第9話 二時間目を待ちながら(9)

 ある日。二時間目を待ちながら。


 今日は夏海が日直でした。日直に当たった者は、前の授業の黒板の字を消さなくてはなりません。

「ねぇ、夏っちゃん、黒板消し手伝うよ」

心春が、黒板の字を消そうとする夏海の所にやってきました。

「おぉ、ありがとう。でも大丈夫。すぐに終わるから」

「そう? でも暇だから手伝わせて」

「うん。サンキュー」

二人は黒板の字を消します。夏海と違い、心春の身長は黒板の上まで手が届かず、上の方に書かれた字を消せませんでした。

「心春、上は任せとき。下、頼むわ」

「うん」

夏海はササッと黒板の字を消していきます。心春は下の字を消していきます。心春は黒板の上に書かれた字を消せる夏海が羨ましいと思いました。上から落ちてくるチョークの粉が目に染みます。夏海が上に書かれた最後の字『バ』を消そうとした、その時―

「夏っちゃん! 待って!」

「ん? なんや?」

「その『バ』、私に消させて!」

「バ? あっ、この黒板の字か。なんでまた?」

「夏っちゃんみたいに、上の字も消してみたいの!」

「え? まさか、心春、身長が届けへんの気にしとったんかいな? せやのに手伝うと言うてくれたんや」

「手伝おうとするのは当たり前だよ。友達だもん」

「心春……」

「えへへ」

照れ笑いする心春に夏海はあっさり言いました。

「別に無理せんでええよ。うち、こんなんすぐに終わるし」

「えぇ!? 夏っちゃん、冷たい!」

「悪い、悪い。じゃ、一度やってみる? あの『バ』を消してみるか?」

「うん! やってみる!」

心春は右手に黒板消しを持ち、『バ』の文字をじっと見つめました。

「さぁ、いよいよ始まりました。心春選手の挑戦。黒板の上に書かれた『バ』の文字を消す事が出来るのでしょうか? 果たして―― 」

「夏っちゃん、やりにくいよぉー」

「了解。黙っとく」

にへらと夏海は笑いました。心春は再び『バ』を見つめました。『バ』の字を消すには高くジャンプして、タイミングよく黒板消しを『バ』の文字に当てるしかない。そう心春は考えました。そして呼吸を整えました。

「よし! 行きます!」

「頑張れ、心春!」

「(絶対、あの『バ』を消してみせる!)」

二時間目開始のチャイムが鳴りました。


(なお黒板には『バ』の文字が残ったまま二時間が始められ、先生によっていつの間にか消されていました。)

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