#羽村リョウジの1日-a day-(1/3)

 その日は深夜まで、ベッドで横になってモノクロの映画なんかに見入ってしまっていた。

 一体いつの時代の映画なんだか知らないが、ぎこちない演技に安いセット、恐らく映画黎明期に西欧の方で作られたものなのだろうが、大戦以前の映像をこうして無料配信してくれるってな、テレビってのは本当に大した発明だ。

 とうに部屋の明かりは消している。いつもの弾くことのないギターの金属部分がテレビの発光に応じて輝度を変え、他には簡素なベッドとCDラックくらいしか物がない部屋で、今夜もこうして退屈な夜が更けていくわけだ。

 ――――大して面白くもない……。

 ロングTシャツにジャージなんていうラフな寝間着で、厚手の布団を被ってベッドで腕枕する俺は、本当に意味のない時間を過ごしている。こうしてるとマネキンにでもなったようだ。いま、テレビの中で古城から飛び降りた人間の役も身代わりマネキンが演じる――

 うつらうつらと目が閉じていきそうになる。今日明日は休暇だ。ここのところ溜まりに溜まっていた眠気も相まって、本当にただぼうっと垂れ流しているだけだから字幕さえ追っていない。しかしまぁ大体のことは分かる。先の貴族婦人は、遠くにいる旦那様が理不尽に捕縛され幽閉されてしまったことを悲嘆して、あの白い城から身を投げ打ったのだろう。

 その先はどうなった……?

 分からない。覚えていない。ただ眠りに落ちていく俺が感じていたのは、窓は閉め切ったはずなのにいつのまにやら室内に風が吹いてたということと。

「……碧、このまんがおもしろい。けーたいが未来で日記なのです。うひひ」

「……藍、このあにめちょーおもしれーなのです。ばったばったひとがしんでいくなのです。いひひ」

 勝手に俺の部屋で映画の後番組に見入っていた、ここにいるはずのない双子の背中だけ。

 テレビ画面は変わらず混沌を映し出し、白い壁に色とりどりの地獄を投影する。闇の中に悪意にまみれた三日月形を投影する。

 不吉だ。恐ろしくなるくらい楽しそうで。

 耳に響く双子の声も、からころ鳴ってる下駄のも、まったく、不吉だ――。





【10:42 AM】


 目覚ましさえ鳴らない朝、こんなにも幸福でいいのだろうか――

 まどろみの中の心地よさが温度に変わって、全身を包み込んでいる。とても安らかな朝だ。いつもは眩しくて煩わしいと感じる朝日さえ優しい。

 ぼんやりと目を開けて暫く。のっそりと本日の活動を開始した俺は、まずベッドの枕元の近辺をまさぐった。発見。半分ほど枕に埋もれるようにして、現代人の友ともいえる携帯電話が眠っていた。

 しかし夏を過ぎた秋真っ盛り、どうにも空気が乾燥し始めていたらしい。

「いつッ!?」

 指先を襲う小さな衝撃。静電気だ。なんだ静電気かと納得し掛けて俺は思い直した。

「おい……まさか壊れてないだろうな、頼むぜおい……」

 電子機器ってのは存外デリケートなものだ。しかしボタンの反応はいつも通り、念のためにあちこち弄ってみるがアドレス帳のひとつも飛んでいない。

「よかった……さて、」

 爽やかな空気の自室を見回してみた。

 いっそ冷水のようだった。冬山を流れる透明なせせらぎのような大気が部屋を包み込んでいて、何故だか窓が開いてカーテンが揺れていたことに気付いた。我ながらうっかりさんで困る。

 ぴしゃりと閉じて施錠、フローリングを歩き、立てっぱなしのギターのヘッドをひと撫でして部屋を出ていく。

「メシ食うかメシ。今朝はなんだ、チーズを乗っけたピザトーストでも食うかね。アユミー、ピザトースト食うかーっ」

 ドアを開けて声を投げるのだが、隣室から返事はなかった。

「……いない? 下か。」

 ぎしぎしと音を立てて階段を下っていく。なんだろう、今朝はやけに静かだな。先生は寝てるんだろうか?

