#羽村リョウジの1日-a day-(3/3)

【12:47 PM】


「来たぞ」

 真っ暗闇の、廃棄される寸前の商店街。シャッターが下りまくっていて、人通りなど皆無。

 商店街、西通り。いつ訪れてもここだけ暗黒街みたいに森閑としている。

 こんなに静かなものだから、誰かさんの足音だって遠くまで響く。

「へぇ――そっか、正面対決かあ。てっきり、羽村くん相手じゃ隠れんぼになると思ってたのに……」

 さらりと揺れる赤髪の、風が吹けば飛ばされてしまいそうな華奢な少女。その非力な容姿が戦闘力とまったく比例しないことを俺は知っている。

 それにしても隠れんぼ。さすが、長年連れ添った相方は俺の思考をよく分かっていらっしゃる。

 ――相方、そして未来的日記所有者2nd・高瀬アユミがそこにいた。

「うーん、困ったな。どうしようかな……」

 難しい顔して迷ってる。さすが、心優しい相方は美空なんかとは違う。

「そりゃ迷うわな。ま、本当言うと俺も同じさ――けど」

 ちらりと周囲を見回すが、双子がいない。いないけどどっかから監視してるんだろう。

「だ、ね――」

 すぅとアユミがファイティングポーズらしきポーズを取る。それだけで少女が狩人になる。

「うん。たしかにこんなの、意味のないゲームだけど」

「ああ」

 アユミはくすりと、冗談を言うように笑った。

「――――たまには、何かを賭けて真剣に戦うのもいいかもね。」

 爆裂するように吹き上がる砂埃、駆け込んできたアユミが右拳を振るったのだ。

 地面を穿ち、大地を激震させた重い重い一撃。そんな破滅を呼ぶ細腕をくぐってこちらは、そこそこ余裕を持って間合いの外へ逃れていた。腰の後ろの短刀に手を伸ばしながら問う。

「……真剣?」

「うん、真剣」

「そうかい」

 こちらも短刀を抜いた。まぁ、相方が真剣と言うのだから、せいぜい足掻いてみるとしよう。

 腕を突き出して愛刀・落葉を構えながら本音を漏らす。

「――――ま。勝てたためしはないけどな」

「そんなの、やってみないと分からないよ――っ!」

 ――またしても粉塵が舞い上がり、西通りが激震。俺は背中に礫を浴びながら吹き飛ばされるように間合いから転がり出るのだった。

「へぇ、はァ――ったく。無能力ってのは本当につらいねぇ」

 爆心地に立ち、こちらに流し目を向けてくる赤髪の少女。本当、普段は穏やかなのにこうして見てるとZ戦士だ。

 あいつが素手なのは、拳打に専念しているからである。拳打で十分なのだ。俺は絶対にアユミと近接戦で切り結ぼうとは思わない。

「相性がねぇ……最悪としか言いようがないねぇ……」

 おそらく、俺がアユミに勝てない理由のひとつだろう。お互いほぼ近接専門であるにも関わらず、アユミには一方的な近接潰しがある。すなわちアユミ持ち前の、原理不明の“怪力”っていうアビリティだ。

