臆病者のお父さん

 「ハッピーバースデー! コーちゃん‼

 ………………なんか違うな? 」


 母が、一人で飾り付けた家の中で、何度もそのフレーズを叫び、私を喜ばせようと練習をしていた。


 何故、私がそれを知っていたかというと………

 実は、窓から、その様子を見ていたからだ。


 ――やっぱりか。


 小さな私は溜息をついて、背を向けた。両手には学校でもらった要りもしない、寄せ書きやら折り紙のプレゼント。全て学校行事の誕生日会でもらったものだ。

 あの日以来、私は、今日という日まで、なるべく母との接触を避けて来ていた。



 気まずかったのだ。

 何より、母があの後も普段と変わらず、私に接してくるのが。


 とても辛かったのかもしれない。

 ――どうしたものか………

 そう悩んでいた私の足元に、トカゲがちょろちょろと這った。


 「んぎゃあああ‼ 」

 思わず、持っていた物を全て投げて、私は壁に背を付けた。


 どうにも、トカゲ。というものが私は今も、苦手でね。爬虫類なんてペット以外は、ほとんど絶滅したのに、何でこれだけは野生でも生きているのかね?



 それが、遠くにカサカサと逃げていくのを確認して、子どもの私は、深く安堵の溜息を吐いた。


 「おかえり。コーちゃん。」

 「‼ 」


 物を拾う手を止めて、ゆっくりと振り返ると。

 窓から、母がこちらに微笑んでいた。




 「はいっ‼ ッコーちゃん、8歳の誕生日っ、おめでとーーーーー‼ 」

 母は、そう言うと、もたもたと小型コンピュータに命令を打ち込み、立体水蒸気映像で、部屋中に花火を上げた。


 「……………どうすんだよ。この唐揚げとかの大量の揚げ物………」


 目の前には、もう一般家庭では滅多に見られない、

 唐揚げ、エビフライ、ハンバーグ………


 「母さん、腕によりをかけたからねーしっかり、食べてよー」

 そう言うと、その小さな身体が浮かび上がりそうな程、手をぶんぶんと回していた。

 「ゴン」

 そんな事をしてるもんだから、思いっきりテーブルに手をぶつけた。



 「お、おいしい? 」

 真っ青に右手の甲を染めながら、母は震える笑顔でそう尋ねてきた。

 「う…………うん………そ、その手、医療ロボに診てもらったら? 」


 私のその言葉に、嬉しそうに笑うと、その手で髪を、母は撫でてきた。


 「コーちゃんの顔はね? お母さんにそっくりだけど。

 声と髪の毛の柔らかさは……お父さんによく似てるわぁ………」

 そう言うと、ずーっと髪の毛を撫でている。


 その手を払ってやろうかと思ったけど、痛々しく青痣を浮かべるその手に免じて、大人しくしていたね。そのかわり、私は、前から聞きたかった事を尋ねる事にした。


 「ねぇ、母ちゃん………父ちゃんって、どんな男だったの? 」

 母の撫でていた手が止まる。


 恐る恐るだが。私も前髪越しに母の目を見た。

 その表情は、とても穏やかだった。


 「お父さんと出会ったのはねぇ。お母さんが、丁度高校を卒業した頃だったわ。あの頃はフライングボートで、皆移動してたんだけど、お母さん、ああいった乗り物、すっごく苦手だったの。だから、徒歩で町を歩いていたのね。」

 「うん、だろうね。」


 「…………それでね。あの日、丁度宇宙外生命体が、この島国にも近づいていて……町には警察や、自衛隊員の人が警備してたの。」


 母は、思い出す様に瞳を瞑った。


 「一瞬だったわ。 海の向こうが光ったと思ったらね。物凄い爆風と、轟音が辺りを包んだの。まさかとは思っていたけど、この国も攻撃されたんだ。って、すぐに理解したわ。そして、自分はそれで死んでしまったのかと思ったの。」


 「どうして? 」

 「その大きな音でね? 耳が暫く聴こえなくなっていたの。ビックリしたわ。

 人物って、あまりにも大きな音を聴くとね?

  耳がキーーンってなって、何も聴こえなくなるのよ。」

 

 「そこで、父ちゃんに助けてもらったの? 」

 母は、瞳を閉じたまま、少し笑って首を横に振った。


 「ううん。でも、その時お父さんに出逢ったのは、確かよ。

 ようやっと、自分が生きている事に気付いたお母さんは、顔を挙げて驚いたわ。

 町が滅茶苦茶になっていたの。

 建物の瓦礫が、人の上に落ちて、潰れてしまっているのも見たわ。

 正直、気が狂いそうだった。

 その時、私の横で頭を抱えて、お尻を突き出して、震えている自衛隊員さんが、居てね?


