帰るべき場所は
「皆さん、さがって下さい‼
あの、大きいのは、私が相手をします‼ 」
「母ちゃん‼ 」
「コーちゃん…………大丈夫。見てて、お母さん、すっごく強いんだからっ」
その言葉が聞こえない内、母は、背に虹色の光輪を浮かべ、空を走り、巨人に向かって行った。
そんな母に、私が掛けれた言葉は。
「負けるな、かあちゃああああああああん‼ 」
「行け、エゴイスト・キッズよ」
巨人の身体が開き、また人型のあれが姿を見せた。
「アリタカさん、説明しなくても、もう君の脳内に『タイヨウ』の機能はインプットされているね? 」
「ハイ‼ セセラギ博士‼ 『アレ』を使います」
「うん‼ よろしくってさ‼ 」
「アギト…………ガウェイン………サーーーークーーーール‼ 」
母の叫び声の後、母の周囲を、背にあった虹色の光輪が包み、大きな虹の球が出来上がった。
「‼ 」
そして、それに向かって行った人型のあれが驚き、動きを止めた。
「ふ、触れさせすら………しないのか………」
「勿論さ。大気中の原子を原料とし、ISによる増強が働いている、必殺の光線だよ。
あんな、中途半端な力では、彼女は止まらないよ‼ 」
セセラギ博士が、握った拳を振り上げながら、そう叫んでいた。
「……………‼
恐れ入った。いいだろう………そこまで滅びの道を進みたいならば………
エゴイストの真の力を見るがいい‼ 」
巨人が、羽根を広げると、ゆっくりと上昇する。
と、次の瞬間‼
「ドガアアア‼ 」
母を包んでいた大きな虹の球が、吹き飛ばされた。
「だ、大丈夫かい⁉ アリタカさん⁉ 」
一気に興奮を冷まし、セセラギ博士が慌てた様子で、叫ぶ。
「問題ありません。博士‼ 今の一撃の解析データを送ります‼ 」
「よしきた‼ 」
「セセラギ博士、私にも見せてくれ‼ 」
ゴトーさんが、セセラギ博士の背から覗き込む様に画面を見る。
私は………私は、母から目が離せなかった。
心配はあった。
だが。
だが、それ以上に。
あの悪鬼の様な、最悪なものに………
立ち向かっている母へ。
私は…………
私は……………
「アギト………アーーーーサーーーカノンッッ‼ 」
肩から、筒状の物が現れ、砲撃を放つ。
「なまっちょろいわ‼ 」
それを、避けるまでもなく、巨人は、母に突進する。
「アギト………キヨモリ………ブレイカーーーーーー‼ 」
今度は、空間から、巨大な斧を取り出し、巨人に放つ。
「効果など…………無いっ‼ 」
巨人が、払う様に、その斧を砕く。
「いい加減に、消えるがよい‼ 人物の文明の結晶にして、最後の希望よ‼ 」
「ガシイイイイ」
「くぅうっ‼ 」
「母ちゃん‼ 」
「アリタカさん‼ 」
母の左右から、巨人がその巨大な掌を押し付ける。
母は、両手で、必死に、それが閉じない様に抵抗していた。
「全、戦闘員よ‼ 彼女を救うのだ‼ 放てぇええええ‼ 」
ゴトーさんの掛け声に続き『アマテラス』部隊が、掌から光の砲撃を、巨人に放つ。
「はっはっはっ、その様な攻撃では、阻止出来ぬよ。
さあ‼
絶望の瞬間だ‼ 人物共よ‼ 恐れ、震え、恐怖するがいい‼ 」
「グシャアアアアアア」
「あっ‼ 」
「ふ、ふふふ。見たか。お前達の希望は、我々のエゴイストが、文字通り、潰してやったぞ………」
「かあ………ちゃん? 」
「…………そうだ………五頭君、先に言っていた君の愚問にまだ、答えていなかったな………丁度いい。教えてやろう。
何故、君達の『タイヨウ』が、我々の『エゴイスト』に敵わないか。
簡単な、最もシンプルな答だ。
それは、君達が存在を始めた期間と、我々が存在していた期間………
絶対的な、存在した『時間』の差だ。
文明、科学、技術、思想、知識。
その全てが、君達には、我々よりも圧倒的に足りないのだよ。
それは、恐ろしい程、はっきりとした事実だ。
君達には『可能性』すらなかったのだ。
我々が『決めた』その瞬間に、君達、人物の命運は、尽きていたのだよ」
「ぐぅうう」
「うそ…………母ちゃん? 」
歯軋りをするゴトーさん、そして狼狽える私。
だが、唯一人。
彼は、冷静に。
そして、淡々と、話し出した。
「確かに…………ね。
確かに、それは。
当然であり、必然な事だ。
時間。
それこそ、僕達『人物』も、手にしようと願い。
そして諦めたものだから。
認める。
僕らの
技術も
文明も
思想も
知識も
何も、君達『人類』の足元にも及ばないだろう。
…………
だけど………
だけどね?