 あんなのと直接打ち合うなんて自殺に等しい。掴まれようもんなら即・ジエンド、アユミさえその気になれば掠めただけで骨折なんて言うに及ばず、よって俺は逃げるしかない。

「ふふっ。そんなの、今に始まったことじゃないけどね」

「ああ、ごもっともで。」

「!」

 俺はナイフを振るうように左腕で大気を薙いだ。するとあら不思議、アユミの頭上にあった看板の支えが外れて事故のように降ってくる。

 ――轟音。羽村リョウジお得意の小細工、『糸繰り』なのであった。

「おー」

 なかなかに破滅的な威力だったが、どうなったろう。確認してる時間が勿体ないので逃げるけど。

 ちなみにいつか見た先生のパクリだ。決して俺のオリジナルじゃあない。

 さて、走りながら携帯電話を確認。

「ん――ちぃ、無傷どころか完全にノーダメージかよ」

【12:51 PM アユミ、ノーダメージで追ってくる】

【12:51 PM 頭上に双子を発見。】

 無論、ケガなんかされても逆に困るけど。さて、やはり無能は、当初相方が予測した通りに隠れんぼをやろうと思う。どのみち読まれてるんだから意味は薄いが。

「……おう、いたいた」

 確かに頭上、天板に空いた大穴から双子が覗いていた。腹を抱えて笑ってやがる。どうにかしないとな。

「にしても隠れんぼねぇ」

 暗闇を駆けながら気付いたが、案外遮蔽物は少ない。それというのもシャッターが降りまくってるせいだ。無論、そうそう開いてる店なんかあったらおちおち戦闘なんてやってられないが、こうも閉店だらけだと両側が壁みたいなもんだ。

 隠れるとしたらせいぜい、壁から突き出た看板を利用するしかない。どう見たって隠れんぼどころか弾除けにしかならないが、そこは暗闇効果に期待しよう。

「――さて。あ、やっぱりな」

 ここで足を止め、もう一度携帯電話を確認してみたのだが。


【12:52 PM お好み焼き屋の看板に身を隠すも見透かされる。DEAD END】


 そりゃそうだろう、美空の時は力技で乗り切ったとはいえ、日記所有者同士では奇襲の効果を期待できない。

 効果があるとすれば、よほどの奇策か、もしくは――

「…………されど一手のもとに伏す対処速度の壁、ってな。」

 予知できていても回避できないような未来を再現するか、だ。

 どうする? 相手も同じ未来予知日記を所有している、ってのは実に厄介だ。しかしどこかに穴があるだろう。ないと困る。

「可愛いもので釣る……食べ物で釣る……あるいは脅す……」

 まるで真っ当なアイデアが浮かびやしない。『最後の決め手』だけなら朧気にアイデアが浮かんでいるのだが、そこに至るまでの過程が埋まらない。

「はぁ……我ながら発想が貧困だ。」

 どうする? どうする?

「…………………」

 俺の中にアイデアの種が芽吹いた瞬間、携帯電話がノイズを発した。実に。実に我ながら、単純明快というか単細胞だが――

「……おい。イケるのか、これ……?」

 

【12:53 PM 未来はひとつしかないことに気が付いた】



【12:56 PM】


 周囲を警戒しながら、アユミが暗黒の商店街をこっちへ歩いてくる。

 人通りどころかネズミ一匹いやしない。声を発すものなどいないから、遠く感じる街の音以外何も聞こえない。

 ――――張り詰めた、冬の戦場みたいな空気が耳朶を突く。

 どんな音よりも人間を緊張させるのは静寂だ――なんてのは、言い過ぎだろうか?

 物陰に息を潜め、遠く固唾を飲んで見守る。

 アユミの足取りは淀みない。迷いなく、容赦なく、早くもなく遅くもない。ただ着実にこっちへとやってくる。

(…………看守か、監視員かな)

 見慣れた少女の佇まいにそんなものを連想した。ならばこちらは囚人だ。せいぜい知恵を絞って脱走といこう。


 ――――ふたつの、アイデアがあった。


 ひとつめはやはり、対処速度の壁。

 未来予知能力――先んじてこれから起こる出来事を見てきたように知る能力。一見隙のない完全無欠に思えるがそうではない。

 『未来を予知するのは、あくまでも生身の人間である』ということ。

 例えば道を歩いている時に真正面から、脱線した電車が横薙ぎに突っ込んでくると理解していても避けれるわけではない。壁のように視界を覆う列車の鉄、右に逃げても左に逃げても確定済みの死。

 ・・ ・・・・

 避け、きれない。

 人間の対処には限界があるのだ。例え前もって危機的な未来を察知できたとしても、対処するのは結局は生身の人間――速度限界があればミスもある。パニックでも起こそうものなら的確な対応など期待できない。

