第16話黒い影

16〈弓矢、神経毒の塗られた矢や火矢が飛んで来る。フィナンシェの警護の指揮を執る騎士隊長〉


「フィナンシェ様の馬車をお護りするのだ!お前達は市民を闘技場に避難させろ!」


「はっ!」


〈騎士隊長はふと餡先生に目をやる〉


「(あそこも危険か)怪我人を運べ!」


〈騎士達の手当をする餡先生の近くにも矢が飛んで来る〉


「餡殿!そこは危険です。怪我人は運ばせるゆえ餡殿も避難を」


「ダメ、今この手を離したらこの人…」


〈餡先生は怪我人の手当てを続ける。火矢が飛んで来る〉


「いかん!」


〈餡先生めがけて飛んで来る火矢を騎士隊長が払い落とす〉


「早く避難を!」


〈餡先生が診ている怪我人を騎士達が運ぶ。餡先生は手を離さず一緒に移動する。その時一本の矢が飛んで来る。サッと餡先生の後ろに立って騎士隊長が庇う。鎧に弾かれ落ちる矢〉


「さあ、早く避難…を」


「騎士隊長さん?」


「私は…大丈夫…だ」


〈無理に笑って見せる騎士隊長。餡先生が背中に回ると矢が刺さっている。騎士隊長は崩れるように膝をつく〉


「すぐに処置しますから」


「私に構わず、避難…を」


「誰か!騎士隊長さんをお願いします!」


〈騎士達に支えられ歩く騎士隊長の手当てをしながら餡先生も一緒に移動する〉


「餡殿…私に…構わず…行かれよ」


〈その時何本もの矢が飛んで来る。騎士隊長は餡先生を抱き締めるように庇い矢を受ける〉


「くっ…怪我は…無い…か?」


「大変、早く手当てしないと」


「ここは危険です、隊長を安全な場所までお連れしますので」


「お願い、手当てを、手当てをさせて」


「私は…大丈夫だ」


「何が大丈夫なもんですか?!こんなに…」


〈目に一杯涙を溜めている餡先生〉


「私の為に…こんな…」


「貴女が倒れたら…大勢の怪我人は…どうなります?」


【闘技場】


〈市民達が避難している。一角に怪我人を治療する場所が出来ている〉


「餡先生!早く!早くこちらへ!」


〈怪我人が集められている所へ早足で行く餡先生〉


「重症の人から診ます」


「お願いします」


〈しばらくすると騎士が息を切らして飛び込んで来る〉


「隊長!わかりました!敵は軍隊です。あれは、あれは確か、ザッハトルテ軍かと」


「わかった!」


〈騎士隊長は立ち上がり動こうとする〉


「ダメです!動かないで!毒が回りますから」


「しかし」


「隊長!」


「撃退する!」


「止めても行くのね。無理しないで、無事に帰って来ると約束してください」


「約束…(しかしこの命フィナンシェ様に捧げた物…)」


「私はこの人達の治療をします。無事に帰って来てください」


「約束…いたす」


〈くるりと向きを変えて行く騎士隊長〉


「待って!」


〈騎士隊長は餡先生の言葉に振り返らず立ち止まる〉


「この精油を塗らせて…これで良いわ。残りは持って行ってください。傷口に塗ってくださいね」


「…了解した。すまぬ。後は頼みます。参るぞ!」


「はっ!」


「お願い、必ず帰って来てください(死なないで)」


〈騎士隊長は背中を見せたまま頷き、そして行く〉


【ザッハトルテ公爵の屋敷】


「失礼致します」


「入れ」


〈将校が入って来る〉


「公爵様、ヴェネツィーの街は大騒ぎです」


「それで、あの忌々しい小娘はどうした?」


「それが、騎士達の守りが堅く殺すのは無理かと」


「誰が殺せと言った!殺さずに私の元へ連れて来い」


「はあ、しかし、ああ守りが堅くてはそれも中々容易ではありません」


「まあ良い。こちらも今の兵力では難しいのはわかっている。だが、魔物を使い騎士の数を減らしたところで攻め込めば勝ち目は有る」


「はい、さようで」


「フッフッフッ(フィナンシェよ、愛しいフィナンシェ。私の妻にしてくれと泣いて頼むが良い)」


「では、私はそろそろアレを召喚するとしよう」


「お前は祈祷師か?魔道士か?どちらだ?」


「はい、公爵様。今のは私の中に居る魔道士です」


「そうか。まあ、どちらでも良い。アレでも何でも早く召喚しろ。ヴェネツィーなど廃墟にしてしまえ!これからは我がザッハトルテが王都となるのだ!ハハハハハハハ、ハッハッハッハッ」


