(5) 矛盾


「ぴんぽんぱんぽーん! お集まりの皆様、長らくお待たせ致しました! いまから、バトルトーナメント二回戦を開始したいと思います!」


 歓声が響く。


「二回戦の対戦を発表したいと思います!

 Aブロック、一組目、三年B組高橋彩菜選手対二年D組山西ジョーカー選手! 二組目、一年C組紅ユイト選手対一年A組前田いおり選手! 三組目、二年C組天津帆足選手対一年B組西条めぐる選手! 四組目、中等部代表七ッ星蓮見選手対二年A組喜多野風羽選手!

 Bブロック、五組目、一年C組桐野弥生選手対二年B組七ッ星睡蓮選手! 六組目、二年C組山原水鶏選手対二年D組水瀬雫選手! 七組目、二年A組灰色優真選手対三年B組美園あつみ選手! 八組目、三年C組只野剛毅選手対三年A組吉祥寺シンヤ選手! おおっと、生徒会長のお出ましだぁ! ……えぇ、八試合もある。これ時間内に終わるのかな……まあいいや! とっとと始めるぞ!

 一組目、三年B組高橋彩菜選手と二年D組山西ジョーカー選手、出て来いやぁ!」



「お姉ちゃん頑張って」


 ぐっと、高橋明菜は拳を握りしめる。茶髪に赤い瞳の彼女はいつもより派手なメイクをしているが、ごく普通の学生で野崎唄と同じクラスだった。彼女は喜多野風羽ファンクラブの一員でもある。

 二回戦の一組目は、明菜の姉が出場する。

 それでも、やっぱり気になるのは四組目に出場する喜多野風羽だ。ファンクラブに入っている明菜だが、風羽のことは真面目に思いを寄せていた。


「隣、空いているかい?」


 顔を上げると、特徴的な赤色の瞳と目が合った。明菜よりも輝きは強いが、どこか別のところ見ているように覇気を感じない。その瞳と金髪をどこかで観た覚えがあるような気がしたが、明菜は考えることなく空いていた隣の席を見る。もともと姉が座っていた席だが、いまは空席となっている。明菜は風羽の戦いが終わったらもう退くつもりでもあったので、気にすることなく頷いた。


「ありがとう」


 金髪の男性は隣に腰を降ろすと、なぜかこちらをじぃと見つめてくる。

 

「あの、なんですか?」

「僕と瞳の色が同じだと思ってね。気を悪くしたのなら、謝るよ」

「別に。それにこの学園だったら赤い瞳は結構いますよ。あたしの姉もですし」

「へえー、そうなんだ」

「もしかして、異能学校って、知りませんか?」

「いや、知っているよ。けど、僕は通ってなかったから」

「え、能力者? あ、いや、でもその瞳と髪ならありえるかも」

「そうだよ、僕は能力者だ」


 温厚そうに、柔和な笑みを男性が浮かべる。

 その笑みに特に感慨も沸くことなく、明菜は「ふーん」と答えた。

 外部客に異能力者がいることは珍しくない。学生の家族や、卒業生もいるのだ。幻想祭では、バトルトーナメント以外での能力の使用は禁じられているものの、見た目だけで能力者だとわかる人はそれなりに見受けられた。


 異能力者の中でも、もっとも能力の値が高いものは、見た目にもその影響が現れる。髪の色や瞳、それから体系にも現れることがあるという。明菜は赤い瞳以外は平凡で、だから少しでも見栄えよく見えるように髪の毛を茶色に染めていた。


「僕の能力が知りたい?」

「いえ……」


 なんなのだろうか、この人は。もしかして二年D組の山西ジョーカーのように目立ちたがりなのだろうか。それとも、新手のナンパ?

 どちらにしても興味が無いので、明菜はそっけない態度をしてから前を向く。


 こういう人とは関わりを持たないのが賢明だ。面倒なので無視を決め込むことにする。


「残念だなぁ」


 悲しそうな声が聞こえてくるが無視。


 ふと、明菜は目を疑った。


 目の前に、赤色の花弁のようなものが浮かんでいる。


 それが薔薇の花だということに気づいた時には、もう、明菜は意識を失っていた。



    ◇◆◇



「もうすぐね」


 唄は屋台が立ち並ぶ通りを歩いていた。隣には風羽がおり、前を水練に腕を引かれたヒカリが無様な声を上げながら歩いている。


「そうだね」

「蓮見、だっけ」

「睡蓮も意地悪だよね。能力を教えてくれなかった」

「それは身内だからじゃないの。それに、そっちのほうが戦いがいがありそうだわ」

「そうかもね。まあ、僕が勝つからいいのだけど」

「あら、いつからあなたはそんなにも好戦的になったのかしら」


 意地悪そうに唄が言うと、風羽はそっけなく答えた。


「もとからだよ」


 風羽は、昔のことを思い出す。

 乃絵に再会して、忘れていたあの頃の自分が少しずつ蘇ってくるようだ。


(僕にはシルフがいる、乃絵も……兄もね)