 このケースに当てはめる場合、アユミと俺はどうだろう。

 当然、俺がアユミの対処速度を振り切ることになる。具体的に言えば格闘戦で圧倒する、次々とトラップの雨を降らせて未来予知していても避けれないほどに物量攻めをカマすというのがある。

 後者は用意が足りない。この短時間で大量のトラップを用意するなど不可能。

 前者の格闘戦に関しては、こちらには奥の手の7連撃があるが致死技、運が良くても負傷確定のため却下。アユミに血を流させたら切腹ものだ。反動もある。

 そのひとつ下の6連撃では無理だろう。考案者は他でもないアユミだった。

 その他、格闘戦による圧倒・アユミの対処速度を振り切る方法って考えた時、それは要するにいつも通りの組手そのものだと気付いた。

 全戦全敗。よってこちらのアイデアは却下。

 必然的にもう一方のアイデアを採用することになるのだが――

「……………………」

 仕掛けた糸を握り締めながら思う。こっちはこっちでやはり、穴があるんじゃないだろうか。運良くその落とし穴をスルーできる可能性はいくらくらいだろう。期待はしない。

 せいぜい、アユミの日記が低性能であることにでも期待しよう。

 ――――いくぞ。

「!」

 俺が糸を引くより早く、アユミの日記が書き換わる。間合いまであと2歩のところだった。歯噛みせずにはいられない。

「……なるほど、トラップだね」

 文字通り読まれた。やはりダメだったか――このまま放っておいても踏み込まれるだけだと決断、俺は2歩分早いトラップを発動させる。

「お好み焼き屋の、看板っ!」

 アユミが横に跳ね、その足元に墜落する赤い看板。風のような動作で当然のように躱された。

 俺の手元には3本の糸があった。そのうち1本を引いたのだ。残り2本。

「次は、真上! 名所案内の看板――!」

 たんっと身軽に後方退避、またしても軽く躱された。この時点で俺は作戦失敗を悟る。ダメ元で最後の糸を引いた。

「読めてるよ……」

 アユミの背後から振り子の要領で襲いかかった重量級の看板は、あっさりと腕1本で受け止められた。

 これにて品切れ――しかし、アユミに後ろを向かせることは出来たのでよしとしよう。

 あとはもう、悩んでも迷っても仕方がない。この機を逃すまいと俺は犬のように物陰から飛び出した。

「うおおおおあああああああ――ッ!」

「っ……羽村くん、本当に……!?」

 ああ、本当に本当。未来は書き変わらない。おそらくアユミの日記には、こんな文章が書かれていたはずだ。


【13:01 PM 短刀を捨てた羽村が、素手で正面特攻】


「く……っ!」

 アユミからすれば有り得ない選択だろう。だからこそのこの奇襲、振り返る一歩というタイムラグもまたアユミから余裕を奪う。

 苦しそうな視線が近い。それでもさすがアユミ、受身にならずしっかりと拳を握って駆け込んでくる。

 もう、間合いは数歩もない。ことこの期に及んで、なんと攻勢に移るのはアユミのほうが早かった。

「当たったら、痛いよ――ッ!」

 轟――

 加減されてなお、豪風じみてる。大気を捩じ切りながら突き出された拳が早かったのは、アユミがその脚力によって最後の一歩を詰めたからだ。

 迷いなく突き出される拳――それを、俺は。

「!?」

「らぁああッ!」

 躱さない。防御もしない。アユミの期待通り受身に回ることだけは決してしない。

 それよりも、何よりも俺は一心不乱にたった一打の蹴りを繰り出す――!


