第113話 紛糾する幹部会 1

幹部会の始まりを告げる言葉に、幹部達の視線がダリオへと向く。

全員の視線が自身に集まったのを感じ取ったダリオは次の言葉を口にする。


「今日集まってもらった理由については既に各自の耳に入っていると思うが改めて言う。この度、我らが恩師にして同朋たるギムド・バジャルタス老が高齢を理由に勇退される事となった」


ダリオの口から正式に引退を聞かされた幹部達はその言葉を噛み締める様に俯く。


「やはりそうなったか」

「まあ、ギムドの」お爺ちゃんもいい歳だったもんねぇ」

「医者屋の野郎は何て言っているんだ?」

「マードック医師の診断結果の方も変わらずだ。いずれにしろこれ以上続けるのは難しいだろうとの話だった」

「しばらく調子が悪そうだとは思っていたが、そこまで悪かったとはな」

「仕方ねえ事だ。寄る年波には勝てねえよ」


フリンジのその言葉を後に、その場にしばしの静寂が訪れる。

円卓に集った幹部全員が無言のまま偉大なる仲間の離脱を悲しんでいる。

どこの世界に身を置いても、長く苦労を共にしてきた仲間が欠けるのはやはり一抹の寂しさというのはあるものだ。

若かりし頃に一時世話になっただけのクロードでさえ残念に思うのだから、幹部達の胸に去来する哀愁はきっとそれ以上だろう。

しかし時間というのは有限であり、多忙な身の上である幹部達はいつまでもここで黙っている訳にはいかない。

頃合いを見て会議を進行させるべくダリオが話を再開する。


「さて、今回の老の引退に関して我が首領から1つ提案がある。老のファミリーへのこれまでの検診と功績を讃えると共に、その功に報いるべく勇退後の老とその一族の生活について出来うる限り我々で支援をしていく。これについて異論のある者は挙手を」


ダリオの問いかけに無言のまま誰も手を挙げない。

沈黙は異論なしとして処理され全会一致としてその場で採決される。


「結構。では次の議題に移ろう。ギムド老の引退後についてだ」


ダリオの言葉に室内にピリッとした緊張感に包まれる。

誰も言葉にしないがこちらが今日の本題になると全員が理解している。


「老の引退で幹部の椅子に空席が生じる事になる。しかし、一時とはいえ幹部の席に空席が生じるのはファミリーにとっても大きな痛手だ。有能な人材を欠くというだけでなく余所の組織に付け入られる隙にもなる。故に早急に後任の人事を行う必要がある訳だ。とはいえこのビルモントファミリーの幹部の座に納まる者は半端な人間では到底務まらない」

「当然だ。この俺達と肩を並べるんだからな」


ダリオの言葉に会が始まってからずっと腕組みをしたまま黙っていた大型の男がようやく口を開いた。

口の両端に牙を讃えた威圧感のある顔を不機嫌そうに歪ませているその男こそ反クロード派の筆頭であり、首領アルバートに絶対の忠誠を誓う男。アシモフ・バースティア。


「アシモフの言う通りだな。我々幹部が納得できるだけの能力を持った人材でないとな」

「確かに力のないものにこのファミリーの幹部は務まりませんからな」

「後はやっぱりイイ男じゃないとねぇん」


アシモフの言葉にシェザン、チャールズ、リゲイラといった面々が反応する。

それに釣られて他の幹部達も己の意見を口にする。


「そうだね。後はやっぱりファミリーの事を考えられる男だな」

「それについてはカロッソに同意見や。お前さんもそう思わなベイカー」

「・・・・・さあな。俺は首領の意思に従うのみだ」


口々に自分の意見を述べていく幹部達をダリオが手を叩いて静かにさせる。


「各々に言いたい事はあるだろうが今は話を戻すぞ。次の幹部に関する人材に関してだが、幹部全員に配下の中から次の幹部の候補者がいないかと打診した。その回答期日が今日という訳だ」

