第111話 巡る思惑の中で

第七区画のオフィス街の一角に一際大きな建物が立っている。

白色で塗られた外壁に、1階は正面は受付までフロアが見える一面のガラス張り、そこから上の階は等間隔にはめごろしの大きな窓が取り付けられている。

この時代にしてはまだ珍しい基礎に鉄骨を用いた建築技術と斬新な外観のオフィスビル。

他の大企業の社屋と見比べても遜色ないこのビルこそが「ビルモント商会」の社屋である。


「ビルモント商会」とは革命後の混乱の中、街で暮らす人々の支援の為にアルバート・ビルモントが設立した企業である。

設立当初は企業同士の仲立ちが主な商売の小さな会社であったが、その過程で作り上げたコネクションから徐々に仕事の輪を広げ、国内産業の発展に乗じて目覚ましい急成長を遂げた。

現在ではビルモントファミリーのフロント企業としての機能だけでなく、第七区画の商業をありとあらゆる面から支えるこの街になくてはならない企業となっている。

6年前にアルバートが社長職を退いて会長に就任してからは、クロードの義兄カロッソ・ビルモントが社長として経営に携わっている。

尚、ファミリーの幹部達は全員この会社の役員職に辺り、幹部達が経営する企業は全てこの会社の子会社という扱いなっている。

その立場を利用して幹部会はいつもこの会社の役員会という名目で、社屋内の大会議室にて執り行われる。


「幹部会まであと少し。いや~、待ち遠しいね」


最上階にある社長室で、カロッソは壁に掛かった時計の針を愉快そうに眺めながら同室にいる妹に話しかける。

一方、水を向けられたカロッソ妹であり、秘書でもあるレイナは兄とは対照的に心底うんざりした表情で溜息を零す。


「カロッソ社長。その悪戯好きな子供みたいな顔をするの止めてください。社員に示しがつきません」

「別にいいじゃないか。今、この部屋には俺とレイナちゃんしかいないんだからさ」


まるで気に留める様子もなく日頃の爽やかな2枚目イメージを脱ぎ捨てる兄カロッソの姿にレイナはもう一度深い溜息を吐く。


「カロッソ社長。何度も言ってますが私の事を"ちゃん"付けで呼ぶのをやめてください」

「何故だい?俺はこんなにもレイナちゃんを可愛いと思っているのに」

「それが嫌なんです」


どこぞのナンパ男が吐くようなセリフをサラッと口にする兄に、今日こそはとレイナは自分の考えを主張する。


「カロッソ兄さんがどんなつもりで言っているかは知りませんが、子供扱いされてるみたいで正直言って不快です」

「さっ、流石は我が妹。随分ハッキリとモノを言うね」


随分とワザとらしいオーバーリアクションで傷ついた風を装うカロッソに、レイナは能面の様に変化しない真顔のまま言葉を続ける。


「言わないとカロッソ社長にはお分かり頂けないと思いましたので」

「そうか。そんな風に思わせて悪かったね。"レイナちゃん"」

「・・・・絶対ワザとやってますよね。そろそろ本気で怒りますよ」


ギロリと鋭い視線と共に殺気にも似たドス黒いオーラを放ち始めた妹を見て、流石にこれ以上からかうのはマズイと悟ったカロッソはその怒りを冷ますべく話題を本筋へと戻す事にする。


「さて、冗談はさておいてレイナ君。キミは今日の幹部会はどうなると思う?」


このまま有耶無耶にするつもりだというのがあからさまに分かる路線変更だが、どうせこのまま続けたところで兄は聞かないだろうしとレイナも諦め、彼の意図に乗ることにする。