「…………」

 水の流れる音に誘われて、朝の慣れ親しんだ自宅を歩いて行く。キッチン。誰かが洗い物をしているはずなのに――。

「……何? おい、誰だよ水道流しっぱなしで出ていったの」

 薄暗いキッチンで待ち受けていたのは、延々と勢いよく流される水道水だけだった。銀色のシンクの中。つけおきのたらいはカラなので、なみなみと透明な水だけが注がれて溢れ出している。

 きゅ、と蛇口を捻って止めておく。なんとなく周囲を見回してしまった。

 ――気のせいだろうか。誰もいないのに、誰かの笑い声を聞いているような気がする。室内を反響しているような気がする。そんな声は、微塵も聞こえないっていうのに。

「………ったく。疲れてんのか?」

 冷蔵庫を開けて材料を確認、そろそろ買い出しの時期らしくなかなかに切迫している。しかしピザトーストがお馴染みな朝食メニューなこともあって、なんとか出枯らしのように材料群をひねり出せた。

 ベーコン、ピザソース、チーズにピーマン・バター。玉ねぎは切らしているが問題ないだろう。

 しかし肝心のものがないことに気付いた。

「げ――食パン……」

 お話にならない。そこでようやく、昨日の帰りに買って帰るようアユミに頼まれていたことを思い返した。俺ときたら3人分のケーキだけ買ってそのまま忘却していたらしい。

「パンがないならライスを食べればいいじゃない……ぐ」

 妥協案、メニューを撤回して米を食う作戦も、からっぽでスイッチが切れていた炊飯器を見付けてオジャンだ。

 朝食になりそうなものを求めて再び冷蔵庫を漁るがナンセンス。パンもライスもないなんて、日本人の食生活の崩壊だ。

 朝カプらーなど言語道断。

「しゃーね。コンビニでも行くかぁ……」

 冷蔵庫を閉め、気だるくキッチンを後にする。しかしコンビニで菓子パンなどというシケたのはナシだ。もうこうなったら、どこまでもピザトーストを突き詰めてやるのだ。

 意味のない決意をしながら、朝だっていうのに何故だか薄暗い階段を上がっていく。しかしおかしいな、先生もアユミも、こんな朝早くから一体どこへ行ったっていうんだ……?

「さて、財布はーっと…………あれ?」

 自室へ帰還。財布はどこへ置いたのだったか。いつもなら枕元等見やすいところに必ず置いてあるのだが、今日に限って見当たらない。首をかしげつつ周囲を見回しベッドの下まで覗いてみるがカラ。どうなってる。

「なんか……ツいてねぇな」

 よくない兆候だ。俺はまたおかしなバッドラック妖精にでも憑かれたんじゃあるまいな、と室内を見回せば異変に気付いた。電撃が走った。

 眩しい。カーテン揺れる。窓が、開いて、い……る――?

「っ! 誰だッ!?」

 咄嗟に飛び退いた俺の、1秒前立っていた場所の真上。そこに、ぶら下がる布の束のようなものがあった。

 なんだ、あれ……蜘蛛のバケモノか?

「にゅっふっふっふ」

「むっふっふっ」

 怪しげな声を上げる怪奇ども。そいつらは、重力を無視して天井に張り付いていた悪霊どもだった。

 俺は頬が引きつりまくって剥がれ落ちそうになってしまった。

「お、お前ら……!」

 身を翻して軽快に着地する、あまりに小さな双子悪霊・日々野藍と日々野碧。ことあるごとに俺を蹴ってくる嫌なやつらだった。

「よう、あほめ。来てやったぞ」

「よう、あほめ。来てやったぞなのです」

 新品のビー玉みたいな藍色の目と碧色の目が俺を射る。

 短刀を探すが、藍の足に踏まれていた。先生もアユミも居ないなんて危険だ。こいつら、謎の無限回廊の呪いとか使って俺を餓死させようとしてくるし。

 いざとなれば窓から飛び降りるしかない、と揺れるカーテンを盗み見る俺に、双子はいつも通りふんぞり返って言ってきた。

「ふんっ、あほはむらめ。よろこべ。おろかでむのーなおまえにろうほうだ」

「てめぇにろーほーなのです、このむのー。藍と碧は、おめーにすばらしいプレゼン“ス”をくれてやったなのです」

「プレゼン…………ト、だと?」

 俺がこっそり訂正しても、双子はにゅっふっふと怪しく笑うだけ。何なんだ、一体。

「ん――」

 ふっと、妙なノイズのような音が俺の腰辺りから聞こえたような気がした。ポケットだ。携帯電話だと気付いて身に覚えあり。やはり、あの時静電気で壊れてしまっていたんじゃないか。

 念のために開いてみた俺の目に飛び込んできたのは、以下のような文字列だった。


10:57 AM 自室に藍と碧が現れた。またろくでもないことを考えてるらしい

10:58 AM 妙な音が聞こえて携帯電話を開いてみたら、変な文章が書かれていた

10:58 AM 俺、ようやく気づく。


「………………………………………え?」

 俺、ようやく気づく。

 そういえば昨日、寝落ちする直前に俺は何か重大な伏線を見ていたんじゃないか?

