「それじゃあ早速」


 イチ君はバーガーの包み紙をめくった。

 中から姿を現した瞬間、顔からは笑みがこぼれ、今にも落ちそうなほど。同じく目の前には落ちそうなバーガーが山積みになっている。ひとたび衝撃が加われば、瞬く間に崩壊するだろう。

 めくる度に、背中でカチャカチャ音がする。あの、刀だ。金の鞘にしまい、さらに黒い竹刀袋に入れてはいるものの、背中にかけたままだからか金属音が響いてくる。イチ君はなぜか下ろさない。邪魔じゃないのだろうか。


「いっただっきまあ〜す!!」


 イチ君は小学1年生の給食時間のような大声を上げ、そのままのデカい口で食べ始める。

 一方、トー君は「いただきます」と手を合わせて軽く礼してから、まずシェイクを一口。


 俺は、食事をする気分ではなかったので、Sサイズのホットコーヒーだけ注文した。まだ6月なので、アイスという気分ではなかったし、それになんだか体が冷える気がしたのだ。もしかして、これも歳のせい?

 俺は白いプラスチックの蓋を外す。カポっという空気が一斉に抜ける軽い音とともに、閉じ込められた湯気が一斉に立ち上っていく。

 口元に運び、一口。いつもは気にならぬ苦味がなぜか今は強く感じた。




 あの後、俺は警察に通報した。「白骨遺体を発見した」とだけ。「怪物が女性の寿命を吸った」なんていう荒唐無稽過ぎる話、警察が信じてくれるわけない。それどころか、俺が疑われかねない。

 おそらく今頃は、大勢の警官が現場検証をしているだろう。


 あの女性には申し訳なかったが、とりあえず俺らはその場を後にし、すぐ近くの公衆電話から通報した。ケータイからしたら一瞬で身元がバレて、これまた疑われかねない。そうじゃなかったとしても、動きを制約されるし、何より年齢と顔つきが、免許証とかと一致しない。


 通報後にイチ君が「腹減った」というので、俺はお礼をするため、本音は2人が何者か探るため、飲食店を探すことに。

 だが、時刻はもう既にてっぺんを超えていた。0時過ぎ。こんな時間でもやってる店はかなり限られてくる。

 イチ君に「敬語は堅っ苦しいからやめてくれ」とか言われながら探し歩き、やっと見つけたのが24時間営業ハンバーガーショップ。ここなら時間を気にせずじっくりと色々な話が聞けるだろうけど、お礼の割には……と思った。だけど、2人ともハンバーガーが好物でむしろここがいいと、まさかの願ったり叶ったり。


 でも、思いの外イチ君が食べるようで大量のバーガーやサイドメニューを注文することになり、多少の高級店と変わらない値段を払うことにはなった。でも本当にお礼をしたいって気持ちはあったから、不満とかそういうのは全くない。むしろ、あったら恩を仇で返すようなもの。失礼だ。

 そうして、俺も含めた3人でソファと椅子の2種類がある席に着き、イチ君とトー君はソファ、俺は椅子に座った。




 あっそうだ。俺は慌ててコーヒーをテーブルに戻し、隣の空席に置いていたバッグからペンと手帳を取り出す。

 忘れたらシャレにならない。2人が食べている間にとりあえず知り得た情報だけでもメモっておくことにした。いつもの如く、草稿調で。


 ——刀の少年の名前はニノマエで、本の青年はツナシ。(ちなみに本人たちが呼ばれ慣れている「イチ」と「トー」で呼んでくれと言うので、君付けで呼び、以下もそのように記す)

 2人は“怪異かいい”という、この世にいるあのような怪物を倒すため、日夜様々な場所に赴き、撃退しているそう。だが全てが全て、先程見た怪物ばかりでは無く、それどころかトー君曰く「基本的には害のない怪異ばかりです。中には人間を怖がっているのさえいるくらいで」、らしい。