 がン ッ


「ぅぎ――」

 世界の割れる、音が聞こえた。

 顎を銃弾によってふっ飛ばされた俺は、重力を受けた頭蓋骨に引っ張られるように吹っ飛ばされる。そのくらいの一撃だった。オモチャみたいに地面をすべって動けなくなる。

 立ち上がろうとして、毒が回ってるみたいに視界が定まらないことに気付いた。

 脳震盪だ。

「う……あ、くそ……ッ!」

 顔を押さえるが、ダメだ。これはしばらくは立ち上がれない。

 対して、アユミの方はといえば――

「…………やば。そう来たんだ……」

 難しい顔して悩ましそうにしてるんだろう――見なくても、声だけで分かる。

 俺はあの一瞬、アユミの拳をもろに受けながら交差法的に蹴りを繰り出したのだ。

 身に浴びるダメージも構わず俺が蹴ったのは当然、


 ――――アユミの、ポケットの中の携帯電話だった。


「……そっか。確かに、日記所有者同士の戦いの基本は、戦闘で相手を屈服させること。そのあとに屈服した相手から携帯を奪って破壊すること。このセオリーを無視したんだ」

 そう、俺が狙ったのは、戦闘に勝つより早く隙を穿ってケータイぶっ壊して相手を強制退場させてしまうこと。戦闘で相手を打倒するよりはよほど簡単なはずだ。

 そして、狙いはうまくいっていたはずなのだが――

「惜しかったね。さすがに、キック一発で正確に携帯電話を蹴り壊すなんて難しいよ。ましてや戦闘中なんだし、羽村くんに怪力があるわけでもなし、止まってる標的よりも十倍も難しい」

「ああ…………だろうな」

 アユミが取り出してみせた携帯電話は、故障してさえいない。俺の蹴りは当たったんだろうか、外れたんだろうか。頭を殴られながらポケットの中身を蹴ったんだ、分かるはずもない。

 そろそろ脳震盪がほぐれてきた。まだくらくらするが、大丈夫だろう。

「さて――」

「え?」

 俺の作戦はオール失敗。まぁ、無能にしては頑張ったほうなんじゃねーの? 思い残すことは何もない。

 俺は立ち上がり、長年連れ添ってきた自分の携帯電話を見下ろした。

「…………羽村くん?」

 いろいろなことがあった。――本当に、いろいろ。

 いままで打ったメールが脳裏をよぎる。いままで電話で交わした言葉が木霊する。

 たくさんのやりとりを繋ぎながら、少しずつ少しずつ傷だらけになって、そして古びていった俺のケータイ。

 目を閉じ、そんな思い出たちに、別れを告げる覚悟を決めた。

「――もういいだろ」

「え」

 またしても俺は、美空の時と同じ逆パカの構えに入った。

 くだらない。本当にくだらない。

「こんなもんのために争うなよ――ああ、携帯電話なんておもちゃだ。現代人はこんなものに傾倒しすぎなんだ」

「は、羽村くん!? 何やって――!」

 知らない。だんだんと力を込めていけば、面白いようにみしぎし鳴った。悲鳴を上げている。携帯電話が、たくさんの絆が、俺の思い出の記憶媒介が。

 否。


「――――――よく見ろ。こんなもん、ネジで止めたただのオモチャだ」


 ばつん、と引き千切るような音を立てて終わった。いや実際に引き千切ったのだ。画面部分とキー部分の間に通っていた、いくつものケーブルを。

 アユミは目を見開き、愕然と俺を見ていた。

「は、羽村くん、どうして……?」

「もうやめようぜ。俺、このゲーム飽きちまった」

 投げやりに座り込んで、ここまでの対戦を思い返した。ろくなもんじゃねぇ。たかが携帯電話のために、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけない。順序が逆ってもんだろう。