「にゅっふっふっふ、ようやくきづいたか、亀のはむらめ」

「ようやくきづきやがったなのです、はむらの亀め」

 俺は下キーを押して食い入るように読み進めていく。なんだこれ。書いてある。まだ起きていない、俺がこれから辿っていく今日の出来事が書いてある。

 日記? 携帯電話で書いた未来の日記なのか?

「そう、その日記こそはきさまの未来をうつすビックリあいてむ――」

「だいして、」

「未来“的”日記、」

「なのですぅ――!」

 落雷を見た気がした。とてもとても漫画的で、シュールで実に安っぽい落雷だ。

 しばしケータイを弄ってみて、俺のケータイに勝手に日記メニューを増やしたものであることを理解した。

「…………おい、これ消せ。ふざけんな」

「消す!? とんでもねーことをいいやがるあほはむら! おまえ、日記がきえたらどうなるかわかってるのか!」

「愚かなのです……あほのはむらは死にたがりなのです……よよよ」

 いまさらながら、双子が室内で下駄履いてて、俺の部屋の床に傷を付けてることに気がついた。とっとと追いだそう。

「そういう遊びなら余所でやれ余所で、できれば美空と銀一に振れ。俺はその手の非日常が大嫌いなんだ実は」

「おまえ、それでもかりうどか」

「ふてぇやつなのです」

「うるせぇ。いいか? 俺は毎日、大変な目に遭っている。異常現象狩りだぞ異常現象狩り。もうな、亡霊に悪霊に怨霊に亡者」

「ひとことでゆーれいと言え」

「第一現象ばっかりなのです……」

「るせぇ。第一現象ナメんなコラ、もっともポピュラーな異常現象なんだぞ」

 世には呪いと呼ばれるものがある。苦痛憎悪絶望渇望、それら行き過ぎた人間の妄執は呪いとなって具現化し、やがて発現者をバケモノに変える。

 ――“異常現象”。

 それらは大雑把に五大異常現象に大別することができるのだが、皆様お馴染みユーレイがこれの第一現象、残留衝動体と呼ばれる人型幻想。半実体とか呪いそのものとかその辺。

 目の前のやたら生身くさい双子もその一派だ。こいつらに限っては何故なのか、存在が濃すぎて生者として町に溶け込めるレベルなのだが――。

「……おい。前から思ってたんだが、お前らって一体何者なんだ」

「藍だ」

「碧なのです。いまさらなにいってやがるなのですこのボケ、あたまのなかみ真空でいやがるなのですか。なんもはいってねーなのですか。なかで虫でもかってるなのですか、えさはなんなのですか脳みそゼリーなのですか、ぜんぶくわれちまいやがったなのなのですか」

