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それからピストルズ、ラモーンズ、クラッシュ、ジャムと続いた。いったい何曲叩き散らしたかも覚えてない。ただ無茶苦茶に、無我夢中に叩いてたんだから。
ひとしきり演奏を終えたところで、オレは自分が汗だくなことに気づいた。まだ、得も言われぬ爽快感が怒りにとって変わっていたことも。手の震えは自然と治まっていて、強烈な憎しみはどこかに失せていた。もちろん、そいつは一時的なもんだろうけれど。
オレは一息つくと、スティックをカバンの中にもどした。やるべきことはやった――オレのなかでは、もう満足しきっていた。
だが連中は違った。
「あの、森君だよね。三組の?」
そう声をかけてきたのは、南だった。
彼女の目は妙にギラついていて、触れれば壊れてしまいそうなガラス玉のようだった。焦げ茶色の大きなガラス玉は、オレを見て離さない。それもそのはず、オレは教室に入って以降、「続けろ」以外に何も口にしてないのだから。急に入ってきてドラムだけ叩き散らしていれば、連中の興味はイヤでも惹くはずだ。
オレはペタンコのカバンを片手に立ち上がると、彼女に生返事を返した。「ああ」とか「おう」とか。
「アンタ、軽音部に入ったんじゃないの? アタシに忠告してきたじゃない」
「ああ、したな。……ここは軽音部じゃないのか?」
「今日は土曜日よ」
「……あ?」
「月曜と土曜は部活がないの」
「じゃあお前らは何してんだ?」
「軽音部がいない間に練習してるのよ」
「二人きりで?」
「そう。アンタの言う『クソ軽音部』に入るぐらいなら、自分たちで部活を作ろうって思ったの。第二軽音部――もとい真の軽音部を」
「はっ、くだらねえ」
オレは口ではそう言ったが、内心楽しくてたまらなかった。
第二軽音部? 真の軽音部? そんなことをやろうなんてヤツが、この学校にまだいたなんて。オレはまったく見当違いをしてたかもしれない。この学校は、確かにクソだめだ。ロックンロールの衰退も、現代社会の荒廃も、ありとあらゆるクソをミキサーにぶちまけて、そいつを圧縮してフリーズドライにした。そんなクソだめだ。でもクソだめの中にも一条の光があった。……クソきりじゃなかった。
「くっだらねえ」
オレはもう一度口にすると、教室を出ていった。楽しみで仕方なかった。
♪
月曜日と土曜日は練習の日。アタシがそう決めた。といっても、要するに軽音部がいない日を見計らってるだけなんだけど。月曜の放課後になると、アタシとクリスはこっそり第二音楽室に進入する。ギターを背負って、教室下の換気窓から。
もちろんぜんぶ校則違反だ。軽音部以外がギターなんて持ってきたら、すぐに没収される。カギの締まってる教室に勝手に入ったりしたら、生徒指導の谷本先生が飛んでくる。でも幸いなことに、今のところアタシたちは無事だった。第二軽音部の存在は、この学校のどこを探しても知られていない。
……ただ一人をのぞいて。
月曜日。いつものように第二音楽室に集まったアタシとクリス。いつもならすぐにでも練習を始めるところなんだけど、今日は違った。ある人を待っていたのだ。
「ねえ、奏純ちゃん。やっぱり来ないって」
「いいや、来る。来るに決まってる」
ギターを肩からさげて、アンプにつなげたまま。アタシは仁王立ちで待っていた。土曜日に教室に乗り来たアイツ――森真哉を。
「だって彼……くだらないって言ってたよ。わたしたちのこと……」
「どうせ口だけよ。思春期の男子なんてきっとそんなもんでしょ。正直になれないのよ。……それに何より、あんな楽しそうにドラム叩いてったヤツが、くだらないなんて言って、そのまま帰ってくようには思えない。アタシたちだってそうだったでしょ? 初めて弾けたとき、初めて合わせたとき、すっごい楽しかった。……アイツだってそうに決まってる」
「でも……」
クリスが言い掛けた、その瞬間だった。
出入り口のすりガラスに黒い影が写った。背格好はどう見ても男子。アタシは生唾を飲み込み、それが森真哉であることを祈った。
ガラッ! と大きな音を立てて扉が開かれたとき、その空気がドラムセットをも震わせて、シンバルが小さく共鳴した。
風の向こうには、彼が立っていた。不良っぽく制服を着崩して、ペラッペラのカバンを肩にかけて。
「……とっとと始めろよ」
開口一番、彼はつっけんどんに言った。
アタシはイラッと来たけど、怒りはぐっと押し込めた。
「待ってたの、アンタのこと。きっと来ると思って」
「余計なお世話だな。オレは、オレの気分次第で来るし、来ない。それにおまえたちのクソみてえな第二軽音部に入るとも言ってない。それにおまえら、ギターとベースしかいねえじゃねえか。ボーカルすらもいねえ。パンクでインストかよ」
「これから集めるのよ。アンタ、ドラムとして参加しない?」
「断る」
「じゃあ帰ってよ。練習のジャマだから」
「それも断る。オレはオレの好きにするだけだ」
言って、彼はまたドラムセットに座り込んだ。そして例によって「始めろよ」とすさまじい上から目線で命じてきたのだ。
――ほんっとムカつく。
もしドラム担当が決まってたら、とっくに追い返してるところだ。ほんとムカつく。
でも、いまのところ彼に期待するしかない。少なくとも第二軽音部設立には、あと二人必要なんだから……。
彼はアタシたちをにらみつけると、それからため息をついてリズムを刻んだ。演奏する曲はこのあいだと同じ。アタシにだって弾ける曲、ラモーンズだ。
ラモーンズからクラッシュ、それからニルヴァーナやジョイ・ディヴィジョン……アタシは、アイツに何の相談もすることなく、いつものようにクリスと合わせ続けた。彼はその練習に難なく付いてきたし、知らない曲は叩こうとしなかった。とはいえ、彼はアタシたちの練習した曲のほとんどを叩いて見せたんだけど。
彼のドラムは完璧じゃなかった。そりゃ当然。彼がなにを叩けて、なにが叩けないのかアタシは知らない。どうにも耳コピで強引にやってるっぽいのもあった。リズムは合ってるけど、完璧な演奏とは言えなかった。
でも、これだけは言える。アイツこそが、いまアタシたちが欲しがってるものだってこと。彼の演奏は、荒れ狂う雷のよう。パワフルな演奏は、アタシがやりたい音楽に箔をつけてくれるように思えた。
そうして何曲か練習したところで、いったん休憩を挟むことにした。と言っても、ただアタシがピックを離して見せただけなんだけど。
クリスはアタシの考えに気づいて、すぐに近くのイスに腰をおろした。ふう、と息をつく姿は、体育のあとの彼女にそっくりだった。
一方で問題の森真哉だ。
彼はなんと、突然ドラムスティックをカバンにしまい始めたのだ!
「ちょっと、なにしてんの?」
「帰るんだよ。もう用は済んだ」
「帰るって……練習に来たんじゃないの?」
「さっきも言ったはずだぜ。オレはおまえらのバンドに入るつもりはねえ。ただドラムが叩きたいから来ただけだ。今日のぶんは叩いた。だから、帰る」
「ちょっと待ってよ! 叩くだけ叩いて、帰るわけ? 向こうの軽音部でもそうしてんの?」
「……うるせえ」
彼はそう言うと、スティックの入ったカバンを片手に部屋を出た。
アタシはすぐに追いかけようとしたけど、彼は早足で廊下を駆け抜けていってしまった。
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