 なんで俺が、たかががらくたごときのために、相方と決めた少女と雌雄を争わねばならんのだ。

「んじゃま、そういうことで――優勝おめでとうアユミ。なんか特典とかあるのか」

「にゅっふっふっふ」

「むっふっふっふ」

 ――おぉ、出た出た。のこのこ降りてきやがった。たじろぐアユミを押しのけて、俺の前に立つ双子霊。

 なんだ? 含み笑いはそのうちに、激しい爆笑へと変わっていった。

「あーっはっはっは! あほめ、あほ! あっはっはっっはっは!」

「ひーっひっひっひっひひひひぃ! あほめ、あほう! おめー終わりなのです! ついにやってやったなのです!」

「…………あぁ?」

 話が読み取れん、腹抱えて笑ってやがる。人差し指向けんな。

「おい、何がそんなにおかしい」

 2つに分離した携帯を握りしめて問えば、双子の笑声は油を注いだようにいっそう強まった。

 双子霊は錆びた西通りに声を響かせ、壊れたようにひとしきり笑い続けた。

「ふふん。はむら、このげーむはおまえをおとしいれるためのものだった」

「このゲームは、おまえの敗北にむかってすすんでいたなのです」

「何……?」

「ほかのやつらはゴミ捨て場いき」

「はむら以外は生ゴミまみれ、でも――」

 双子は、踊るようにまったく鏡合わせそのままみたいな身振り手振り付きで、俺に宣告した。

「おまえだけは、」

「ちょくせつ焼却炉いき、なのです――ぅ!」

 死刑宣告だった。

「……は?」

 DEAD END

 目の前が、火炎地獄に染まった気がした。きっともう間もなく真っ二つのケータイから呪いの渦が噴出し、俺を燃え盛る焼却炉へと連れ去るのだろう。

 おい。

「さぁ、」

「さぁさぁさぁさぁ――!」

「な……羽村くんっ!」

 ワルの顔で「ぐふふふふ」と迫ってくる双子、つくづく悪霊どもである。火葬すんのはご遺体だけにして欲しい。

「さあおびえのたうちまわれ!」

「ひれふせむのー! 藍と碧にいのちごいして、おやつにけーきでも買ってこいなのです!」

 花より団子ならぬたまより団子、さらに団子がなければケーキを食べればいいじゃない状態だった。

「こんのクソボケ双子……!」

 俺は拳を握って打ち震え、2秒でどうでもよくなった。

「…………ま、いいけど。」

「ふん、あきらめたかむのー!」

「あほめ、死ぬときまであきらめがいいなのです! かんねんして遺骨になれなのです!」

 慌てる理由がない。残念ながらいまこの瞬間も、実は俺にデッドエンドフラグなんてぇまったく立っていないのであった。

 トントン、と背後から藍の肩を叩く者がいる。

「にゅ?」

「む?」

 振り返れば金属バットだった。双子より少し背の高い、金髪ピンクパーカーの団長さん。

「……話は聞かせてもらったよ。まったく、優奈ちゃんがいないと思ったら…」

「なんっ!? お、おまえはいつぞやのばかむすめ!?」

「ばかむすめがなんの用なのです! おとといきやがれなのです!」

 いつになく不機嫌そうな顔した、吉岡雛子嬢だった。

 ずんと一歩踏み込んだ野球少女に双子が逃げ出そうとするが、しかし。

「…………通行止め……」

「みゅ!?」

「むむむ! お、おめーはいつぞやの音楽娘なのですぅっ!?」

 にへらと暗黒微笑する仄暗系、西條香澄が待ち構えていた。その背後、植物のように地面から生え出す50本の腕畑、いつ見てもホラー。

 前後。

「ちぃ、かこまれた――!」

「はさみうちとはひきょーなのですっ! おまえらこんじょー腐ってやがるなのです!」

「うっさい! あんたたち、優奈ちゃんをどこへやったのさ!?」

 双子が応えるはずもないので、大人気ない羽兄はここぞとばかりにチクるのだった。

「ゴミ捨て場だとさ」

「むっきぃぃぃいいいいい! あ、あたしたちの白天使をことわりもなく不法投棄!?」

「……バナナの皮をのっけた優奈…………需要、不明……」

 コドモ団が一斉に敵意を強める。いいぞもっとやれ。

 まぁ優奈を探してたらしいこいつらと鉢合わせたのは偶然だが、怪しさ満開・捜索対象筆頭の西通りなので特に不思議でもない。

 問題は俺自身である。そろそろ、双子もまるで変化のない俺に気付くのだっった。

「く――な、なんかおかしいぞ! どうなってるこのむのー!」

「ん。何がだよ」

「おまえなのです! あほのケータイがそろそろ呪いをふんしゅつするはずなのです! おめーいつまでそこに存在していやがるなのですかッ!?」

「ああそれな……」

 ごそごそ、と俺はポケット漁って、画面を見せつけるように“それ”を取り出すのだった。

 無論、未来的日記である。

 アユミちゃんも驚き、ノイズが鳴って未来が書き換わった。

「――『13:03 PM、俺が壊したのは現行機ではなく、前に使ってた古い方のケータイだったことを種明かしする』。……ったく、気に入ってたんだぜアレ、もう数年前の話だけどな」

