5

 こうして、アタシたちの夏は終わった。

 だけど、アタシの夏は終わってなかった。

 ライブが終わってから、各々クラスの出し物に戻ることになった。エレンとクリスは当番があるって、早々に戻っていった。

 で、アタシと真哉だけが残された。

 ちょうど校舎へ続く渡り廊下を歩いてたときだ。アタシは押し黙って、でも興奮を隠しきれず、息をあえがせていた。そんなとき、真哉のほうから切り出してきた。

「そういえばお前、話ってなんだよ」

「……話って?」

「おいおい、勘弁してくれよ。てめえから振ってきたんだぜ? ライブのあとに話があるってよ」

「ああ、うん……。そうだった。じゃあ、ここじゃなんだからさ、散歩しながら話そうよ」

「散歩? まあ、クラスの出し物サボれるならいいけどよ」

「じゃあ、そうしようよ。ついてきて」

 そう言ってアタシたちは、なんだかんだ下駄箱を出て、体育館裏にまで回っていった。去年ライブをした場所。器具庫だ。そこには、誰一人いなかった。

 器具庫の中は去年よりよっぽど涼しかった。ただ代わりに、隣の体育館から盆踊りのマヌケな音楽が聞こえてきていた。

「で、なんだよ。話って?」

 アイツは跳び箱の上にぼすんと腰を下ろした。

「うん、その、なんていうかさ……」

 ――どっちから話せばいいんだろう。

 アタシが今月末には引っ越すこと。

 アンタのことが好きだっていうこと。

 しばらく考えて、アタシはようやく決断した。そのころにはアイツってば飽きてきて、マットレスの上に寝転がったり、平均台の上でクルクル回ったりしていた。

「……ねえ、マジメに聞いてほしいの」

「オレはいつだってマジメだぜ」

「じゃあ、言うよ」

「おう」

 とんっ。平均台から飛び降りる。目があった。コイツって、こんなに背高かったっけ?

「あのさ……アタシ……えっと……アンタのことが……」

「んだよ」

「アンタのこと……ねえ、つ、つきあってよ」

 ――言えた! ようやく言えた!

 でもアイツ、うまく理解してなかった。

「付き合ってって、何にだよ。映画か?」

「違うって。だから……その……アタシ、アンタのことが……」

「まさか好きだとか言わねえだろうな?」

 ――あ、先に言われた……。

 そこでアタシの思考回路は完全にショート。顔は真っ赤になって、頭から湯沸かし器のように湯気が溢れた。

「……おいおい、マジかよ」

「大マジだって言ったら?」

「……マジか?」

「……答えなさいよ。イエスか、ノーかで。アンタ、アタシのこと好きなの?」

「それは、おまえ……」

 アイツ、そう言って照れ隠しみたくアタシに背を向けた。それから、言った。

「……正直、驚いてる。だって、オレはおまえのことギタリストっていうか、同じバンドをする仲間として見てたから。とても彼女とか、そんなふうなこと考えてなかった。もちろんてめえのことは好きだけど……。でも、それは悪友ダチっつーか。いっ、いわゆる! ……恋人とかの好き嫌いとは違うと思うんだ。それに、オレはずっとおまえとバンドを続けたい。だから、カレシとかカノジョとか、そういう関係になるのは……違う気がするし、マズい気がする」

「それって……?」

「なんつーか、イエスだし、ノーだよ。オレは、おまえとは対等な関係でいたい。同じバンドマンって関係で」

 アイツは振り返った。そのときの顔、いつものアイツの顔じゃなかった。アタシに気をつかってるときの顔。アタシのことを哀れんでるときの顔だった。

 アタシ、猛烈に泣きたくなった。今までため込んでいたものすべてが一気に溢れてきた。いつの間にかダムは決壊して、まぶたからは大粒の涙が流れ始めた。

「……そりゃ、アタシだってアンタといつまでもバンド続けてたいけど……でも、アタシは……もういい!」

 アタシは、すべてにお別れをしなくちゃいけない。

 なのにアタシってば、肝心なところで踏ん切りがつかないから。はじめるのは得意なのに、やめるのは下手くそだから。だから、こうなったんだ。

 アタシは逃げ出した。真哉がアタシの名前を呼んだけど、アタシは止まらなかった。

 最悪だけど、もうこうするしかないんだ。これがアタシなりの別れの言葉。これで終わりにするしかないんだ……。

 さようなら、大好きな人。アタシもアンタとずっとバンドを続けたかった。でも、無理なんだ。


     *


 アタシは逃げた。

 ギグバックを背負ったまま、学校を飛び出した。早退扱いをされようが、欠席扱いをされようがかまわなかった。入場客でごった返す校内からは、カンタンに脱出できた。人混みをかき分けて、アタシは前も見ず、一心不乱に逃げた。

 ――何から逃げたの?

 ――現実から。もう終わりなんだっていう、現実から。

 アタシってサイアクだ。いままでずっとウソをついてきた。アイツのことだってずっとわかってた。アタシたち、カレシとかカノジョとかそういう関係じゃない。同じバンドの悪友ダチで、それ以上でもそれ以下でもない。ある意味でそれは、カレシカノジョよりずっとかけがえのない関係だったのに。アタシはそれをぶちこわした。最後の最後で、すべてを台無しにしたんだ。そして、あまつさえ逃げ出した。

 涙があふれた。でも、気にしなかった。通学路脇の畑にしょっぱい水を落として、アタシは家まで急いだ。もう誰とも話したくなかった。もう何もしたくなかった。どうせ消えるんだから……。


 家に着くと、アタシは無言で部屋に閉じこもった。お母さんが引っ越し業者の人と話してたけど、アタシは見なかったことにした。自分が惨めに思えてくるだけだから。

 部屋に入ると、アタシは一目散にコンポの電源を入れた。そして、お兄ちゃんの残したCDをあさった。そう言えばお兄ちゃん、結局きてくれなかったな。

 別に何を流しても良かった。ただ大音量でロックンロールが聞こえてくれば、アタシはそれで良かった。

 そのときたまたま手にしたのは、オアシスの『モーニング・グローリー』だった。アタシ、このバンド嫌いじゃない。ビッグマウスで、喧嘩してばっかり。でも演奏で見せる甘い旋律は、アタシの心臓をきゅーっと締め付けた。

 アルバムはしっかり「ハロー」から始まるんだけど、アタシは飛ばして三曲目の「ワンダーウォール」から再生を始めた。そして四曲目の「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」になると、自然と曲にあわせて歌詞を口ずさんでいた。

「ソー、サリー・キャン・ウェイト。シー・ノウズ・イッツ・トゥー・レイト……」

 ――そうだ。みんな待っててくれた。だけど、遅すぎたって、わかってたんだ。

 ごめんね、みんな……。ぜんぶアタシのせいだ……。アタシがあのとき、ギターを叩き壊してればよかった。あそこで解散宣言をしていれば良かった。きれいに終わらせてれば良かった。なのにアタシ、なにを考えたんだろうね。みんなと離ればなれになるのがイヤだから、結局自分で終わらせられなかった……。アタシって臆病者だよ。ぜんぜんロックじゃない。……ねえ、そうだよね、真哉?

 「キャスト・ノー・シャドウ」が流れ始めたころ、アタシはベッドに突っ伏し、布団をかぶって泣いていた。

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