第二十四話 王座

(1)

「えいっ! えいっ! えいっ!」


 雪野原の上に小気味いい掛け声が響き、白い息を吐きながらレクトが一心に木の棒を振っている。


 先に屋敷を訪うた騎士団にすっかり入れ込んだレクトは、子供心に騎士としての素養を備えたいと考えたんじゃろう。それは願ったり叶ったりじゃ。修身を身上とする騎士には、礼節、英知、忍耐、献身、体力、剣技など、たくさんの素養が要求される。その全てを満たせぬとて、学んだことは生き方に必ず活かせるゆえな。


 幼いレクトには、小難しい修身の話などまだまだ先の話。それよりも、力を付け、その力を修める剣技を先に試した方がよかろう。相手に勝つための剣技ではなく、己の力を律するための剣技じゃ。テオがおれば喜んで鍛えてくれるじゃろうが、今の住人では対応が出来ぬ。それゆえスカラの学長に頼んで、棒術の授業を受講させてもらうことにした。学年に応じて持てる棒の長さと重さが変わる。上達度によって先々剣のコースに進むかそうのコースに進むかを選べるが、初等科のうちは扱う上で危険の少ない棒のみじゃ。


 受講に合わせてレクトのクラスを二つ下げた。年長者ばかりのところでは、意地っ張りのレクトが二つの呪文を使いにくいからの。しかれど、年を合わせて一番下に置いてしまうと心の幼い子に呪文が通じぬおそれがあるゆえ、一つ上くらいが妥当じゃろうと。学長と意見が一致した。それが功を奏したのか、はたまた棒術の授業が肌にあったのか、レクトにはぽつぽつと友達が出来るようになった。相変わらずすねたりひねくれたりは出るが、以前に比べるとずっと自制が効いておる。


「竜に使えた呪文じゃ。それなら、他の誰にでも使えるじゃろ」


 以前なら、死んでも口にするものかとレクトが心底嫌っていた二つの呪文。少しずつではあるが、それが口から出るようになった。そして、出た分だけ友達が増えて行く。な? 嘘などではなかったじゃろ? はっはっは!


 それよりも、驚いたのはレクトの棒術に対する熱意じゃ。初級は対戦がなく、まだ型だけなのじゃが、授業の始まりから終わりまで集中しておるそうで、とても上達が早い。練習にも極めて熱心に取り組んでおって、寸暇を惜しんで外で型をさらっている。指導教師が感心して、生徒の前でレクトに何度も模範演技を披露させたそうじゃ。それで天狗になるならそれまでなんじゃが、レクトはもっともっと上を目指したいらしい。慢心が見られないと、教師がとても褒めておった。


 わずか一月ひとつきで初級の型を全部覚え切ったレクトは、初級の子の補助をする条件で、中級の型に挑むことになった。中級からは対戦があり、棒の長さや重さも増すゆえ、レクトはますます練習熱心になっている。


「うーん。男の子って、すごいなあ」


 ソノーが、一心不乱に練習に励むレクトを見て感心している。


「はっはっは。まあ、何がきっかけになるか分からぬ。くだらんやつに騙されるのは悪いきっかけじゃが、騎士を見て憧れるのは良いきっかけじゃ。それはしっかり活かした方がいいじゃろうて」