 想像して陰鬱な気分になった。まったくもうこの困ったガキはどうしようもないですわねー、的に溜息ついていやがる双子なのだが、常識とは何だ。

 そうこうしている内に、また携帯がノイズ音を発した。

「……ん。何だ?」

「しらないのか、あほめ。日記がかきかわったのだ」

「みらいがかわったなのです。どうなったなのですか、よみあげやがれなのです」

「いや……」

 なんでこいつら、こんな楽しそうなんだよ。そもそも――

「――おい、この日記は何なんだ。まさか本当に、その……アレなのか」

「だから未来的日記だといってる」

「未来的なできごとが、その日記にしるされるのです。まるでみてきたように。それは、まるで――」

 ――未来予知、か。誰かの渦巻く双眸が記憶をかすめ、俺はいっそうヤル気を失っていく。

 未来が書き込まれる日記なんて大したもんだろう。本物なら事故や事件を回避できるし、宝くじも競馬も当て放題、クジ引きやれば百発百中。いろんなランダムでチートできる。

 怪しいオーラを放つ双子。こいつらなら本当にやりかねん。いまだに正体不明だし。

 しかし、俺はその手の未来予知には気が進まない。なにより俺を敵視する双子の遊びに乗せられるのが癪だ。

「気が乗らん。勝手にやってろ」

 携帯をベッドに投げ捨て、わーきゃー騒ぐ双子を押しのけ部屋を出ていく。付き合っていられるか。藍を押しのけるついでに短刀も拾い上げて腰に収めた。

「おろか、あほはむらめ! おまえしにたいのか!」

「わるいことは言わんなのです! いいからはやく日記をよむなのです!」

「うるせぇ。俺はピザトーストの材料を買いに――」

 そこまで述べた瞬間、俺は不意にバランスを崩した。何故? 階段に差し掛かった瞬間、急に身体が傾いでしまったのだ。

「あ――?」

 このままいくと、カドに頭をぶつけて転がり落ちる――。

 そんな予測が、俺の身体を突き動かした。反応は早い。俺は咄嗟に腰の短刀を流れるような動作で引き抜き、壁に突き立て支えにした。掴む場所がまるでなかったのだ。俺の身体は、頭を強打する寸前で、愛刀・落葉に体重を支えられて停止している。

「………………」

 こんなにも静かな状況推移だったというのに、心臓だけは事態を理解してバクバク言っていた。

 階下を見ると、どうにも俺が踏んづけてしまったらしいバナナの皮が転がっていた。冗談じゃねぇ、本当冗談じゃねぇ。

「……“11:01 AM、バナナの皮を踏んづけて死ぬ。DEAD END”……」

 背後から、呪わしい別人のような藍の声が聞こえてきた。藍は俺の携帯を手にしていた。

 デッドエンド? 何だそれは。

「うふふ。まだわからんなのですか、このあほめ。未来的日記はすばらしいあいてむ。しかし――」

「うみゅ。すばらしあいてむは死をよびよせるものだ。はむら、おまえ、いまちょー死にやすいぞ」

「……………」

 俺は頭の中からっぽで、爬虫類みたいな顔をして双子を見ていただろう。

 ナニイッテルンダロウコイツラ、バカジャネーノ?

「さあ、げーむをはじめるぞはむら。それみろ、みらいがかきかわって“戦闘フラグ”が立った」

「もうにげられんなのです。“戦闘フラグ”からにげようとしたら事故死はまぬがれんなのです。うふふ」

 携帯画面を見せつけ、髪を蛇的にうねうねさせて迫ってくる悪霊共。ようやく気づいた。こいつらのこの顔、草むらでカマキリにバッタを食わせて、その後にカマキリを千切ってパーツごとに解体する子供の残酷な笑みだ。飽きたらバッタの死骸も解体だ。

「………………」

 俺はからっぽの心のまま携帯画面を見た。

「おい……戦闘フラグ、って……」

「かたねば死ぬ。まければしぬ。けーたいこわされてさようなら」

「うふふ。未来的日記しょゆうしゃたちによるバトルロイヤル。さいごのひとりになるまでつぶしあうゲーム。さくぼう、きょうてい、うらぎり、だましうち。未来的日記からはだれものがれられん、なのです……」

 噴出する黒い呪い――俺の慣れ親しんだ愛機は、いつの間にか悪魔の使いに変えられていたのだ。

「さあよむがいい、おまえの未来を」

「さあよむがいい、おまえの絶望を――なのです」

 当然と手渡される。俺は、ドライアイスのように黒霧を噴出する携帯の画面を、呆然と見下ろした。そこにはいきなり死亡宣告が記されていた。


 11:04 AM、地下鍛錬場で先生とバトル。



 階段を下ればそこは異空間。我が家の隠し階段はコンクリート製でひんやりとしていて、行き止まりの地下一階は訓練室となっていた。

 民家の下の狩人空間。物音はなく、しんと寝静まったような、その板張りの訓練室の最奥に黒セーラー服のひとが座していた。

「――――来たか。」

 道場の師範のような居ずまいである。朝っぱらからヤケに静かだと思ったら……。

「……先生、こんなところにいたんですか」

「ああ。ここでずっと瞑想していた」

「暇だったんですか」

「いいや。そういうふうに日記に指定されたんだ」

 言って、先生が取り出してみせた画面には確かに、簡潔な文章で「座禅、午前11時すぎに弟子が来て戦闘」と書かれていた。

 先生らしい遊びのない文章だ。

「珍しいですね。先生が、そんなオモチャに従うなんて」

「ふん――何度もこの戦闘フラグとやらを叩き折ってやろうかと思ったが、さすがに、あれだけ死にかけるとな」

「…………」

 先生をもってして屈服させるとは、もはやどれほどの不幸が襲ってきたのか聞きたくもない。よく見れば先生の制服はところどころほつれていて、いつも美しい黒髪も乱れがちだったのだ。