 俺の左手の中にある残骸は無骨でゴツゴツした、シルバーのラインが入った黒携帯だった。テレビ機能すらついていない旧式、こいつを壊してみせた。そして右手で突き出してるこっちの未来的日記こそが、いまの俺の正しい相棒ってわけ。

 現行機はこの通り無傷――こうして、まんまと双子の隙を突くのであった。

「ぐぬぬ」

「うぬぬ」

 たんたんと金属バットを肩で鳴らす雛子、いっそう暗く迫る香澄、包囲網を狭める腕たちに短刀抜いて歩み出る俺、アユミ。

「右から行くぞ」

「おっけー、じゃわたしが左からね」

 簡潔な打ち合わせを済ませて特攻、縁条市狩人新人コンビが左右から孤を描いて襲いかかっていく。続いて押し寄せる渦潮のように一斉にかかって行く54人のコドモ団。

 確実に捕らえたかに見えたその時――

「「覚えていろーーーーッ!」」

「あっ、飛んだ!?」

「チ――!」

 ここにきて双子が天狗じみた超脚力を見せる。あるいは、亡霊ゆえの飛空動作だったのかも知れない――ワイヤーアクションで吊り上げられるように宙を舞った双子は、淀みなく屋根の大穴を抜け出てしまった。

 逃げられる。

「くそっ、追うぞおまえら!」

「いえーす! 優奈ちゃんを取り戻すまでは止まらんち!」

 全員が駆け出そうとする、だが、その時。

「な、ななななっ!? なぜくそまじょがここに!?」

「ばばばかなっ! おまえたち戻ってくるのが早……っていうかクサっ! おめーらなまごみくっせぇなのですぅううッ!?」

 天蓋から聞こえた声、続いて謎の打撲音に爆音にその他もろもろ。ものすごい勢いで連続していて、みんな足を止めた。

 しばらくして激しい戦闘音は収まった。たぶん取り押さえたんだろう。

「…………」

 はてさて、俺たちの頭上で何が起こったのやら。

「…………あ、優奈ちゃんだ」

 ほどなくして、天井の大穴から逆行を背にした真っ白な天使さんが舞い降りてきた。頭にバナナの皮とか乗せてて、すげー不服そうだった。


【13:04PM ゴミ捨て場から帰ってきた先生たちが双子を取り押さえる。-HAPPY END-】



 その後、双子には先生と雪音さんからきついお叱りがあったらしい。毎日境内の掃除とか家事とか草むしりとかやらされてるそうだ。当然の天罰。みんなの携帯電話はあいつらのせいでオシャカになったのだから。

 ま、あの双子がろくなことをしないってのはとっくの昔に知れていたことだが――事件後、雪音さんに平謝りされてしまってなんだか逆に申し訳なくなった。

「先生、聞いてもいいっすか。なんで雪音さんって、あんなバカ双子を後生大事に囲い込んでるんですかね?」

「さてな。お題目のS級霊視の保護っていうのが、嘘っぱちな建前なことだけは確かだろう」

 ということらしい。みんなまだまだ、俺の知らないフクザツな事情を抱え込んでるってことかな。

 ゲームとはいえ俺が携帯を壊してしまった美空や優奈には、しっかり謝って許してもらった。優奈はやはりユーレイには手に余るものだと携帯を手放し、残るメンツは保険やら自費やらで修理OR買い直し、これにてだいたいのことが元通り。

