資料にあった事件現場まであと少しというところで、ふと、もしかしたら知ってるのでは、と思いつく。いや、思い出すの方が近いかもしれない。

 で、早速「2人は人食い女って知ってる?」と、俺は思い切って訊いてみた。


 「なんだそれ?」反応してくれたのはイチ君。言葉と同じく、顔はキョトンとしている。


 流石に、か……でも、どこか期待を捨てきれていない自分がいるからか一縷の望みをかけて、試しに話を続けてみた。まあ、最悪到着するまでの雑談の1つだって思えばいい。


「大きなマスクをした赤い服の女が物凄いスピードで走って追いかけてくるっていう都市伝説」


 「あぁー……」虚空を見ているイチ君。何か心当たりのあるような、そんな反応だ。俺は思わず体が前のめりになっていた。


「この前のアイツ、そんな名前があったんだな」


 『この前』?


「もしかして……会ったの?」


 「まあな」ガムを膨らませるイチ君。

 「それで?」期待で胸が膨らむ俺。


 ガムが割れる。パンと軽い音の後、イチ君は「倒した」と話す。


 えぇっ!?


 「た、倒しちゃったの?」今度は俺がキョトンとしてしまう。


「まあな。チョー弱くてよ、あっという間だったわ」


「い、いつ?」とイチ君に尋ねると、イチ君は「いつ?」と流れ作業のごとくトー君に尋ねた。トー君はすぐさま「10日前です」と俺を見て、教えてくれた。


 やっぱり……パタリと出没情報が途絶えた頃と一致してる。どうりで探しても何の手がかりも見つからなかったわけだ。


 ん? 待てよ……ということは。「あれも怪異だったの?」


「いや。アレはただの妖怪」


 ただの、ではないと思うんだけど……まあその辺は本人の感覚次第のことだ。どう例えたって別にいいことだ。


 「じゃあさ」俺はサッと手帳とペンを取り出す。


「その時の話、聞かせてもらってもいい?」




 よしっ! 俺は手帳にペンを挟んで閉じ、バッグにしまった。

 これで今月号は大丈夫だ。人喰い女の記事はいくらでも書ける。


 イチ君はあまり良く覚えてなかったのだが、トー君が「結構記憶力いいんですよ」と事細かに覚えていてくれたおかげで、詳細かつ有益な情報を手に入れることができた。


 で、現場に着いた。なんとも、グッドタイミング。


 事件現場は空き地だった。住宅街の一角にあるため、そこまで広くはない。この風景を例えるなら、青いネコ型ロボットが主役のアニメによく出てくる空き地から、積み重ねられた土管を差し引いて、隅にプレハブ小屋を足したような、そんな感じだ。


 もう警察はいなかった。正確には、もういない、といったほうがいいな。

 最近警察では、捜査しても分からない場合、ある程度現場検証を終え次第撤収してしまう。こういう行為も、警察の敗北宣言としてみなされている要因の1つであったりする。

 ネットの書き込みやらマスコミやらから言われても、改善していないということは、本当にお手上げ状態なのだろう。だが、ここまでくると、もはや取り合ってないのではないかとか思ってしまう。一応捜査してるみたいだけど、あまり動向はない。仕事してるのか、と疑う人もいる。


 もう一度資料を開き、該当ページを見る。


 被害者はカネヤマサヤ。金色の金に山荘の山、で小さな夜と書いて、金山小夜。葉檬ようもう高校の2年、つまり、まだ17歳の女子高校生だ。


 遺体は仕事帰りに偶然見つけた近所の住人が発見したらしい。

 今回も当然白骨化はしているものの、服や装飾品などは全く古くなっていない。新品同様な物も中にはあったそう。いつもと同様だ。


「えぇっと……見つかったのはここみたいだね」


 俺はプレハブ小屋の裏に行き、慰霊の意味を込められてるであろう花束が幾つも置かれた陰を指をさした。

 資料によると、物陰に骨が散らばっていたそうだ。隠れるような感じにも見受けられたそうで、何者かから追いかけられてたのではないか、とここには書かれている。


 辺りを見回して、手がかりを探しているトー君。一方のイチ君は後ろの方で「ふぁぁぁぁ~」だるそうに大きな欠伸をした。


 それから発見現場以外のところも含め、空き地全体を手分けして調べてみた。だが隅々まで探してみても、何も出てくる気配はなかった。


 膝を曲げて探していた俺は振り返り、「そっちはどう?」と問いかける。だが、トー君は首を横に振った。ない、ということだな。


 「イチ君は? どう?」顔を少し横にずらす。近くで作業しているのだ。


「特に。なんもない」


 イチ君の愚痴に近い声色の呟きで、俺もトー君も曲げていた背を伸ばす。

 低い体勢でいたからか、伸ばす時に、パキッという小さな音と、小さな痛みが背中と腰に走った。これは寿命を吸われたことで起きたことなのかどうか知りたかった。


 「妙奇とか使ってもダメそう?」俺は2人の元に向かいながら、問う。霊感みたいなものだとしたら、俺よりも多少分かるんじゃないかって思ったからだ。


「分からない。分からないものは分からない」


 「ていうかな」ガムを新しいのに替えるイチ君。


「そんなに簡単に分かったらもうとっくの遥か昔に倒せてたよ」


 吐き捨てるような言葉に、俺は、はぁぁ、と心の中で深くため息をつく。多少は覚悟してたけど、言葉にして聞くとやっぱりな……


 「あのー」どこからか声が聞こえる。女性の声だ。

 振り向く。3人ほぼ同時だった。


 そこには、長い黒髪の女の子が立っていた。袖の長い青い服と、丈の長い白スカートを身につけている。髪が太陽の光で少しキラキラと輝いている。手には束になった花を持っている。


