物語から抜け出た煌めき

 町が途切れてまた幅広の道、馬車八台分の幅、次に現れたのは、個別の家々ではなくて一つの建造物、城か要塞に見えた。


 見える一面が壁、だけども平らでなく、突き出たり凹んだり、上もまた角張ってはいるが、水平ではない。いくつかの四角形を重ね合わせた、まるで積み木だ。


 その壁面にとってつけたみたいに、一階にはドアが一定間隔でならび、その上には無秩序に窓が並んでいる。


 ここから先は全部屋内、狙撃の恐れは無くなるが、不意に出くわす確率は跳ね上がる。同時に、あの水の樽のような物も期待してしまう。


 だがその前に、倒すべき敵が待っていた。


 一階、こちらに面してる壁、そこにあるドアとドア、その間の壁に背を向けて、置かれた椅子に座る男が一人、足を組んでくつろいでいた。


 その服装は、酷い冗談だった。


 灰色の壁をキャンバスにしたような、場違いな煌めき、全身を銀に着飾った騎士がそこにいた。


 その全て、派手だ。


 つま先から膝、腰、胸、肩に肘に指先まで、流れるようなカーブを描く鎧甲冑、それも研かれた、鏡のような銀で、そこに鍛金による細かな文様が光の反射具合で浮かび上がる。しかも背中に青いマントまで着けて、場違い感は凄まじい。


 頭部も同じく流線形な兜、ただしそれはドラゴンを模していて、前に使っ出た口の中に目が、ドラゴンの目には青い宝石が嵌めてある。


 目立とうとしてるとしか思えない。


 加えてその中身は、動作には緊張感が感じられなかった。


 周囲への警戒も薄く、完全に椅子に腰を落ち着けて、何かあってもすぐには動けないだろう。特に隠れてるわけでもないのに、奇襲や狙撃に無頓着でいられるのは、素人である以上に、この鎧への信頼からだろう。


 横の壁に立て掛けてある武器はロングソード、長さは座る男と同じ背丈、ゴテゴテした鍔にはまたも青い宝石、当然のように銀の刀身にも文様、ただしこちらは赤く血に染まり、くっきりと見やすくなっていた。


 そして、その血を塗ったのは足元に転がる死体、数は四人、みな俺と同じシャツにズボン、人種も武器も疎らながら共通点が一つ、全員が一太刀にて斬り殺されていた。


 酷い冗談だ。


 こんな格好、こんな騎士、戦場はもちろん軍内部でも見ない。


 見るとしたら闘技場か馬上試合、いや実戦向けでないから儀礼用か、あるいは演劇用だろう。物語の世界から出てきた英雄の騎士様、それが俄然で待ち構えてる。


 平時なら、こちらが真っ当な装備なら、笑い転げてるとこだ。


 だが、こちらは装備と呼ぶには貧相すぎる装備、挙句に時間もなく、引くこともできない。笑えない。


 あぁいうのを相手にするのには、重さと頑強さを兼ね揃えた強烈な一撃、つまりは斧が最適だった。不必要な時に無駄に体力を奪って、必要な時に手元にない。ナゾナゾにできそうな皮肉、笑えない。


「ぁ」


 小声で俺の袖を引き、絶えず振り返るプシュチナ、言われなくても背後に蟻が迫ってるのは知っている。


 だから時間がない。だから引けない。


 もっと余裕があれば迂回なり、狙撃なり、あるいはプシュチナで陽動かけるなり、いくらでも手があった。


 だがもはや限界、隠れることもできなくなった。


 出るしかない。


 無謀としか言いようのない挑戦、それでも打てる手は全部打って出る。


 最善を期待しつつ最悪に備える。


 最初の一手は駆けむかうドア、騎士が座る椅子から右側のドアを挟んでもう一つ右の、より遠いドアへ向かい、駆け出す。


 ……しかし騎士様の反応は早かった。


 飛び出るやロングソードをひっ掴み椅子を蹴ると駆け出た。


 キシキシという金属の擦れる音、動き自体は滑らかで、鎧など着てないが如くの疾走、道の半分を渡りきる前にドアの前に陣取られた。


 ……そして動かない。


 ドアからロングソードが当たらない程度に離れた位置で、ズシリと構えられる。


 左足は前に、胸を張り、肘を張り、両手で持ったロングソードをまっすぐ、顔の右横に立てる。お手本のような綺麗な構え、ブレもなく、重心もしっかり押さえて、隙がない。少なくとも剣術は素人ではないらしい。


 そこから予想される斬撃は、右上から左下へ斬り下げる、ただそれだけだ。


 たった一つの技に特化した、それ故に強力な構え、その威力は長い剣身と死体から見れば、人体は当然、木材を集めて湿った布で束ねた程度、盾にもならないだろう。


 完全武装の騎士様、対してこちらはそこらの山賊にも劣る貧相な装備、主人公相手にバッサバッサ斬り捨てられる雑魚役の気分だ。


 ……しかも騎士様、賢いことに、そこから一切動こうとせず、攻めてくる兆しはなかった。


 当然だ。このまま睨み合えば、先に俺が蟻に食われる。時間は騎士様の味方、手堅い戦術だ。


 そう考えると、こいつの狙いは蟻を背後に後から向かうことらしい。


 そうすれば背後に気をつける必要がなくなる。一面を警戒しないで済むのはかなり楽になる。


 ただしこの先で何かトラブルがあって、進むのに手間取るようなことになれば終い、この要塞の中が見えてない現状では上手い手ではない。


 ……余計な思考は現実逃避だ。


 今は、こいつを、殺す、そのことだけを考えろ。


 引き締め直し、左手の盾を正面に構え、右手は握ったまま背後へ引く。


 鼻で息を吸い、覚悟と共に止め、踏み出す。


 裸足でに走破は痛いが緩めない。


 全速力、相手ロングソードが届く間合いまであと五歩、四歩、三歩で右手を下から振り投げる。


 投擲、ナイフ投げ、狙いは顔面、空いてるはずの目を狙っての一投、これに騎士様は、反応すらしなかった。


 できなかったわけではないだろう。しかしピクリとも反応せず、構えを崩さずにいられるのは、鎧の頑強さに全幅の信頼があるからだ。


 そして鎧は、兜はそれに答え、無情にもナイフを弾いた。


 目潰し失敗、しかし止まれず間合いの中へ。


 待ち受けていた騎士様、ロングソードが振り下ろされた。


 そのフォームもまた、お手本にしたいほど綺麗なものだった。


 対して俺は、貧相な盾を挙げるのが精一杯だった。

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