十一

 資料を基にこれまでの被害者遺族から話を聞くことにした。

 だけど、今までの経験上、記者だと名乗ると「もう静かにさせて欲しい」と断られたり、「いい加減にしてくれ」と怒鳴られたりする恐れがある。いつもだったら根気よく続けていくこともできるが、今は時間が、俺の人生の時間が少ない中でそれはかなり痛手。


 そこで、エンドウさんと出会った時と同じ方法、つまり俺がイチ君・トー君の2人の祖父であり、被害者に昔世話になったという設定で遺族と接触することにした。


 1番目の被害者は、大学生であったため1人暮らしをしていた。そのため、遺族はここ最近のことについては何も知らなかった。2番目の被害者とは連絡がつかなかった。3番目の被害者遺族は当の本人が亡くなる数日前に喧嘩をしていたため、会話がなく何も分からないと言われ突っ返された。ただ、一言も記者と名乗ってないのに、情報提供料をたんまり取られた。


 3番目の被害者の家を出た頃には、辺りはもう真っ暗。時間は既に夜の10時。


 これで1日が終了、か……


 本当は選択肢を削除できたんだから違うんだろうけど、感覚的には時間を無駄にしてしまったんじゃないかって怖くなった。こうしないために、記者と名乗ることを泣く泣く辞めたのに、意味がないじゃないか、って思った。せめて何か1つでも、情報が得たかった。欲しかった。それは、記者として、生命の脅かされている者として。


「今日はもう休め」


 「えっ?」何の前触れもなく、ただ唐突にイチ君からそう言われた。だから、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「寿命吸われたせいで、お前の体力はどんどん落ちてる。あとは俺らがやっとくから、もう寝ろ。ちゃんと休んどけ」


 ガム噛みながらで少し粗暴だったが、繕いのない心のこもった一言だった。


 俺は「じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうよ」と返した。が、実際は分かってなどいない。正確には、いないようなもの。だって、彼の気持ちを、気遣いを無視したのだから。




 2人と別れた後、俺はここから30分ぐらい歩いた、駅の反対側にある24時間開いている図書館へ篭った。そして、様々な記事や文献を漁れるだけ漁った。だが、意識が飛んだ30分間以外一睡もせずにひたすら調べても、有益な情報は何一つ得ることはできなかった。


 そもそも俺らが相手にしてるのは、容態を忘れたり写真や動画に納めることのできない、我々の理解を超越してる特殊な存在。なのに今日初めて調べ始めた人間がそう易々と何かを得られるはずなどない。

 思い返してみれば、そんなことは容易に想像できたはずだった。だが、行動せずにはいられなかったのだ。記者として、生命の脅かされている者として——


 イチ君とトー君と待ち合わせ場所で再び顔を合わせたのは、別れる際に集合時間として決めておいた、朝の10時だった。




 合流した俺らは早速4番目の遺族の家へ。4番目の被害者は大林おおばやし香奈かな。15歳、女子中学生。受験生であったため塾に通っていたそうなのだが、その帰り道、近くのコンビニの監視カメラに映されていたのが生存確認が取れた最後だったそう。警察発表でもそうだったし、このファイルにも同じことが書かれているから、そうなんだろう。


「ん」


 声のした方を見ると、イチ君が俺の方に向けて手を伸ばしていた。


「……どうしたの?」


「ケータイ」


 「あぁ」俺はバッグから取り出し、手の平に置いて渡す。「サンキュー」操作し始めるイチ君。


 そういえば。「イチ君もケータイ持ってないの?」


「まあな」


 となると……「2人ともケータイ持ってないのに、どうやって連絡を取り合うの?」


「そんなの必要ねえよ」


 はい?


「何で?」


「そりゃあー、オレらはいつも一緒だからだよ」


「あぁ……成る程」


 ……え?


 いつも一緒なの、俺はそう訊こうとした。


 けど「あっ、ここですね」とトー君の声に遮られて、訊けず終いだった。声は、背中から。振り返ると、表札を見ていたトー君がその前に立っている。

 おっと。話すことに集中していた俺とイチ君は行き過ぎた分、少し駆け足で戻る。


 「被害者の方と同じ名前ですよね?」トー君は隣に来た俺に顔を向けて尋ねてきた。


「そう、みたいだね」


 資料にあった被害者の苗字と同じ“大林”と書かれた表札を目にして答える。

 下はグレー、上はクリーム色の壁に黒い屋根が乗っかった、ごくごく一般的な一軒家だ。


 格式高い茶色のドアがある玄関まで向かい、右側にあったドアホンに手を伸ばす。だが、トー君が「ここは僕に任せてもらってもいいですか?」と言ってきたので、引っ込めた。そして、場所を譲り、トー君がドアベルを鳴らす。ピンポーン、と高く響く音が鳴る。


「はい」


 ドアホンから女性の声が聞こえ、そちらを向く。機械が古いからなのか、声と一緒にザーという小さなノイズも聞こえた。


「私、香奈さんと昔同じクラスメイトだった佐藤と申しますが」


 「香奈と?」先ほどよりも少し高めのトーンで返された。


「ええ。家族の都合で引っ越したため遠方にいたのですが、亡くなったとお聞きして。遅ればせながらではございますが、もしよければお線香をあげたいのですが」


「はい。是非お願いします」


 「あっ。あとですね、祖父と弟も一緒なんですが、よろしいですか?」トー君の配慮に、イチ君は気に食わない表情をしながら小さく舌打ちをした。でもこれで、俺らがいても、中に入っても問題はない。


 「ええ、どうぞ。少々お待ちください」プツリと音声が切れる。


 うん、なんとも上手い口実を考えたものだ、と俺は感心した。今までに1度は苗字が“佐藤”という名の者と同じクラスになるだろうし、匿名で報道されてるから引っ越して遠方にいれば情報として入るのが遅れてるのもおかしくはない。優秀だな……ウチに欲しいくらいだ。


 ふと気配を感じ、キョロキョロと辺りを見た。やはり恐怖があるのか、どうも気になる。


「ああすまん、これ返す」


 ケータイを渡された。それじゃなかったが、とりあえず俺は受け取り、バッグに入れる。

 「あっ、イチ」そこで思い出したように、トー君は声をかけた。

 「なんだ?」片眉を上げながら応じる。


「ガム出して」


 「はぁ? なんでだよ?」眉をひそめるイチ君。


「決まってるでしょ。礼儀」


 「出たよ礼儀」と言いながらも、イチ君は「わーったよ〜」と愚痴っぽく怪訝そうにではあったけど、素直に銀紙へ吐いた。


 ちょうどタイミングよく、ガチャガチャと2箇所の鍵を回す音を立てて、扉が開く。

 出てきたのは、目元のくまが濃く出て顔色が悪く、気力もない女性。時間も割とあったはずなのに、すっぴんのままなのだから、その心境は相当だと察せられた。年齢的なことからも考えて、被害者の母親であるというのは間違いなさそうだ。


「初めまして」


 トー君が頭を下げて挨拶をする。それに続いて、俺とイチ君も。


 「どうぞ」玄関が大きく開かれる。入ってよしということだろう。


「失礼します」


 俺らは玄関の扉をくぐった。

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