「サヤのお知り合いですか?」


 「えっ?」先に訊かれるという不意打ちをくらい、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「サヤとお知り合いなんですか?」


「あぁ……はい、そうです。近所だっただけなので、少ししか交流はないですけど」


 テロとか悲惨な事故じゃないから、ただの全く関係のない赤の他人が被害者に花を供えるというのは少し考えにくい。つまり、被害者と何かしらの接点がある可能性が高い。加えて、子と言えど高校生ぐらいの年齢に見える。もしかしたら、被害者と同級生だったかも——俺はそう思って、嘘をついた。

 だからか、胸の奥が少しキュッと締め付けられた。西の時から吐き続けてきた嘘にだんだん心苦しくなったきたのかもしれない。


「あぁ……そこのお2人はお孫さんですか?」


 「えっ?」またしてもつい反射的に。

 「えっ?」女子高生も同じ言葉を。

 「「えっ?」」最後はイチ君とトー君。


 気まずく流れる沈黙。


「……違うんですか?」


 そっか。目の前にいるのは、老人と少年と青年。別段、不思議な問いではない。ここで否定しても、何か他に良い案があるわけでもない。背に腹は、というやつだ。成るようになれ!


「そうです」


 少しだけ視線をイチ君とトー君がいる方へ向ける。2人とも目を見開いて俺を見ている。都合良くだが、まるで兄弟のように息がぴったり。


「2人とも近所にいて昔よく遊んでもらってたんですが、昨日亡くなったと聞き、花を添えに来たんです。な、イチ……郎?」


 なんで俺に振った!?みたいな顔をしながらも、イチ君は「う、うん。おじいちゃん」と柔軟に対応してくれた。棒読み感とぎこちなさ過ぎる笑みに関しては見て見ぬ振り。何であろうと、バレなきゃオッケー。問題ない。


「そうだったんですね。あっ私、エンドウアヤって言います」


 そうだ。まだ俺も名乗ってない。慌てて取り出し、「坂崎と言います」と名乗りながら名刺を渡す。


「記者さんなんですか?」


 そう言われると、俺はイチ君から軽く肘で突かれた。

 で、気づく。しまった……見た目の年齢的にもう働いてるなんて普通思わないよな、と。ついいつもの癖が出てしまった。


「え、えぇ……フリーでたまにやってます」


 こうして、嘘は重ねられていく。


 「その、エンドウさんは金山さんとどういった関係なんですか?」ある程度目星はついていたが、確認も込めて。


 「……友達、でした」俯いて話すその姿から、余程仲が良かったのだろうとすぐに分かった。


「中高一緒だったので、よく話したり遊びに行ったりしてました。途中まで同じ帰り道で、よく一緒に帰ったりも」


「ということは、昨日も?」


 俺の問いにエンドウさんはコクっと頷いた。これは何か良い情報が得られるかもしれない。


「もしお時間があれば、その時の金山さんの様子とかを聞かせていただきたのですが……」


 「え?」エンドウさんは戸惑いの表情を浮かべた。まあ当然と言えば当然のこと。


「どうしても真実を突き止めたいんです。彼女のためにも」


 こんなこと、信じてもらえる可能性は低い。だって記者だから。名乗る前ならまだしも名乗ってしまったのだから。人によっては記者なんて、他人を喰いものにしてる職業だと思われてるぐらいなのだから。

 そして何より今回は、俺のためでもあるのだから。


 だが、真実を突き止めたいという気持ちに嘘はない。それが自分だけではなく、彼女や今までの被害者の無念を晴らすためにでもあるということにも偽りは全くない。


 しばらく真っ直ぐ俺の目を見てきた彼女は「……分かりました」と頷いた。


「立ち話もなんなので、どこか座れるところにでも」


 俺はまず場所を移動することにした。彼女にとって、友人が死んだ場所でその友人の話をされるというのは苦痛であると思ったからだ。


 「では、大通りの方へ」トー君が代わりに声をかける。

 「はい」というとエンドウさんは振り返る。そして声をかけたトー君が横に行き、話始め、歩みを進める。


 俺もそれについていくと、不意に肩を叩かれる。振り返るとそこにはイチ君が。「よくやった」そのまま肩に乗せたまま、褒められた。

 「あ、あぁ……ありがと」突然過ぎて、俺はなんとも歯切れの悪い返事をしてしまった。


「まあそれはそれとして、だ」


 俺は肩をグイっと引っ張られる。同時に、イチ君が耳元に顔を近づけてきた。


「覚えとけよ」


 恐怖の一言をボソっと耳元を囁かれ、俺の足は進めなくなった。いや、進まなくなってしまった。


 イチ君は、というと、構わず気にせずテクテクと去っていった。

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