 失われた保護メールは戻って来なかったが、アドレス帳はバックアップで再現できたんだとさ。いざというときの保険ってのも大事だよな。

 そんなこんなで過酷なゲームを終えて、またとある休日に俺は駅前のあのベンチでうなだれていたのであった。

「あー…………ハラ減ったぁ……」

 今日も晴天、駅前のひと通りは静かだ。しばらく電車は来ないらしい。買い食いしようにも俺の財布は、美空の携帯電話の弁償によってすっからだった。

 新機種買ってやってなんとか納得してもらったのだが、本当、面倒くせぇ。

「よう少年、どの馬が好きじゃ?」

「え? ――ああ、」

 顔を向ければまた、あの日と同じじいさんが新聞を広げていた。老眼鏡越しに心なしかほっこりした顔で俺を見ている。きっと特上寿司でも食ったんだろう。

 適当に新聞の名前一覧を流しみて、レース結果を予言してやる。

「……1-5-13。モミジって名前に入ってるのが好きなんで」

「おお、そうかそうか。1-5-13、いちごじゅうさんね――」

 言って満足そうに立ち上がり、どこかへ去っていく。きっと馬券を買いに行くのだろう。人混みに飲まれる直前にじいさんは俺を振り返り、畑仕事の途中みたいに声を投げてきた。

「また当たるかのぅ」

「まぐれは2度も起こらねぇっす」

 愉快そうに笑って去っていった。当然、さっきの予言は当てずっぽうだ。

 ふとケータイを開いてもそこにもう未来は書かれていない。

 そのことがなんだか不思議に感じる。思えば、もっといろんな使い道があったのかも知れない。失ってからそんなことを考えるなんて、人間はつくづく無い物ねだりだ。

「あー」

 だらだらと携帯電話をいじるが、ネットで食い物を無料ダウンロードするサービスはまだどこでも始まってなかった。技術進歩が急がれる。

 対面を見ると、ベンチに腰掛け、俺と同じように一人ぼっちでケータイばかりいじっているガングロ女子高生が目に入った。現代っ子である。でもいまどきガングロ?

 ぼぅっと観察してみるが、中毒的にケータイいじってる。ナンパが来ても聞く耳なし。休みなくメールが入ってはポチポチ、周りの風景なんか見えてはいないだろう。

 電波で繋がる友達がいっぱいいるんだろう。対して、自分の鳴らないケータイを見下ろして溜息ついた。かと思えば、ポケットに仕舞おうとした途端に4通もメールが入る。それぞれ別の人間から、大体昨日の事件について。俺は苦笑した


送信者:雨宮銀一

件名:Re:

本文:やあ羽村君。唐突だけど、未来が見えるというのは実につらいものだね


 まったく同感である。知れた未来の何とやら、この世界のシナリオを否応なく教えてくれる未来的日記はまさに悪魔のアイテムだった。

 不可避の不幸を予見してしまえばどうなるだろう? ――その時は、俺たちは未来にビクビク怯えて生きていかなければならなくなる。知らないことの幸福。知ってしまった人生の味気なさ、やがて来たる運命を知るっていう行き過ぎた機能。

 ――人の手に余るものだ。しかし悪いことばかりじゃなかった。俺は何回もこの日記のお陰で危険を回避して、最後まで生き残ったんだからな。

「…………ま、二度と御免だが」

 本音がこぼれてしまった。

 バラしてしまえば中身はガラクタ。なのにどうして携帯電話てやつはこんなにも重いのだろう? それはたくさんの絆をつなげているからだと思う。

 人と人との距離を縮め、いつでも隣にいるように話せる。

 時には近すぎることが摩擦を生み出す――上等だ。それでも俺たち現代人は、この現代屈指の発明品を使って、人と関わり続けていくことだろう。

 ――そこに見出す安心もある。

 やっぱり、ケータイってのは人と人が繋がるアイテムであって、人を孤独にするアイテムじゃないはずだよな?

「……………」

 ガングロの彼氏がやってきた。ガングロはケータイを投げ捨てるように仕舞い、彼氏の腕を取って楽しそうに笑っていた。



                              

                               /a day_

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