七
「妙奇人とは違うの?」
俺の問いに「あ?」と眉をひそめてから、イチ君はトー君を見た。
「話したのか?」
「うん、イチがいない間に色々と」
イチ君は顔を近づける。トー君も遅れて同じく。
「意味ねぇのにか?」小声でイチ君がトー君に。
「今回だけ言わないっていうのもアレだしさ」
「まあーそれもそうだな」コクコク頷きながら納得しているイチ君。
えぇっと……この距離だとさほど効果ないんだよね。
だからさ、コソコソ話が丸聞こえというかもうこれコソコソ話というよりかただの会話と化してる。となるとさ、なんかハブられてる感凄いんだよね……
まあ、数時間前に知り合ったただの部外者だから仕方ないか。うん、仕方ないな。
イチ君は体勢を戻し、俺の方へ視線を向けると、「ここに来る途中で刀のことは話したよな」と確認に近い問いを投げかけた。
「確か、怪異を倒せるのはアレしかないんだよね?」
「そうだ。だけどな、使いこなせるのは特に妙奇が強く、特定の限られた奴のみなんだわ。で、そういうセンスのある奴のことをまとめて“妙奇シ”って言うの」
自画……自賛?
「その、妙奇シっていうのはどう書くの?」
面倒くさそうな表情をする。そして、頭をワシワシ掻きながら、イチ君は「知らん」と一言。
えっ?
「『知らん』?」
「俺さ、字書けねぇの。だから、どう書くのかとか聞かれても分かんねぇ」
予想外なベクトルからの衝撃的な一言を浴びせられ、俺は思わず目を丸くする。
「学校とかで習って……」
「行ってねぇよ」食い気味。
「……義務教育は?」
「ウマいのか、それ?」漫画にありそうなセリフを吐くイチ君。
一瞬困ったが、横から「妙奇人の人をサムライに変えてください」とトー君が代わりに教えてくれた。
「サムライ?」侍、かな?
「士農工商のし、です」
あっ、“妙奇士”か。
「つまり、トーが分からないことも、妙奇の強いオレには分かるってワケなの。納得?」
納得。でも同時に、新たな問いが湧いてきた。というか、確認だ。
「5日で見つかるんだよね?」
「さあな」
「えっ!?」
声はさほど大きくないものの、まさかの反応に俺は心から驚きの声を上げた。てっきり「大丈夫」って言ってくれると思って、俺、期待してたんだけど……
「いや……でもっ、あそこでは簡単だって」
「倒すのが、だ。見つけるのはまた別問題」
そんな……再び不安が体を包み、恐怖が執拗に襲ってくる。
「まあさ」最後のひと欠片を口に投げ入れるイチ君。小さかったためか、ほとんど噛まずに飲み込み、片方の口角を上げて、続ける。
「心配すんなって。オレたちが助けてやるよ、ゼッテーにな」
俺は感じた、幾つもの戦いや修羅場を今まで乗り越えてきた者だけが持てる余裕さを。
同時に思った。幽霊でも妖怪でもない怪異を倒せるのは、そして俺を救ってくれるのはこの2人しかいないと。
「だけど」イチ君のそのセリフにびくりとさせられる。まだ何か不安材料があるのか?
「オレらの頼みは聞いてくれよ。じゃなきゃ、助けられるもんも助けらんなくなる」
ああそういうことね。「わ、分かった」
それくらい、というかもちろん当然、協力する。俺にできることであればなんだってする気概でいる。
「よしっ! なら、早速1つ目頼むわ」
なんだろうか……ちょっと緊張しながら待っていると、イチ君は俺に手を伸ばしてきた。
「もうちょい食べたい」
えぇー……まだ食べんの?