 風羽は、すぅと息を吸って、吐いた。

 今夜のことも心配だが、いまは目の前のことを優先しよう。


(もし乃絵が目を覚ましたら、その時のお土産話になるかもしれない。乃絵は、心躍るお話が好きだから)


 まずは優勝だ。バトルトーナメントで優勝をする。

 屍のようだったあの頃とはくらべものにもならない気持ちが、湧き上がってくる気がした。


 唄が、ちょっと難しい顔で前を見ている。


「水練、一回戦があったというのに、元気ね」

「そうだね。でも確か十五分程で終わったんじゃなかったかな。一年生相手だったから余裕だったみたいだよ」

「そうね。一瞬だったわ」

「君は観てたんだっけ?」

「精霊の力を使うまでもなく圧勝よ」

「睡蓮の二回戦の相手も一年生だよね。これは、確実に水練が勝つね」

「そうね。ヒカリも参加したいって喚いていてうるさかったわ」

「君もじゃないのかい?」

「私の能力は戦闘向けじゃないもの」

「それもそうだね」


 風羽は苦笑する。


「ちょっと水練待てよ!」


 水練に腕を引かれているヒカリが、助けを求めるような目をこちらに向けてくるが、風羽は黙殺することにした。唄も助けるつもりはないようだ。どこか遠くを見ているような目で二人を眺めており、その瞳のまま風羽に視線を向ける。


「ねえ、風羽」

「なんだい」

「風羽は、大丈夫よね。裏切ったなんか、しないよね」


 唐突な問いに、風羽は言葉に詰まる。


 ――『もしかしてお前、唄ちゃんを裏切るのか?』『あいつらの仲間になったら、乃絵ちゃんは治るんだぜ?』『風羽は、唄ちゃんと乃絵ちゃん。どちらの方が大切だい?』


 兄に言われた言葉を思い出す。

 もともと唄と一緒にいたのは、彼女が乃絵に似ていたからだ。見た目は違うが、雰囲気が、負けず嫌いなところが、大人しそうな顔をして活発なところが、乃絵に似ていて、乃絵を守れなかった想いを果たすために風羽は唄と一緒にいた。彼女を守るために。乃絵の代わりとして、唄を守るために。

 だけど、乃絵は生きていた。


(違う)


 そうだ、違う。乃絵は生きているが、あれは生きているとは言えない。いまもまだ、病院で眠っているのだ。声を聞くことはできない。細い瞳で笑いかけてもくれない、蝉取りも、もう一生できないかもしれない。


 乃絵を治すには、あいつらの仲間になることが一番だと兄が言っていた。


(違う)


 乃絵を傷つけたのはあいつらだ。


(僕だ)


 風羽の暴走した能力のせいで乃絵はあんなことになってしまった。


 悔しそうに唇を噛み締めたくなる思いをこらえる。

 そんな姿を唄に見せてはいけない。

 もう乃絵の代わりにはできないけど、唄も、守るんだ、と風羽はいま一度思い留め、


「裏切らないよ」


 いつもの調子で答えた。


 眉を潜めた唄はそれ以上聞くことなく前に視線を戻す。

 ヒカリがいる。風羽は彼の背中をなんとなく眺めた。


(そうだ。唄にはヒカリがいる。だけど、乃絵には)


 風羽はここにはいない幼馴染に思いを馳せる。


(乃絵を守るためだったら。もう一度、笑顔を見るためなら)


 いけないと、首を振る。

 たとえ何があったとしても、あの時鷹野とか名乗っていた女たちの仲間になってはいけないのだと、自分に言い聞かせる。

 あの夜から、もう「乃絵」と名乗った傍観者からの電話はかかってこなかった。乃絵への手掛かりは途絶えたといってもいい。


 四人は体育館に入って行く。

 二回戦開始から三十分近く経っている。先程放送で一組目の対戦が終わったということが告げられていた。いまは二組目が戦っているのだろう。


「じゃあ、僕はここで」


「おう、頑張れよ!」とヒカリがガッツポーズする。

「あたしと戦うまで、負けるんやないで~」適当な口調で水練が微笑んだ。

「がんばって」乃絵と同じ雰囲気で、唄が優しい笑顔を浮かべる。


 背を向けると、風羽は選手控室に向かっていった。

 


「はやく、ふくろう。クレープ!」


 舌っ足らずな叫び声を上げて、前から一人の少女が走ってくる。

 長く薄い金髪が宙を舞い、青い瞳がキラキラと楽しそうに前を見据えている。

 少女は楽しそうに外に出ると、屋台のある方角に走り去っていった。

 その後ろから、一人の女性が少女の跡を追いかける。長い黒髪をふんわりと一つに束ねた女性の瞳が、一瞬こちらを見た気がした。


 風羽はその瞳に既視感を覚える。

 女性は少女の跡を静かな足取りで追いかけている。走っているわけではないのに少女と間が空くことはないようだ。


(家族かな。見た目が全然違うけど)


 何となく二人の背中を眺め、風羽は思う。

 それ以上気に留めることなく、選手控室の中に入った。

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