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 あたしと同じように、奇妙丸を慈しみ育てた帰蝶は、元服した奇妙丸を見つめ、生母のような優しい眼差しで微笑み瞳を潤ませた。


(立派になられ、母は嬉しゅうございますよ)


「母上様、初陣で必ずや勝利を納めてみせまする」


 あたしは奇妙丸の元服を期に、織田軍に身を投じる決意を固めた。信長は異を唱えたが、光秀の動向を探り、本能寺の変を回避するためには、家臣の中に身を置き情報を収集するしかなかった。


「信忠殿の初陣には、俺も出陣します」


「ならぬ。紅は合戦に連れては行かぬ」


「殿!どうか、出陣させて下さい!」


「合戦は男の戦場、女の立ち入る場所ではない。吉乃のように、わしを残し、信忠を残し、先に逝くつもりか。そのようなことはさせぬ」


 信長の本心に触れ、さらに決意は強まる。


「俺は死んだりはしない。殿や信忠殿の楯となりたいのです」


 信長の側に仕え2人を生かすことが、未来からタイムスリップしたあたしの使命。それで歴史を変えてしまったとしても構わない。


「ならぬ、ならぬ!わしはそなたを死なせとうはないのだ。わしを困らせるな」


 いつも鋭い眼差しで、ピリピリしている信長が、その時ばかりは切ない眼差しであたしを見つめた。


 信長があたしを生かしたいと思えば思うほど、あたしもまた信長を生かしたいと強く願う。


 日本の歴史を変えず、2人を救う方法

 をあたしは模索し続けた。

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