【ヴェネツィーの街】


「敵軍が引き上げて行くぞ!」


「今のうちにフィナンシェ様を城内へ!」


「はっ!」


【王宮】


〈騎士達に護られてフィナンシェの馬車が帰って来る〉


【フィナンシェの部屋】


「市民は無事かしら?」


「はい陛下。皆闘技場に避難させました」


「まあ、酷い怪我。早く治療を」


「ご心配には及びません…この程度」


「本当に大丈夫なのですか?」


「はい、フィナンシェ様」


「では手当てをして、貴方も休んでください」


「お心遣い痛み入ります」


【廊下】


〈フィナンシェの部屋から騎士隊長が出て来る。しばらく歩き曲がった所で立ち止まる騎士隊長〉


「くっ…」


〈バタッと鎧の音を立てて倒れる〉


「騎士隊長殿!ティラミス伯爵!!」


【闘技場】


「騒ぎは収まったな」


「お腹空いた」


「母ちゃんの屋台が無事だったら、何か持って来てやるよ」


「団ちゃん、まだ危ないわ」


「俺も一緒に行くニャ」


〈餡先生と光の神が怪我人の治療をしている。一人の騎士が走って来る〉


「越野餡殿!越野餡殿!はっ、こちらに居られたか。すぐに城へ」


「ここは私一人で大丈夫です」


「お願いね、光君」


「お兄ちゃん。私も手伝うわ」


【王宮のティラミス騎士隊長の部屋】


〈餡先生は部屋に入ると早足にベッドに向かう〉


「酷い熱だわ」


「隊長が持っていた薬を傷口に塗りましたが」


「効果は有ったみたい。でも、この熱を下げないと(細菌と戦っているのだわ)汗を出させた方が良いわね(ラベンダーとサイプレス。それに…ベルガモット)」


〈餡先生はオイルに精油を混ぜてティラミス伯爵の胸に刷り込む〉


「背中に塗りたいのですけど、向きを変えてくださいますか?この大きな身体、私一人で動かすには重くて」


「了解しました」


「良いか、行くぞ」


「良し」


「それっ」


〈騎士達が二人がかりで騎士隊長の身体の向きを変える〉


「ありがとう」


〈餡先生は騎士隊長の背中に精油を刷り込む〉


「(この熱が下がらないと…)お願い、下がって」


【ヴェネツィーの街】


〈猫魔と栗金団が闘技場から出て大通りまで歩く。人っ子一人居ない〉


「凄い有り様だな…こんなんで母ちゃんの屋台は無事なのか?」


「行ってみるニャ」


「待ってーーー」


「シイラニャ」


「私も行く。猫まんまと一緒なら怖くないもん」


「んじゃシイラの屋台に先行くか」


「え?良いの?」


「屋台が心配で出て来たんだろ?」


「うん、ありがとう」


【シイラの屋台】


「こいつぁひでーな」


「皆んな燃えちゃってる…闘技場に避難してる人達に何か食べさせてあげたかったんだけど、これじゃ無理だわね」


「魚が…影も形も無いニャ」


「団ちゃんちの屋台は無事だと良いね」


「ほんじゃ行ってみるか」


【栗金時の屋台】


「おおっ!」


〈屋台が見えて来ると栗金団が走る〉


「おほっ、無事だ!奇跡的に無事だぞ!」


「目の前にフィナンシェちゃんの馬車が有ったおかげニャ」


「そうか!騎士達が必死に守ってたもんな」


「どうする?」


「屋台ごと闘技場まで運ぶか。猫魔手伝ってくれ」


「了解ニャ」


「時おばちゃんは?」


「闘技場に避難してる」


「じゃ、行こう!」


【王宮のティラミス伯爵の部屋】


〈餡先生はベッドの横に座り熱にうなされている騎士隊長の手を握っている〉


「(こんなに大きな身体だからもっているのだわ。女性や小さな子供ならもう…お願い頑張って。死んじゃだめ)」


「うっ…うう…」


「汗が出て来たわ」


〈餡先生は冷たいタオルで騎士隊長の顔を拭く〉


「お願いします。手伝ってほしいの。着替えさせたいんです」


「了解しました」


「下着も全て取り替えてください」