「ダリオよ。あんまりもったいぶるんじゃねえよ」

「そうよダリオちゃん。あんまり女を待たせるもんじゃないわ~」


焦れたリッキードとリゲイラに催促され、ダリオは少し呆れたように溜息を漏らす。


「今日までに回答があったのは1名のみ。そうだなフリンジ・ボルネーズ」

「応とも」


名を呼ばれたフリンジは返事をし、椅子から立ち上がるとその場にいる一同を見渡して不敵に笑う。


「俺は次の幹部として、ここにいるクロード・ビルモントを推薦する」


名を呼ばれたクロードは静かに立ち上がると、フリンジの後ろで静かに一礼する。

それを見た幹部達から思惑のこもった視線がクロードに向けられる。

好意的なものもあれば逆に敵意の込められた、感情の読めないもの。

様々な思いの交錯する中、最初に口を開いたのは反クロード派の先鋒たるアシモフだった。


「フリンジよ。お前はそれを本気で言ってるのか?」

「当たり前だろ。ファミリーの今後に関わる大事な事だ。冗談で言えるかよ」


アシモフの問いに大真面目で答えるフリンジの言葉をシェザンが鼻で笑う。


「まったくもってナンセンスな話だ。もし冗談だったとしてもまるで笑えない程にな」

「あら~ん?シェザンちゃんは文句あるの~」

「当然であろう。これが文句を言わずにいられるものか」


リゲイラの問いにシェザンは険しい顔を浮かべるとクロードの方を指差す。


「そこな小僧は未だにどこの馬の骨か素性が知れない。その様な者を我々と同じ幹部の椅子に座らせるだと?バカも休み休み言えという話だ」

「何言ってやがんだ。お前も含めてこの中の半分は元々国の外から来た余所者だろうが」


この国が名を変える前から暮らしていたのは首領のアルバートを含め、フリンジ、ダリオ、リッキード、アシモフ、カロッソと今回引退するギムド。

それ以外の幹部は元々アルバートが組織の前身である自警団の頃に国の外からスカウトしてきた者達で構成されている。


「そういう事を言っているのではない。それぐらいお前の様な単細胞でも分かると思ったが?」

「んだと?」

「少なくともここにいる全員がどこの国の生まれであるかぐらいは分かっている。しかし、そこにいる小僧はどこの国で生まれたか育ったかがまるで分かっていない。首領がこの国に連れてくる以前の事が一切が謎ではないか」


クロードを指差すシェザンにフリンジが呆れたような声を上げる。


「な~にを言ってやがるんだテメエは。そういう生まれや育ちっていうシガラミに囚われない為にアルバートが作ったのがこの組織だろうが。それを忘れたのか?」

「忘れてはいない。相手が一構成員であればそれでもいいだろう。だが組織を動かす幹部ともなれば話は別だと言っている」

「何が別だこのトンチキ!首領のアルバートを差し置いて勝手なルールを作ってんじゃねえよ。さては自分の所の馬が負けてるからって適当ないちゃもんつけてんな!」

「今、私の馬の事は関係ないだろう!」


フリンジの言葉に激昂し、怒りの感情を露わにしシェザンが椅子から立ち上がる。

怒りの感情を剥き出しにして睨み合う2人を他の幹部達は少し呆れた様子で傍観している。

誰1人として争いを止めようという素振りさえ見せない。

それもそのはず。幹部同士が顔を会わせて言い争いになるなんて事は日常茶飯事であり、今更珍しくもない。

同じ組織に属しているとはいえ種族も性格も年齢さえもまったく違う者達同士。

アルバート・ビルモントという男の下についた事を除けば共通点などほとんどない。

これが一般人なら多少は社交的な付き合い等もするのだろうが、彼らは全員が1人立ちして看板を掲げられるだけの実力を持つ筋金入りの悪党。

自分の意思を曲げてまで他人に合わせる様な心根の者は1人としていない。

なので幹部同士の繋がりも個人の裁量に任されており、頻繁に交流のある者もいれば日頃から意図して互いに交流を絶っている者もいる。

間を取り持つことが出来るのは組織の首領たるアルバートか、今回引退となる最年長のギムドだけだったが生憎と今はどちらも不在である。

これだけバラバラでいざという時に纏まるのか心配になるが、それについては全く心配ない。

一度、首領であるアルバートが命令を発すれば、日頃の関係性など一切無視して彼らは一丸となる。

それが父が作り上げたビルモントファミリーという組織だ。


(これだけアクの強い面子を従えられるのも親父の人徳の為せる技だな)


この場にいるだけで自身が父と仰ぐ人物の偉大さを思い知らされる。そんな思いだ。

クロードが内心で父の偉大さを噛み締めている間に、シェザンといがみ合うフリンジにアシモフが割り込む。


「シェザンの言い分はともかくとして、フリンジよぉ。お前がその小僧をそこまで買っている理由はなんだ?」

「そんなものクロードが幹部に相応しいと思ってるからだに決まってるだろ」

「・・・気に入らねえな」

「あんだと?」

「気に入らねえ。そう言ってるんだよフリンジ」


アシモフの氷の様に冷たく鋭い視線が真っ直ぐにフリンジを捉える。


「昔からお前とはソリが合わねえとは思ってたが今回は特にだ。何故そんな得体の知れない小僧をそこまで信頼できる。お前だってそいつの全てを知っている訳でもねえ。それどころか聞くところによるとそいつは身内相手にさえ自分の事を隠す様な徹底した秘密主義らしいじゃねえか」

「何を間の抜けた事を言ってやがる。俺達の商売は他人に見せびらかす様なもんじゃねえだろ」


一口にマフィアと言ってもその在り方はそれぞれだ。

魔術師の様に己の手の内を徹底して秘する者もいれば、相手を畏怖させるために敢えて自身の力を明かして広めさせる者もいる。

クロードは前者に当たるが、それはブルーノに師事しているからであり別段不思議がる事でもない。

だが、そんなフリンジの考えにアシモフはまるで納得する様子はない。


「ならば聞くが。お前はその小僧が本気で鉄火場に立っている姿を自分の目で見た事があるか?」

「当然だ。ファミリーに入った当時なんかは俺の後ろを連れて・・・」

「ズレた話をするなフリンジ。俺が言っているのはその小僧が"第七区画の鴉"と呼ばれるようになったこの数年の話だ」

「ズレてんのはお前の方だアシモフ。オムツの取れねえ赤ん坊じゃねえんだ。いい大人がそうそう付きっ切りで見てられるかよ」

「だろうな。つまりその小僧のここ数年の実績を保障するものは何もない訳だ」

「・・・アシモフ。テメエは何が言いたい?」


不機嫌そうにな顔を向けるフリンジにアシモフは全員に聞こえる様にハッキリとした口調で答える。


「俺はその小僧のここ数年の実績とされる物全てが疑わしいと思っている。そういう事だ」


立ち上がりから早々に幹部会は不穏な空気が漂い始め、この後の展開を予見する様に第七区画の空を暗雲が覆い始める。

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