この戦いは、そんなものよりも、もっと。
もっと違うものが、トリガーになっているんだ」
「……………違うもの………だと? 」
その言葉に、セセラギ博士は、不敵に笑った。
「そう。
それは、決意。
想いの力。
『この星に住む、誰かを守りたい』
『愛する人と、この先もずっと時間を追っていきたい』
そして………
『生きたい』
そういったものが、この雌雄を分けるんだ」
「……………
はは……………
フハハハハハハハハハハハ‼
何を言い出すかと思えば、まるで、思想家か、詩人の様な事を。
いいか‼
消滅する前に、その脳裏に刻み付けろ‼
想いの力など、何の役にも立たない‼ 」
「忘れっぽいんだね。遠い未来のご先祖様」
「…………なに? 」
「僕の…………『タイヨウ』は…………」
「その『想いの力』を『形』に変える………………‼ 」
「バギャアアアアアアアアアアアア‼ 」
轟音の異音。
場に居た者が、あっけからんと、その音の先を見つめる。
巨人………エゴイストも、それと全く同様の反応を示した。
そして、気付いた。
己の両手が、消滅していた事に………
「そう。
私達が、たとえ。
たとえ、貴方達に、創られ、そして生まれたのだとしても。
『想い』がある‼
『愛する人を想う気持ち』がある‼
『未来を望む、生きたい』という、意思がある‼
それを、奪うなんて‼
それも、命を与えた…………親が、子を殺すなんて…………
そんな事は…………絶対に、私が許さない‼ 」
母の背に、より一層大きい虹色の光輪が浮かび上がり、その中央に、金色の十字架が掛かった。
「お…………おおおおお…………」
その場に居た全員が、その神々しさと………
そして………
人物の未来を………
託した。
声援を…………
「いけえぇええぇえええええええええええ‼
かあちゃああああああああぁああぁあぁあぁん‼ 」
「馬鹿な………そんな、馬鹿なああああああああああぁぁあああ‼ 」
「ビックバン・咢砲‼ 」
母が、突き出した両掌から
美しい光沢を彩った、波の様な光線の衝撃波が。走る。
「………………そんな…………バカな…………
エゴイストが…………
人類の英知の結晶が…………
我々の類似…………我々が創り出した………我々の分身に………偽物に………」
身体を失った巨人の首が、ゆっくりと、枯れ葉の様に、宙を泳いだ。
やがて「ずうううううぅううううん」と、衝撃音と、砂煙を上げ、地に落ちると。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
と、その場。そして、繋がっていた交信電波から、次々とけたたましく叫び声が挙がった。
「セセラギ博士…………」
「ゴトー君………」
二人は、それ以上は何も言わず、しっかりと握手を交わしていた。
「母ちゃん‼
母ちゃん‼
かあちゃあああん‼ 」
両手を広げてくれていた、母の胸に。私は力いっぱい駆けて飛び込んだ。
「ガギン」
「痛て………」
『タイヨウ』の装甲に頭をぶつけ、私は思わず悶絶する。
「………ねぇ、コーちゃん。お母さん………どうだった? 」
もう、そんな事………返答なんて………決まりきっていた。
「すっごくかっこよかった‼ すっごくすっごく………かっこよかった‼ 」
母は。とても、とても、嬉しそうに………微笑んだ。
「お疲れ様。アリタカ戦闘員………この度は、本当に名誉勲章ものの活躍だったよ」
「同じ、隊員として、私も誇りに思います………アリタカさん………」
二人が近づくと、場に、本当に穏やかな空気が流れた。
終わった………悪夢が。
誰もが、それを確信し。安心の笑みを浮かべていた。
「…………まだだ…………」
その安息の時を打ち砕いたのは、母が打ち砕いた巨人の首だった。
「終わらない…………終わらせない」
