとに、苛立ちからゴールを怒鳴りつけた。
しかし、それを止めるものがいる。
「隊長、ここで争っていては任務が進みません。この者の言うことも屁理屈ではありますが、一応命令通りにしているのですからこちらが期待していた働きを一人でしてもらえばいいでしょう」
この隊の副長がそう提言すると、隊長の機嫌も徐々に回復していった。副長は隊長よりも若く二十代前半といったところだった。短く切りそろえられた茶色の髪は清潔感があり、優しさを感じさせる力の抜けたようなふにゃっとした笑顔の表情をしている。だからこそなのかはわからないが、うまく隊長の力を抜かせるのに成功していた。
「ふ、ふふ、そうだな。お前には十人分の仕事をしてもらうぞ!」
嫌味を込めてそう宣言するが、ゴールはきょとんとしていた。
「うん? あぁ、わかった。納得してくれたならそろそろ出発しないか?」
「こ、このっ」
どこまでも反応の薄いゴールの反応に再度怒り出しそうな隊長を副長がまた制止する。
「隊長、そろそろ出発しましょう。このままここにいては任務が達成できません。それこそあなたの評価を下げてしまいますよ」
「むぅ、仕方あるまい。出発するぞ!」
騎士たちは馬に乗っているが、警備隊は街の外の任務にあたることが珍しく、馬を所有していないゴールは徒歩だった。
「ふっふっふ、ついてこれまい。しかし、ついて来れなかったら任務放棄とみなして苦情をいれるからな! はっはっは!!」
「わかった」
走り出した馬の上で得意げに笑っていた彼の耳に急に届いたゴールの声に隊長は慌ててあたりを見ると、ゴールは鎧を着たままで隊長の馬に並走していた。
「おわっ!」
隊長は馬上でバランスを崩しそうになるが、何とか体勢を立て直し馬にしがみつく。
「お、お前は一体何者なんだ!」
隊長の言葉にゴールは走りながら頬を掻いて考える。
「何者、と言われてもな……うーむ、ただの警備隊長という答えしか思い浮かばない。すまんな」
おそらくこの答えは相手の求めるものではないとわかっていたため、ゴールは謝罪の言葉を後ろに付け加えた。
「はははっ、君すごいね。馬と同じ、いやそれ以上の速さで走るだなんて人間技じゃないよ! 僕はフラック、よろしくね」
そう言って笑ったのは副長だった。
「おう、よろしくな」
フラックは捜索隊長のお目付け役として上の命令で来ており、隊長が間違った方向へ進んだら指揮を変わるようにと言われていた。
「面白いね……隊長、彼はこちら側の要望に応えてくれているし、それに足る能力があると思われます。あまり邪険に扱わず任務に向かいませんか? せっかく協力してくれるのですから」
「は、はい。いや、うむその通りだ。俺もそうしようと思っていたところだ。ゴールと言ったな、馬を用意させたほうが良いか?」
手のひらを返したかのような対応にゴールは怪訝な表情になりながら、首を横に振った。
「いや、走ったほうが速い。それに今から用意しては時間がかかってしまうだろ」
「うっ、そうか。では、我々はこのまま馬で移動させてもらおう」
最初の偉そうな態度はなんだったのかと思わせるほど委縮した表情で、確認するかのように副長の顔色を窺いながらの発言だった。
「そうですね、彼がいいと言うならそれでいいのではないでしょうか。……君、がんばってついて来てくれよ?」
フラックの言葉はどこか挑戦的だったが、ゴールは一度首を傾げて頷くだけだった。
彼らが向かったのは街を出て西に進んだ森の更に奥にある洞窟だった。
以前からここはモンスターの住処になっていたため、その素材を狙う冒険者が立ち入ることがあった。しかし、最近ではモンスターが強くなってきており、依頼に出向いたまま帰ってこない者も増えてきているとのことだった。
元々この洞窟の調査は騎士団に依頼されており、彼らにとって怪しい場所の調査と同時に行えるため一石二鳥だった。
「馬を中に連れていくわけにはいかないから、ここらへんの木に繋いでいくぞ。おい、お前ら馬番をちゃんとやっておけよ!」
出発前に騎士のうち数人は馬番をやるよう指示されていたため、横柄な隊長の態度にも何も言わず黙々と作業をこなしていく。彼の部下たちは彼の扱いを心得ており、無駄な波風を立てないようにしていた。
「よし、中は私と副長、それからゴール、お前だ。あとはそうだな……お前とお前も行くぞ。残りは洞窟の外の哨戒任務にあたれ!」
隊長の指示により、洞窟に入るのは五名。馬番が二名。そして洞窟の外を調べるのが三名という振り分けになった。
「ならば、俺が先に入ろう」
ゴールは自分から名乗り出て洞窟内に向かう先陣を買って出た。
フラックはそれを見て、自ら危険な任務を請け負うことに感心していた。しかし隊長はというと、目立とうとしていると考え、ゴールのことを快く思っていなかった。
「お前がか? 手柄を独り占めしようというのではないだろうな?」
「……俺はどっちでも構わないんだが、誰か別の者が先に入るか?」
危険だといわれる場所に入るのだから単純に頑丈な自分が前に出ていけばいいとゴールは思っただけであり、他意がないため引き下がることにする。
「いや先行はゴールさん、あなたが行って下さい。いいですよね?」
フラックに言われては彼に対して強く出れない隊長は反論できず、唇ととがらせたまま渋々頷いていた。
「というわけで、頼んだよ」
ポンッと肩を叩かれたゴールは大きく頷いて、ためらうことなく一番に洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は灯りがいらないくらいに壁のところどころに光を放つ苔があった。
「ふむ、これなら迷わなそうだな」
ゴールは周囲を注視しながら進むが、特に罠はなく順調に奥に向かっていた。しかし、しばらく進んだところでゴールはぴたりと足を止める。
「どうした? 何かあるのかい?」
既にこの場の主導権はフラックが握っており、ゴールとのやりとりは彼が行っていた。
「この先の広場、かなりのモンスターがいるようだ……どうする?」
「決まっておるだろうが! モンスターなど殲滅すればよかろう!」
ゴールの質問への回答は隊長による怒鳴り声だった。洞窟に響いたその声は、この先のモンスターに自分たちの居場所を知らしめることになってしまった。
「行くか」
既に自分たちの居場所がばれてしまったことを理解したゴールは一言言うと剣を構え、颯爽とモンスターの中へと飛び出していった。フラックもそれに続くが、言い出しっぺの隊長はモンスターにおびえたのか陰に隠れながら、同行している騎士たちに突っ込めとひたすら指示するだけだった。
「やれやれ、ほんと嫌な上官のもとでの任務だよ」
ゴールに追従したフラックは軽口のように言うが、目の前のモンスターの多さに一筋の汗が頬を伝っていた。
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