「くぐぅあぁーぐぅぅぅ……くぐぅあぁー」
再び買いに行って、たらふく食べたイチ君は現在爆睡中。瞼を閉じ、口を開けっ広げにし、大量のバーガーが入れられた腹を膨らませたりしていた。とは言っても、あれだけの量が体内に消えたはずなのに、そこまで膨らんではいないように見受けられた。
どこに消えてるのだろうか。胃の中にブラックホールでもあるのだろうか。
「僕、怪異について疑問に思ってることがあるんですよね」そんなイチ君に構わず、話を切り出すトー君。
「疑問?」俺もそれに乗っかる。
「発見された場所についてなんですが、順番が少し……ケータイを少し貸していただけますかね?」
えっ?
「持ってないの?」質問の仕方からして、そうだと容易に推測できた。
「はい」
「ちょっと待って」俺はカバンからケータイを取り出す。今の子は皆持ってるとばかりに思っていた俺は、特にトー君のように少なくとも大学生であるような人は持っていると勝手に思い込んでいたちょっとばかし驚いた。人の普通は当たり前じゃないな……
「はい」ロックを解除し、トー君に渡す。
受け取り、何やら入力している。ケータイが使えないわけではないのか……トー君は少し操作してからとあるサイトを見せてきた。即白骨が見つかったところをまとめてある個人サイトだった。
「えぇっと……あっここです」
トー君が指をさしたのは、発見された場所が時系列順になっている表である。
「おかしくないですか?」
「……どこが?」恥ずかしながらさっぱり分からなかった。
「新宿の次が館山で次が渋谷ってとこがです」
「……うん」未だいまいちピンとこない。
「これが新宿、渋谷、館山なら分かるんです」
あっ! 少し刑事ドラマっぽい推測法だけど、聞いてみなきゃ分からない。俺は尋ねてみる。
「もしかして、わざわざ近場の渋谷を飛ばして、館山を間に挟んだってことには何かしらの理由があるってこと?」
「はい」
当たった。確かに距離的にはかなり離れており、移動面や手間を考えれば、あまり合理的であるとは言えない。
まあそもそも、その怪異が合理的な行動をしないとも考えられるのだが、そんなのは俺の勝手な想像であり、遥かに経験値のあるトー君がそういうのだから、この並び方はおかしいということなのだろう。
でも、もしそうだとすると、1つ不自然な点がある。
「警察の発表では被害者の共通点は即白骨以外見当たらなかったと言っていたはずだけど」
「確かにそれが問題なんですよね……」
トー君は顎に手を当てて、悩み始める。「うーん……」と唸りながら、次第に頭が下がっていく。だが、それはものの数秒のことだった。何かを閃いたような開けた顔を上げて、「そういえば」と俺の顔を見てきた。
「坂崎さんって記者なんですよね?」
「あ、あぁ……そうだよ」
「まだ公になってない情報や重要性の優劣によりネタとしてはあるけど載せてはいないみたいなのってありませんか?」テーブルに少し身を乗り出しながらトー君は訊いてくる。床に固定されてないからか、ガタリと少しこちらに動いた。
「ど、どうだろう……そもそも俺の担当じゃないからね」
「知り合いにいないのかよ」
えっ?
主はトー君ではない。口が動いてなかった。それに声は確実に……
「担当の奴に、知り合いとかいないのか」
今度はちゃんと目視した。目を閉じているイチ君の口がパクパクと動いたのだ。
「ふぁぁーぁぅ」思いっきり伸びをしながら、欠伸をするイチ君。
「寝てなかったの?」トー君の問いに「起きたら聞こえたんだよ」と続け、イチ君は「でさ、いるの? いないの?」と片眉を上げながら俺に質問してきた。
「いる、同じ編集部の西ってやつが調べてる。後輩だ」
「なら、好都合じゃねえか」
イチ君は両腕をテーブルに置き、前かがみになる。
「そいつから貰ってきてくれよ」
さも当然かのように普通に話すイチ君に俺は「……はい?」と聞き返した。
これで何度目だろう、聞き返すのは。
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