しかし、セセラギ博士は、表情を変えずに、巨人に向きなおる。
「もう、終わりだよ。ご先祖様。
もう、貴方達の『エゴイスト』は動けない。いや、動けたとしても、彼女の意思が、何度でもそれを打ち破るだろう。
もう、この星の事は諦めて、別の星を……探すんだ…………」
しかし、そんな提言も。巨人の耳には届いていない。
「駄目だ。許されない。
我々。人類が。
神に最も近付きし生物が。滅ぶなど…………
許されない。
それも、自分達が生み出した生物に滅ぼされる等………
滅ぶなら…………お前達も………
この星も……‼
道連れだ‼ 」
その、心に針を打たれた様な叫びの後………灰色の空から………
轟音が鳴り響く。
「何の音だ………? 」
全員が、空を見上げる。
最初に、その音の意味に気付いたのは………セセラギ博士だった。
「なんと………いう事……………を…………」
灰色の雲を突き破って、その音の正体は、姿を見せた。
先の巨人など、訳の無い程の………大きさ。
空一面に映る………それは…………‼
「宇宙船を…………この星にぶつけて…………自爆させるつもりか‼ 」
すぐに、ゴトーさんが、巨人の首に近付き叫ぶ。
「今すぐ止めろ‼ こんな事をすれば、貴様らも、ただでは済まんぞ‼ 」
「…………もう、遅い。五頭軍治……お前達の愚かな勇気と、生命力と精神力が、我々をここまで追い詰めたのだ。
この星は………地球は…………我々のものだ。
別の生物が………支配するくらいなら……………壊れてしまえばいい………」
そう言い切ると、巨人の瞳の光が、ゆっくりと消えた。
「セセラギ博士‼ あれを止める術を言うんだ‼ すぐに、あれの衝突を阻止するんだ‼ 」
だが、ゴトーさんのその叫びに、彼は答えない。
「セセラギ博士‼ 」
白衣の襟元が「ビリ」っと鈍い音をあげた。
しかし、セセラギ博士は、瞳を落したまま………呟いた。
「無理だ。ゴトー君。あれは………無理だ…………
『タイヨウ』の力が、例え青天井だとしても。
あの質量の物を全て、星の引力に逆らって、圧し戻すなんて………
不可能なんだ。
必ず、どこかの部位が、この星に接触する。
すれば。その衝撃は、この星の核にまで、届くだろう。
そうなってしまえば、この星は大爆発を起こし、消えてしまうんだ」
ゴトーさんが、震える手で、セセラギ博士の襟を締め続ける。
「コーちゃん………」
母が、私を抱き寄せる。
「母ちゃん…………怖い………」
「大丈夫よ。今度はお母さんが一緒。もう、コーちゃんからは離れないわ」
「…………母ちゃん…………」
ゆっくりと、破滅の時間が過ぎていった。
場に居た者は、皆。
奇跡的な生還と勝利から、叩き落とされた絶望で。
笑う者もいた。
泣き叫ぶ者もいた。
私は…………
私は、恐怖も抱いていたが………
それよりも、喜びを感じていた。
母の…………
あんなに、追い求めていた母の胸の中で終われるのだ。
これは、きっと幸せであったに違いない。
「ねぇ、母ちゃん」
私の囁きに………母が、不思議そうに覗き込む。
「なあに? コーちゃん? 」
その言葉は………
何も考えず………
何も思わず………
口を突いた………一言だった。
「母ちゃんのご飯、食べたかったなぁ…………」
私は、後悔した。
その言葉を聞いた母の顔が…………
「……………わかった。コーちゃん…………」
母が、私を引き離すと、ゆっくりと立ち上がった。
「ち、違う…………母ちゃん………違う…………」
折角、母の胸で終われる筈だったのに。
倖せを感じながら、逝ける筈だったのに………
私の一言は………
母を死地へと追いやるものへとなってしまった。
「母ちゃん‼ 」
「ゴトー隊長‼ 」
母の叫びに従って、ゴトーさんが、私の身体を止めた。
「コージロー君‼ 」