 次に武器について。

 怪異を倒すには、イチ君の持っている特殊な“刀”が必要で、トー君が使っていた緑表紙の“本”はあくまで戦況を有利にしたり、先程のように危険物を破壊・除去したりすることが可能なだけで、倒すのは無理らしい。(他にも用途があるそうだが、まだ訊けておらず不明。タイミングを見計らって、他の疑問点と一緒に忘れずに質問し、追記しておくこと)

 本は刀と違って誰でも使えるそうなのだが、見せてもらったところそこに書かれている文字は日本語や中国語、英語などの類いではなく、象形文字にも似ている未知の言葉であった。そのため、そもそも読むことすら不可能で、必然的に読める人間は限られてくると思われ——


「ごちそーさん」


 ……ん?


 まだ途中だったが、違和感ありありな言葉を耳にし、思わず顔を上げる。イチ君の前にあったトレーが先ほどとは異った様相を見せていた。

 無いのだ。あれほど山積みにされていたバーガーが姿を消している。正確には、中身だけ行方不明の包み紙が乱雑に無造作に置かれて、今はもうトレーにはスペースしかなくなっていた。


「やっぱっ美味ぇーな〜」


 いやいやいや。えっ、だってあんなにあったんだぞ!? 確か……そうだ15個。


「あー食べ足りなねぇー!」


 次々と衝撃発言を繰り返すイチ君は、体を背もたれにつけようとする。

 だが、刀がそれを阻む。イチ君は少し煩わしそうに竹刀袋を横にずらし、改めて背をつける。いやだから邪魔ならおろせばいいのに……


 「よく食べられるね、相変わらず」トー君は呆れ顔を向けた。手には包み紙から顔を出し、半円形にくりぬかれたバーガーが握られている。さっき、相変わらずって言ってたけど、ということはいつもこれくらい食べるのか。


「仕方ねぇだろ? 減るもんは減るんだ」


「減るっていうか、お腹にたまらないことを言ってるんだけどね」


 正直、どこにでもいる普通の友達同士の会話だ。さっきまで怪物と戦っていたのが嘘のよう。意識してないと忘れてしまいそうになる。


「なー、もうちょい食べちゃダメか?」


 「ちょっとイチっ! 少しは遠慮しなよ」間髪入れず、トー君が止めに入る。


「だってよぉ〜腹が減ってんだよ〜」


 足をバタつかせるイチ君を横目に、俺はテーブルの下でこっそりと財布を取り出し、開いた。うん、まだ大丈夫そうだ。


「それじゃあこれで好きなのを」


 細かいのがなかったので、1万円札を差し出す。


「マジっ!? お前、いいヤツだな!」


 イチ君は軽い足取りでレジのある1階へ走って行く。階段を1段飛ばしで「ひゃっほーいっ!!」と叫びながら。満悦しているというのは十分に伝わってくる。


 「すいません……」と重い面持ちで頭を下げて謝るトー君。


「いいんだよ。2人には助けてもらったんだからこれぐらい」


 俺は置いていたペンを再び手にする。


「それより、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」


「僕に答えられることであれば」


 よしっ! 思わずペンを握る力が強くなる。


 次のまだ何も書かれていないページにペン先を向ける。先ほどのページにはまだ余白がある。だけど、まだ書き終えていない。それに、質問の追記をする用に残している。だから、このままにしておく。


「ああいうのを“怪異”って呼ぶのは分かったんだけど、一個体ずつに名前はあるのかな?」


 あれば、区別のためにも把握しておくため、追加で尋ねようとした。だが、そう言い終えたところで、なんともざっくりとした質問になっていることに気づいた。俺は分かりやすくするために、適当に思いついた「妖怪で言うところの、ぬらりひょん、みたいな」と例を付け加えようとした。


「妖怪で言うところの、ぬらりひょん、みたいなことですか?」


 心を読んだかのような一言に、俺は思わず「う、うん」と歯切れの悪い返しをしてしまう。

 それを聞いたからなのか、トー君は少し頬を緩めると、「ありません」と断言。


「“怪異”という名称も、幽霊や妖怪と区別するためだけに僕とイチで付けた総称です」


 えっ?