「わかりました」


「良く身体を拭いてあげてくださいね」


「え?はあ…」


「良いです。下着を取り替えたら私を呼んでください。やりますから」


「はあ」


「良し、やるか。隊長、しっかりしてください。服を替えますからね」


「失礼致します。私にも手伝わせてください」


「子供には無理だ。お父上に顔を見せて差し上げてくれ。少しは元気になられるかも知れん」


「隊長、パンが来ましたよ。ご子息ですよ」


【ヴェネツィーの街】


〈猫魔達が屋台を引っ張って闘技場に入って行く〉


「母ちゃん!」


「団。あれま屋台…無事だったのかい?」


「ああ、奇跡的にな。これで皆んなに少しでも食わせてやれるだろ?頼むよ母ちゃん」


「あいよ、母ちゃんに任せな」


「時さん、あたし達のとこにも何か残ってたら使っとくれよ」


「よっしゃ!俺見て来る」


「俺も行くニャ」


「私も」


「シイラは危にゃいからここに居るニャ」


「シイラちゃんは手伝っとくれよ」


「はい」


【王宮のティラミス伯爵の部屋】


「越野殿、餡…先生。お願いします」


〈早足で騎士隊長の寝ているベッドに向かう餡先生〉


「(餡先生と呼んでも良いのだな、この方は女王陛下の主治医なのだし、こうして隊長の治療に当たってくれているのだ)先生…これまでの数々のご無礼をお許しください」


「あら、そうでしたっけ?もう忘れましたわ」


「(わざとそのような…しかし有難い)」


「さあパン君。お父様の身体を、これで拭いてあげましょう」


「はい!」


【ヴェネツィーの闘技場】


〈栗金時の屋台から良い香りと熱い湯気が上がっている〉


「さあ皆んな、少しずつで悪いけど食べとくれ」


「美味そうだ」


「ありがとよ」


「くー、腹減ってたぜ」


「時さんの料理はやっぱり美味いね」


「今息子が食材を探しに行ってるからね、悪いけどもう少し待っとくれよ」


〈怪我人の治療をしている光の神と満〉


「お兄ちゃんもお腹空いたでしょう?ここは大丈夫だから、時おばちゃんの所で食べさせてもらって来たら?」


「満こそ。怪我人は私が見ている。今は皆落ち着いているから心配はいらぬ。行っておいで」


「2人とも疲れたでしょう?私が貰って来てあげるから、休んでなよ」


「材料さえあれば、あたしだってお菓子を作るのにさ」


「お婆ちゃんも待ってて」


【王宮のティラミス伯爵の部屋】


〈風がカーテンを揺らす。不気味な空気に窓を見る餡先生〉


「何かしら?(嫌な予感がするわ)」


【ヴェネツィーの街】


〈食材を探して歩く猫魔と栗金団〉


「おっ、ここはやられてなかったか。良し良し」


〈空を見上げる猫魔。栗金団は食材をバッグに詰め込んでいる〉


「これも、これも、これもだ。よっしゃ!猫魔運ぶぞ」


〈猫魔は空を見上げている〉


「猫魔?」


「くりきんとん、お前は一人で闘技場に帰るニャ」


「何言ってんだよ?こんなに一人で持てるかよ」


「持てるだけ持ったら走るニャ」


〈険しい顔で空を見ている猫魔〉


「わ、わかった」


「走れ!!」


〈栗金団は荷物を持って駆け出す〉


「(こいつだけは何が有ったって持って帰ってやる!)猫魔、無事に戻って来いよ」


〈街の北の方から何かが覆いかぶさる様に空が暗くなる〉


「来たニャ(栗金団はもう少しで闘技場に着く筈ニャ)」


【闘技場近く】


〈振り返って空を見上げる栗金団〉


「何だありゃ?」


〈何かの影が街に覆いかぶさって来る〉


「おっと、こうしちゃ居られねえ」


〈栗金団は走って闘技場に入って行く。黒い影は完全にヴェネツィーの街を覆い尽くす〉


「皆んなの事は俺が守るニャ」

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