 それが、お父さん。」


 その母の言葉に「えっ‼ 」と驚いたのを憶えている。勝手ながら、父親の想像図とかなり違ったからだ。この時の私の父の想像図は、本当にチャラい感じの軽薄そうなお兄ちゃんか、怪しいオジサンで、母は、騙されたのだと前述の通り思っていたからだ。


 「お母さん、何とか耳が治ってきて、お父さんに近付くと、必死で頼んだわ。『助けて下さい、隊員さん』って。でも、お父さんたら、ガタガタ震えて『ひぃ~~~』って脅えてるだけなの。だから、流石にお母さんも必死になって、無理矢理お父さんの顔を起こしあげたの。『しっかりしてよ』ってね。」


 母は、少し笑うと「お母さんも必死だったのよね~」と呑気に続けていた。


 「だって、お母さんでは、その時どう動いたらいいのか。周囲で苦しんでいる人達を助けようにも、助け方自体が解らなかった、知らなかったの。そしたらね、お父さんたら、私を突きのけて、逃げちゃったのよ。」


 「逃げたの⁈ 」私は、思わず、フォークに刺していたエビフライを落した。


 「そう。すぐそこの角で、見つけたんだけどね。ビックリしたわ。立ち上がると、すごく大きかったんだもん。お母さん、突き飛ばされてすっごい吹っ飛ばされたんだから! 『痛いじゃないの‼ 』って、文句言ってやったのよ。」

 そこで、母は、悲しそうに目を伏せた。


 「それで…………父ちゃんは、どうしたの? 」


 母は、少し話すのを迷った様に、最初の言葉を濁らせてから話し出した。


 「子どもみたいに、泣き出したの。あんまりにも、悲しそうに泣くから、お母さん、唖然として、泣き止むまで、何もしなかった。

 泣き止む頃。お父さんが話し出したの。


 『自分は、皆と、同じ様に平和にのびのびと、生活したかった。だのに、男に産まれたせいで、仕事は物騒なものにしか就けず。そして、宇宙外生命体が攻めてきた時は、命を捨てて戦う様に、国から前もって言いつけられていた。』って。」


 母は、こちらに目を向けず、どこか遠くを見る様な表情を浮かべて、話を続けた。


 「そうなのよね~

 丁度、お母さんが学生位の頃から、男の人が少なくなっていたの。それまで男の人がしていた仕事とかは、殆ど機械が代用されていたし、お母さんも、海外で先行されていた『女性遺伝子性染色体単立着床』で産まれたから『お父さん』の存在も知らなかった。だから、男の人は、そうやって国の為に働く事が、彼らの存在意義だと。マスコミ動画とかで、勝手にそう思い込まされてた。

 でも、彼らもお母さん達と同じ『人物』なんだって。

 恥ずかしいけど、その時。初めてお母さん、気付いたの。」


 「父ちゃんは、男の人だったのに、国の為に戦うのが嫌だったの?

 …………………それで………その後二人は、どうなったの? 」

 

 そう、私が問うと。


 「この続きは、コーちゃんに彼女が出来るくらい大人になったら、また教えてあげる。」

 と言って、冷めた唐揚げを温め直しに、キッチンに持って行ってしまった。









※※※※



 「う……………ううう………い、嫌だ………

 あんなものに、立ち向かって………勝てる訳が無いんだ…………

 も、もうおしまいだぁああぁ…………女の子と、付き合っても……

 キッスもした事が無いのに…………

 し、死にたくない…………あ、あああ………」


 「……………貴方のお父さんと、お母さんは………?

 その事を言ったら、いいじゃない。

 徴兵は、確か本人の意思と、付加の税金で、免除されるでしょ? 」


 「ぼ………僕は…………

 産まれた時から、国の自衛隊基地の『ポスト』に落とされた。

 だから、両親なんて知らない、物心ついた時から、傍に居たのは、

 厳しく訓練を強いてくる教官達だった。

 だから、知らない。

 人の温もりも。愛情も。

 だから、憧れていた。欲しかった。家族が。恋人が。

 やっと…………

 やっと、結婚許可が国から降りる税金を、納めれそうだったのに…………

 もう、お終いだ………」


 「………ねぇ…………そんなに泣かないでよ。私で出来る事なら………

 何でも手伝うから…………だから………だから、もう泣かないで。」


 「………………く、口だけの同情なんて、ごめんだぁ…………

 も、もう、僕の事は放っておいて…………‼ 」


 「私も、子どもの頃ね。怖い夢を見て、泣いてた時、お母さんにこうやってもらったら、落ち着いたわ。こうやって、ぎゅって、してもらって。泣き止むまでこうやって、髪を撫でてもらったっけ…………やだ。何か、私まで悲しくなってきた。」


 「どうして……………

 どうして、初対面の君が僕に、こんなにしてくれるんだ…………」





 「…………わかんないよ。でも………………なんでだろう? 」

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