「ちょっ、ちょっと待って。区別ってことは、幽霊や妖怪とは違うの?」


「厳密に言うと、そうですね。まあ、殆どは一緒だと思ってもらって大丈夫なんですけど」


 幽霊などとほぼ同じ、っと。俺はメモる。


「そのー……違う部分、ていうと例えばどんなのが?」


「そうですね……例えば怪異は基本的に、“ミョウキ”がないと視ることができません」


 「ミョウキ?」聞き慣れない言葉だ。


「奇妙という字を逆にして、“妙奇”です。簡単に言うと、怪異版の霊感です」


 シェイクを一口飲むトー君。頰が内側へ少しへこむ。

 「基本的に、とはどういう意味?」と続けると、トー君はストローから口を離し、「霊感と幽霊の関係と同じです」と答えてくれた。


「というと?」


「霊感のない人でもタイミングによって幽霊が視えたり視えなかったりしますよね? 同様のことが怪異に関しても起こり得るんです。まあ、あるとはいえ怪異を視るのは幽霊を視るよりも遥かに稀なことですし、仮に視たとしても幽霊や妖怪の類だと思われちゃいますけど」


 ここまで聞いて、「そういうことか……」と俺は昨日のタクシーのことが腑に落ちた。

 タクシーからあの女性を見た時に誰もいないと思ったけど、彼女には見えていたのか。そして、あの路地裏。突然俺の後ろに怪異が現れたのにも納得がいった。


「他には?」


 俺は怪異は妙奇がないと見られないということを急いで書き記し、質問を続ける。


「人は怪異について忘れます」


「……どういうこと?」


 すると、腕にしていた時計を見て「そろそろかな」と小声で呟きながら頷くトー君。そして、俺の顔を目を見て、「さっき見た怪異を誰かに説明するとしたら、どう表現して伝えます?」と訊ねてきた。


「えぇっと、確か……」


 アレ? な、なんでだ? 思い出せない……

 その時に抱いた恐怖とか何かを見たっていう感覚はちゃんと覚えているのに、どういうわけか大きさや見た目がどんなだったのかがどうしても思い出すことができない。


「思い出せませんよね?」


 またしても心を見透かされたように言われ、俺は「うん……」と自然と口から言葉が出る。


「でも、それが当然なんです」


 俺は身を乗り出さん勢いで、その先を聞き入る。


「どんなに忘れないであろうという見た目であっても、一定時間経過すると必ずんです。正確には、時間の経過とともに記憶が薄れていきます」


 あぁ、そういうことか。

 姿を忘れるのであれば、目撃者が他の誰かに伝えようにも伝えることなどできない。それに、そこが伝えられなければほぼ当然信じてもらうことなど無理な話だし、もしかするとただの悪夢か何かを見たのだと誤認されてしまうかもしれない。最悪、法螺話と思われてしまうかも。

 でも、裏を返せば記事にはできないということ。体験談など信ぴょう性のあるものを書くことができない。

 困った、一体どうすれ……あっ!——俺は慌ててバッグに手を入れ、ガサゴソと探す。


 「どうしました?」眉を上げて、こちらを見ているトー君。


「実は室外機に隠れている時、動画撮ってたんだ。ちゃんとここに姿は収めてたから映って……あった!」


 ケータイを取り出し、写真ホルダーから、先ほど撮った動画を選択する。真ん中に出たマークをタッチし、再生を開始する。


「……えっ?」


 だが映像には、イチ君とトー君しかいなかった。肝心の怪異らしき姿が全く一切映っていないのだ。


 もしかしてケータイが壊れてるのか? 俺は裏や下側などケータイ全体を見回す。


「壊れてませんよ」


 「えっ?」俺は顔を上げてトー君を見る。


「ケータイのせいじゃありません」


 トー君はメガネのテンプルを持ち、正しい位置に整えた。


「怪異は、んです、何にも」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る