「離せ‼ 離せ‼ 母ちゃんが。母ちゃんが‼ 」
「もう一度だけ信じるんだ‼ 君のお母さんを‼ 」
母が、皆から離れた場所で、宙の宇宙船を見上げている。
一体、あれを見て、母は何を思ったのか。
そして、宇宙船から見て、母は、何に見えるのか。
人が細胞を肉眼で見れないと同じ様に、星程の大きさの物から、すれば人など正にその程度の物なのかもしれない。
やがて、母が両手を宙に向けて構える。
「バキイイイイィィィ」
『タイヨウ』の至る所のファンが開き、母の手に、光線が集まっていく。
「彼女に…………委ねるしかないね………この星と………僕達の……命運を……」
「咢砲‼‼ 」
彼女の両手から、凄まじい轟音と共に、光の柱が発射された。
「うわああああああああ‼ 」
それが、宇宙船と接触した瞬間。辺りに、とてつもない爆風と、砂嵐が巻き起こった。
「う……………ぐううううううううううう‼ 」
母の悲鳴が聞こえ、慌ててその方向を見た。
「あ………ああああ…………」
それは、絶望的な光景だった。
母の発射した光線は、間違いなく、先の巨人を討ち去ったものよりも大きなものであった。
だが。
相手も、また巨人の比ではない。
例えるなら。
鉛筆で、ビルを支えている様なものだ。
到底不可能な現実が。光景となって私に押し寄せた。
「ん……………………………………ぐ………………………………ぐ…………………………………………ぎぎぎぎぎぎぎ…………………………………………………………………こ、こなくそおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼ 」
母の気合は、もう周囲には聞こえなかった。
「あ…………ああ……………」
宇宙船が、少しずつ大きくなってくる。
終焉の時が近づいてくる。
涙で滲む目の前に。
怒って、拳骨を振り上げる母の顔が浮かんだ。
笑い、料理をする母の顔が浮かんだ。
泣く母の顔が浮かんだ。
喜ぶ母の顔が浮かんだ。
私を…………
私を、愛おしそうに……撫でる母の顔が………浮かんだ。
「負けるなああああ‼ かあああああちゃあああああああん‼ 」
「カッ」
「ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「うわああああああああああああああああ‼ 」
目を潰す様な真っ白な閃光と…………耳を壊す轟音で、私の意識は飛びかけた。
やがて、目が、眩い白の世界から帰還を果たす。
耳は…………戻らない。
以前、母が言っていた事を思い出した。
大きな音を聴くと、暫く耳が聞こえなくなるという………父と、母の出逢いのあの話。
だが、音は無くとも充分だった。
その私の目の前には。
灰色の雲が消え去り
青空が浮かんでいた。
それを照らす、陽が差し込んでいた。
そして……………
「~~~~ちゃ~~~~~~」
私の声にならない、声を、聴こえていたのか。
目の前の一人の人影が、眠たそうな眼で、こちらに向きなおる。
私は、その人の胸に飛び込んだ。
再度、頭をぶつけだが、最早、そんな事はどうでも良い。
私は、泣いた。
その人の胸で泣いた。
彼女は、微笑んだ。
彼女は………約束を果たしたのだ。
『もう一度、母ちゃんの料理食べたいな』
子から、母への。何気ないその願いを。
私は泣いた。
泣いた。
そんな時、母は、私の髪を撫でた。
でも。
でも、もうその腕は無い。
両の肩口から、バチバチとショートした機械が覗き、必死で彼女の止血を行っていた。
「母ちゃん」
ようやっと戻った私の耳に、他人の様な自分の声が聞こえた。
「コーちゃん。一緒にお家に帰ろうね」
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