 ――――先生、この家の主にしてお師匠様、別名縁条市の最強。

「えーと」

 おもむろに先生が立ち上がり、まるで戦でもおっぱじめるように刀に手をかける。未来的日記に変化なし。実に予定調和な、戦闘フラグの回収場面らしい。

 背後霊共は楽しげだ。

「むっふっふっふ。さぁ殺しあえ、にっきにえらばれしものどもよ」

「さぁ潰しあえなのです、にっきにえらばれしこひつじどもよ――!」

 子羊って、生贄じゃねぇか。キンと先生が親指で鍔を跳ね上げて警鐘。嵐のような殺気。もはや1秒以下でティラノサウルスを殺せる状態だ。

 第一戦、

「――――おい。無理ゲーじゃねぇかこれ」

 俺は諦めた。だって惨い。いきなり先生とかねぇよ、どう考えたってラスボスキャラじゃねぇか。

「フン――どうした少年、逃げるのか。臆するのか、そこでそうやって突っ立っているつもりか?」

「いやいや、そんなこと言われましてもですね。つーか先生のほうはマジなんですか」

「もちろん“まじ”さ。なぁ少年、オレはいま最高にイライラしている。そんなオレの前に立つ可哀想な子羊は誰だ? ん? そのような命知らずは、首を落とされても文句は言えないな」

 胸に苦いものが広がった。残らず本気で言っているのが先生の先生たる所以である。

「だからって、こんな双子のしょうもない遊びに、ぃい――ッ!?」

「ハッ! そんなこと、オレだって分かってい、るぅ――ッ!」

 異音――瞬間移動の直後の、空間を割り割くような一太刀をヤマ勘で回避。瞬間移動というのはものの例えで、実際には速すぎて0秒移動に見えただけだ。

 っていうか、本気殺マジコロじゃねぇかいまの剣。

「ちぃ――!」

 大きな動きでこちらに振り返る先生。その、スカートのポケットから何かが滑り落ちた。

 携帯電話だった。

「あ。」

 体感速度スローモーションで落ちて行くのを、みんな食い入るように見ていた。

 先生が手を伸ばすも掴み損なう。だからストラップ付けたほうがいいって何度も何度も言ったのに。

 ――抵抗むなしく激突。当たり所が悪かったらしく、たったの一撃で派手に大破する。そもそも扱いが悪くて壊れかけていたのもあるかも知れない。

 ――先生の日記が。

 基板フタ画面と三枚おろしのようになって、

 完膚なきまでに、

 コワレタ。

「あ、」

「あああああああああああああああああああああ――ッ!!!?」

 双子がけたたましい声を上げる。呼ばれたようにどこからかまるで嵐のような豪風が吹き混んでくる。そこからさきは瞬きのうち――大破したケータイの残骸から噴出した呪いが、一瞬にしてブラックホールみてぇな黒い渦を形成し、先生をまるごと呑み込んで蒸発したのだ。

 先生、罵声。ふざけるな覚えていろ殺すぞクソ双子――そんな声まで飲まれてしまった。

「…………………………」

 あとには、砕けた先生のケータイだけが取り残された。

「ってぇ、おい!? ちょ! せせせせせ、先生は!? どこ消えたんだ!? おい、おいぃッ!」

 思わず双子に掴みかかるが、鬱陶しそうに邪険にされた。

「あんずるななのです。くそまじょは、はるかとおくの燃えるゴミすてばにとばされたなのです」

「ご、ゴミ捨て場……?」

「フフン、はいしゃはきえる。しょうしゃはのこる。やるなはむら、まずはおまえの一勝だ」

「………………」

 ゴミ捨て場で、生ゴミにまみれて仏頂面した先生の図が浮かんだ。

 ――ノイズ音が鳴って、また未来が書き換わる。

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