恋人役
大学の同級生。そう彼女は自己紹介した。
やっぱり、レイの知り合いだったんだな。
それならばレイの反応にも納得できる。大学時代の知り合い……おそらく友達だろう。その人物に久し振りに会えたのだ。驚きと嬉しさで固まってしまったのだろう。
「そうだったんですか。レイ――いや、速水さんの同級生でしたか」
さすがにレイと呼ぶわけにはいかないので慌てて修正する。しかし、呼び慣れていないからかその呼び方に身体がむずむずする。
「紗栄子に花を供えに来てくれたんですね。ありがとうございます。ただの友人の私が言うのもなんですが、紗栄子も喜んでいると思います」
ニッコリと笑顔を見せ、わざわざ頭を下げてお礼を言う林野。手には花が抱えられ、彼女も手を合わせに来たのだと理解できた。その後彼女は俺の横を通り、腰を下ろして花を添える。
「紗栄子、今日もまた人があなたに会いに来たわよ。相変わらず人気者だね」
そう口にしながら林野は手を合わせる。その後ろ姿を眺めているレイの目は微かに濡れていた。嬉しさが抑えられないのだろう。しかし、俺はそうはいかない。友人との再会という微笑ましい場面だが、死者であるレイの姿は林野には当然見えない。目の前にいながら会話ができない現実が重くのし掛かり、その光景に俺は胸が少し痛くなる。
数秒後、林野は腰を上げた。
「林野さんはよくここに来られるんですか?」
「ええ。大学では私達仲がいい友達でしたから。講義も一緒に受けて、よく遊びにも出掛けました」
友達とはいえ、頻繁に来ることは中々難しいに違いない。だが、林野はそれをこなしている。それはレイと本当に仲がよかった証拠と言えるだろう。
「こうしてここに来ると、紗栄子との思い出が鮮明に浮かぶんです。まるで昨日の出来事みたいに。そうすると、大学とかでいつも隣には紗栄子がいるような気がしてくるんです。紗栄子も喜んでいると思いますが、もしかしたらあんまり来すぎて紗栄子も飽き飽きしているかもしれませんけど」
その一言にレイは激しく首を横に振った。そんなことはない、とても嬉しい! と言うように。だが、実体がなく言葉も喋れないレイの気持ちが林野に届くことはない。
「いいえ、そんなことありません。とてつもなく喜んでいますよ。それも、涙を見せるぐらいに」
レイのもどかしそうな姿を見てしまった俺は思わずそう答えてしまった。その台詞に、林野は少し不思議そうな目で俺を見返してくる。
やっべ、つい言っちゃったけど、何で分かるのかとか聞かれたらどう説明しよう……。
「涙を見せるぐらい、ですか……それなら私も嬉しいな」
不安に包まれていた俺だが、返ってきたのはそんな台詞だった。レイと同様、心から嬉しそうな笑顔に包まれている。
「あの、今更ですいませんがあなたは?」
「俺? ああ、すいません。自己紹介がまだでしたね。俺は森繁悟史っていいます」
「森繁さんですか。紗栄子とはどういう関係の方ですか?」
「えっ? え~と……」
まずいな。どう言えばいいだろうか。レイと出会ったのは死後、幽霊になった後だし、どういう関係かと言えば一緒に犯人探しをしている、としか言えない。でも、さすがにそれを正直に伝えるわけにはいかないよな。
「あっ、もしかして紗栄子の……」
俺が答えを見つける前に、林野は何かに気付いたようだ。その表情は驚きで満ちている。
この顔……やばいぞ。俺が犯人探しをしていると知られたかも。この人、もしかしたら感がいいのかもしれない。早く何か言って誤魔化さないと。
「あっ、えっと……実は――」
「紗栄子の彼氏ですね!」
「……はい?」
しかし、林野から発せられた言葉は俺の予想外から来たものだった。
「その反応……やっぱり紗栄子の彼氏なんですね! もう、それならそうと早く言ってくださいよ」
大間違いもいいところなのだが、林野の中ではそれで完全に納得しているようだ。「全く、紗栄子も隅に置けないな~」とか言い出す始末。
……面倒くさいからそのままでいいか。彼女の中で俺はレイの彼氏で落ち着いたし。というか、これ以上納得する別の案なんかないしな……というかレイ、何急に身体くねらせてるんだ。止めろ気持ち悪い。
「森繁さん、紗栄子って普段どんな感じでしたか?」
「どんなって、それは大学でいつも一緒にいた林野さんなら言わなくても分かるんじゃ?」
「分かってませんね。女子というのは、友達と彼氏の前では全く性格が変わったりするんですよ。普段は暗いのに、彼氏と会ったとたん笑顔になったり、適当に過ごす人が彼氏には几帳面な姿を見せたりするもんなんです」
林野は大学の講義をするかのように人差し指を立てながら、恋人のいる女子を説明してくる。服装や化粧、そういった身だしなみにまで気を使うようになる、と。
力強く講じているが、これまで一度も彼女が出来たことのない俺からすればさっぱり理解できなかった。恋人になる前、好きな相手にアピールして振り向いて欲しいから、という事なら納得できるのだが、念願の恋人同士になれたのにまだその必要があるのだろうか。恋人とは見掛けだけじゃなくて、内面にも惹かれたから恋人なわけであり、関係が築かれてもなおそんなに気を使うものなのだろうか、と思っていた。
「それで、紗栄子はどういう雰囲気でした? 尽くすタイプでしたか?」
彼氏という存在に興味を抱いたからか、林野は俺に質問を続けてきた。その目は若干キラキラと輝いている。
尽くす、って世話をするとかの事だよな。料理にはうるさいけど、あれは尽くすに当て嵌まるのか? 菜箸で突つかれるのは頻繁にあるけど……。
ピロリロリ~ン、ピロリロリ~ン。
そこで突然メロディが流れ出す。その発生源は林野からで、どうやら電話が掛かってきたようだ。一言詫びてから彼女はスマホを取り出し通話を始めた。
「もしもし、私――うん、まだ紗栄子の所だけど――えっ、ウソ……本当だ、ごめん。全然気付かなかった。もうみんな集まってる? うん、分かったすぐ行く――あっ、ちょっと待って
通話を途中で止め、林野が俺に声を掛けてきたので振り向く。
「この後何か予定あります?」
「予定? いや、特には」
「本当ですか? じゃあ――」
そう言うと、林野はまた通話を始める。
「もしもし碧、うん、実は今紗栄子の――そう――たまたま会ったんだけど、今一緒にいるの――でしょ? 私も知らなかった――うん、これからお願いしてみようかなと思うんだけど――だよね! やっぱみんなも会ってみたいよね! 任せて、説得してみるから! じゃあ、また後で」
小さい声で全ては聞き取れなかったが、途中「縛ってでも連れてきて!」と電話相手の声が漏れ聞こえたのは聞き間違いだろうか。そして、林野のお願いとか説得という台詞。何か嫌な予感がするのだが……。
通話を終えた林野がこちらに振り向く。その目は真っ直ぐ俺を見つめている。
「あの……森繁さん。この後私に付き合ってくれませんか?」
「……何に、でしょうか?」
冷や汗が止まらない。一歩一歩近付く林野の顔は申し訳なさそうにしているが、目は獲物を逃さない獣の様。瞬きもせず、微動だにしない。
「実はこの後、大学の友達の集まりがあるんです。みんな紗栄子の友達です。供養とは少し違いますが、死んだ紗栄子を忘れないように定期的に何度かこういう集まりをしているんです。もしよかったら、森繁さんも来てくれませんか?」
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