「そうですね。でも……」

「うん?」

「なんで、マルタさんが相手しないんですか?」


 ソノーのように考えるのが当たり前じゃろうなあ。


「マルタではなく、テオなら相手させるがな。マルタではだめじゃ。あいつもよく分かっておる」

「え?」

「遊びなら良いが、レクトの取り組んでおるのはあくまでも修練じゃ」

「はい」

「修練には目的があり、それを達成するために努力を重ねる」

「そうですね」

「つまりな。そこには『べき』がある」

「べき……ですか」

「そうじゃ。修めることに意義を置いてしまう。マルタは、それを芯から嫌っておる」

「へえー」


 ソノーが、変なのという顔で首を傾げた。


「どうしてでしょう?」

「あいつは、風じゃからな」

「風、ですか」

「どこから吹いてきて、どこに吹き寄せるか。それは風自身にも分からぬ。そういう考え方は、必ずしも生きやすさには結びつかぬ」

「あ……」


 窓外に目をやる。寒風に混じった粉雪が、時折きらきらと日差しを輝かせながら自在に舞い踊っている。私とソノーは、それをじっと見上げた。


「大人のマルタはそれでいいんじゃよ。それはあやつが選び取った生き方じゃ。誰にも口出しは出来ん。じゃが、レクトはまだ固まっておらん」

「そっか。下手にマルタさんが手を出すと、マルタさんの影響を受けてしまうってことか」

「その通り。何もかも自分で決められるということは、その責任も全て負わねばならん」

「はい」

「お主やレクトが運命や試練を自力で乗り越えられるようになれば、生き方の選択肢の中にマルタのものも入るじゃろう。じゃが、今はまだ無理じゃ」


 ふうっ……。小さく溜息をこぼしたソノーが、もう一度レクトを見つめる。


「そうですね」


◇ ◇ ◇


 山も村も深い雪に埋もれるようになって、スカラが冬休みに入った。雪が薄くなるまで友達と会えなくなったソノーとメイは、とても寂しそうじゃ。じゃがレクトだけは、日がな一日棒術の訓練を続けていた。

 型は、まず対戦相手に敬意を表する所作から始まり、仕合いを模した型を披露し、最後に相手に謝意を示して終わる。礼に始まり礼に終わるその流れを、レクトはきちんと理解しておった。さらに、重さも長さも増した中級用の棒を自在に扱えるようになっていた。


「ううむ、やりよるのう。ほんにあやつには合っておるようじゃな」

「そうだね」


 アラウスカも、レクトの凛々しい練習姿に目を細めている。


「武術には、どうしても荒くれるところがあるんだけど。レクトは大丈夫そうだね」

「まだ対戦が始まったばかりじゃからな。この先どうなるかは、まだわからぬ」

「相手がいると、かっとなることもあるか」

「お主のようにの」


 ばつが悪そうに苦笑したアラウスカが、レクトに目を戻した。


「まあ、先回りして心配したところで始まらん。今は出来るところまでやらせよう」

「はっはっは。そうだね」


 その時。上空でホークが何度か大きく旋回するのが目に入った。アラウスカもそれに気付いたんじゃろう。空を見上げて顔をしかめた。


「三世が崩御ほうぎょしたみたいだね」

「すぐ幼帝即位ということになるな」

「ああ」


◇ ◇ ◇


 案の定。親書を携えた王妃からの使者が、早馬を飛ばして屋敷を訪ねてきた。長く伏せていたテビエ三世が亡くなったと。王が生存しておる間は執政官が執務を代行出来るゆえ、普段王座が空いていてもそれほどの対外影響はない。じゃが、身罷みまかったとなれば話は別じゃ。

 国情の安定している国であれば、皇太子が葬儀を仕切り、その後新王として即位ということになろう。じゃが、ルグレスでは王家の求心力が極めて乏しい。王不在の状況がどのような謀反や騒乱をもたらすか判らぬ。それゆえ、前王の退位申し出を受けて息子のカルムがテビエ四世として即位し、新王による統治を宣言、周知したあとで、前王の死去を公表して葬儀を執り行うしかない。順序を逆にせざるをえないのじゃ。


 王妃としてはもう少しカルムの成長を待ち、機が熟してから即位ということにしたかったのであろうが、そうは言っておれなくなった。即位式には、王宮の重臣だけでなく国内の主要諸侯が顔を揃える。そこで新王への忠誠を誓わせねばならぬ。しかれど前王が碌でなしじゃったから、その場で反旗を翻す者が現れるやもしれぬ。いかがすればよかろうという悲痛な問い合わせであった。

 庶子レクトの黒幕はすでに排除したゆえ、お家騒動の勃発はないはずじゃ。されど反乱発生の素地は常にある。即位式を無事乗り切れるかどうかが、極めて重要になる。


「仕方あるまい。出向くか」

「即位式にかい?」

「そうじゃ。レクトの今後のこともあるでの」

「えっ?」


 アラウスカが目を剥いて驚いている。


「大丈夫かい?」

「王家のことは王家の中で片付けてくれ。私は一切知らん。じゃがレクト自身に踏ん切りを付けさせぬと、あやつがまた曲がりかねん」

「……そっちか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る