「どうとは?」

「決まっているだろ。俺達の兄妹であるクロードが次の幹部に選ばれるかどうかさ」

「それは答えないとダメですか?」

「嫌なら社長命令って事にするけど?」

「・・・それって私に拒否権ないですよね」

「まあ、見方によってはそうかもね」


見方によってとカロッソは言うが、実際問題どこからどう見てもレイナに拒否権はない。

唯一この質問から逃れる方法があるとすれば、それは妹としての強権発動。

どういう訳か父も兄2人もレイナやメリッサの頼み事には大抵首を縦に振る。

母レイナーレ曰く"ビルモントの家は男より女が強い"という話。

ただ、レイナとしてはこの強権はあまり使いたくはない。

使うとなんだか自分に負けた気がして、そうなる事を彼女の自尊心が許さない。

もちろんカロッソも彼女のそんな性格を知った上で言っているのだろう。

つくづく意地の悪い兄の言葉に、早くも3度目の溜息が口から漏れる。


「仕方ないですね。個人的な見解でもいいですか?」

「もちろん。むしろそれを聞くのが目的なんだし」


ニコニコと屈託のない笑みを浮かべるカロッソを見て、彼は本当にいい性格をしていると思う。

こういうところは実直な父ではなく、父と自分達を残して奔放な旅に出た元母親の方に似たのだろう。


「大変不本意ではありますが、あの人は幹部足りえるだけの実績は残していますから。なのでこのまま順当にいけば問題なく幹部になると思います」

「へぇ、日頃クロードに対して辛口のレイナちゃんでもそう思うんだ?」


茶化す様なカロッソの物言いに加え、また"ちゃん"付けで呼ばれた事にムッとするも、とりあえずレイナは自身の考えについて意見を続ける。


「非常に残念な事ですが、他に有力な対抗馬のいない現状では否決される要因がありません」


レイナの知る限り、現在他に幹部候補が挙がったという話を耳にしていない。

しかもクロード程の実績を持つ者を相手にできるだけの有力な対抗馬を送り出すのは容易ではない。

だからこのまま何事もなくクロードが幹部に決まる事になるだろう。

ファミリーとしては有能な人材が幹部の座に就く事は望ましい事だが、レイナとしては少し不満だ。

ただ、一体何が不満なのかは彼女自身もよく分かってはいない。

そんなレイナの意見を聞き終えたカロッソはしきりに頷く。


「確かにその通り。今のままじゃあ何事もなくクロードは幹部の座に納まるだろうね。だけどそれじゃあ些か物足りないというか、地味に過ぎると思うんだ俺は」

「確かにそれはあるかもしれませんが、カロッソ兄さんの時もそうだったじゃないですか」


カロッソが幹部になる時は幹部全員が満場一致で承認した為、いとも容易く幹部へと昇格した。

アルバートの血を引く一家の長男というだけでなく、見た目もよく仕事も出来る完璧人間なのでそれも当然の結果だと思うが、カロッソ自身はその時の事について何度か不満を口にしていた。


「あの時は自分が選ばれる側だったからどうする事も出来なかったからね」

「今回は違うと仰りたいんですか?」

「もちろんさ。我が弟は国内でも9つしかない区画最強の証たる区画番号保持者セクションナンバーホルダー。名声だけなら幹部以上の"第七区画の鴉"とまで呼ばれる男が、ファミリーの幹部の座に就くというのに何の盛り上がりもなくすんなり終わっては拍子抜け。それではあまりに勿体ない」


その言葉を口にしたカロッソの目の奥にギラリと怪しい光が輝く。

長年兄妹をやっているのだから分かる。兄がこの顔をした時は何かとんでもない悪巧みをしている時だ。

そういえば近頃はカロッソの周辺を時折、他の幹部の使いがウロついていた様に思う。

あれは確かクロードに対して否定的な考えをもっていたメンバーの部下ではなかっただろうか。

レイナの中で


「カロッソ兄さんは一体何を企んでいるんですか」

「企んでいるなんて人聞きの悪い。ただちょっと弟の晴れの舞台を兄として派手に盛り上げてやろうと思っているだけさ」


そういって無邪気な笑顔を見せる兄カロッソを見て、レイナはクロードに少しだけ同情する。

この様子から察するに既に仕込みは完了していると見て間違いないだろう。

そして長兄が何か画策している以上、きっと今回の幹部会はクロードにとって一筋縄とはいかない試練の場となるであろう事は容易に想像できる。


「てっきりカロッソ兄さんはあの人の味方なんだと思ってましたけど、本当は嫌がらせする相手が欲しかっただけなんですね」

「ウッ、なんだか妹に心外な事を言われてる気がするんだけど・・・」

「違うんですか?」

「全然違うよ。レイナちゃんにそんな風に思われてたなんて傷つくな~」


左胸のあたりをさすりながらそんな事を宣うカロッソだが、正直なところ、その表情からはまるで傷ついている様には見えない。

カロッソの事は兄としては尊敬しているし嫌っている訳ではないのだが、こういうどこか捉えどころのない性格だけはあまり好きになれない。


「心配しなくても俺は家族みんなの味方だよ。ただ、味方というのが必ずしも手助けしてくれる人間とは限らないというだけの事さ」

「どういう意味ですか?」

「それは今日の幹部会の結果が出た後で分かるさ」

「また、そうやってはぐらかすんですね」

「ハハハッ」


笑ってごまかそうとするカロッソをレイナがさらに追求しようとしたその時、建物の外で馬蹄の音が響き渡り、直後に大きな馬の嘶きが轟く。


「おや、どうやら本日の主役が到着したようだね」

「あの人、まさかアノ馬で来たんですか」

「だろうね。クロードのところで飼ってるのはアノ馬1頭だけだ」


2人は社長室に取り付けられている大窓の前へと移動し、下を見下ろす。

案の定、漆黒の巨馬に跨った黒づくめの男の姿が見えた。

見るものを圧倒する姿はさながら地獄からの使者の様である。

それを目にした瞬間、クールビューティーで知られるレイナの表情が大きく引き攣り、軽く目眩がした。


「信じられない。本当にあんな暴れ馬で乗り付けてくるなんて・・・」

「ハハハッ、目立つのが嫌いなクロードにしては珍しいな」

「笑い事じゃありませんよ。幹部会の間、誰があの馬の面倒を見るんですか!」


レイナの知る限りシュバルツを手懐ける事が出来る人間は非常に限られている。

主人であるクロードを除けばアルバートとカロッソ、後はクロードが雇っている専属の業者1人だけだ。

そんな手の付けられない馬に暴れられたら一体どれだけ被害が出るか、考えただけでも恐ろしい。

軽いパニックに陥っている妹とは対照的にカロッソの方は平然としている。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよレイナちゃん。彼女はその辺の事を弁えているから」

「弁えているってあの馬がですか?」


あの暴れ馬に関する話を逸話を知っている人間としては、兄の言葉といえど到底信じられない。


「彼女はレイナちゃんが思っているよりもずっと賢明だ。主人であるクロードにとって大事な日を汚す様な真似はしないよ」

「だといいのですが」

「何度も言うけど心配無用さ。そんな事より俺達もそろそろ大会議室に移動しよう。今日はきっと楽しい一日になる」


これから起こる事が待ちきれないといった様子のカロッソは嬉々として社長室を出ていく。

レイナは大きな不安を心に抱きつつも秘書として兄の後を追って部屋を出て会議室へと向かう。

こうして様々な思惑の交差する中、いよいよ運命の幹部会の幕が開く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る