第28話 技術で成りし国
会社を出たクロードはしばらく大通りに向かって歩いた後、途中からボルネーズ商会御用達の馬屋で箱型馬車に乗り目的地へと移動する。
本来は馬一頭を借りるだけの方が安く済むのだが、家の外で余所の馬(特に牝馬)に乗るとシュバルツが嫉妬して暴れる。
実際、過去には嫉妬から馬小屋を倒壊させる程大暴れした挙句に逃亡し、1週間程帰ってこないという事件もあった。
そういった経緯から少し高くついてもなるべく馬車に乗る様にしている。
(直接馬に乗るのが駄目でも馬車はOKっていう基準がよくわからんが)
馬にも乙女心があるのだろうか等と馬鹿な事を考えながらコートのポケットからシガーケースを取り出し、中からタバコを1本抜いて口元へ運ぶ。
タバコの先端に火をつけ、ふと車窓から外に目をやると行き交う馬車の間をたまにクラシックなデザインの車がノロノロと横を通り過ぎていく。
この世界で自動車が発明されてからそれなりの歳月が経過しているが、まだまだ値段が高すぎて一般庶民の間に普及するには至っていないのが現状だ。
今もって交通手段は馬車が主流であり世界中の往来は未だ馬の天下。
それでもいずれは時の流れの中で馬が主役の時代が終わり、車の時代がやってくるであろう事をクロードは知っている。
「いつかはこの道も沢山の車が行き交う日が来るんだろうな」
この先いつか訪れるであろう未来を思うと感慨深くいものがある。
もっともそれも後百年以上は先の未来の話であり、例え予想した通りの未来が来たとしてもクロードがその光景を目にする事はきっとないだろう。
魔法という常識外れな力が存在する世界であっても、人間の生きていられる時間はそんなに大きく変わったりはしない。
この先の未来がどのように変わっていくか見てみたい気はするが、それは所詮叶わぬ願いである事をクロードは知っている。
(まあ、他の連中より文明レベルが高い暮らしが出来てるだけ良しとするか)
クロードと同じ境遇の者達の済む人間の国はこの国よりも文明レベルが1ランク落ちる。
別に彼らがいる国が遅れているというのではない。
この国の技術レベルが他の国々と比べて先を進んでいるというだけの事だ。
その理由にはこの国の在り方が大きく関わってくる。
クロード達の暮らすレミエステス共和国は建国して30年程の新しい国だが、この惑星「グリズヴェーラ」において5番目に誕生した「中立国」であり、世界で最初の王のいない国「共和制国家」でもある。
そもそもこの星に暮らす人類には大きく分けて三つの種が存在する。
強靭な肉体と持ち、強大な魔力を操る事が出来る魔人種。
環境に併せて独自の進化を遂げ、様々な特異な能力を持つ亜人種。
特別な力や能力を持つ個体は少ないが優れた知力や組織力を持つ有人種。
古の時代よりこの三つの種族はそれぞれの勢力に分かれ、この小さな星の上で永い間覇権を争ってきた。
何が戦いを始める切っ掛けだったのか、それを知る者はもはや誰もいない。
ただ、戦いの中で膨れ上がった互いへの怒りと憎しみだけが今も終わらぬ戦いの連鎖を繰り返し続けている。
だが、そうして永く続いた戦いの愚かさに気付き始める者達が現れた。
彼等は種族を越えて手を取り合い、中立国という新しい国家の形を作り上げた。
どの勢力にも肩入れせず。どの勢力からの圧力にも屈しない国。それが中立国だ。
世界に新しい在り方を示した中立国ではあるが、この星の上で世界を分ける3大勢力のどこにも属さずに国家を維持するのは簡単な事ではない。
実際、今日までに誕生した5つの中立国の内2つは他勢力との戦争の末に滅んだ。
どのような綺麗事を述べようとそれだけでは国を守ることは出来ない。
国家を維持し続けるには優れた"力"が必要だ。
そこでレミエストス共和国の初代大統領であるデッカード・バンキンスが政策として打ち出したのが技術開発による国力の強化。
他の国に居ればいがみ合うだけだった種族同士が中立国という新しい環境の下で協力し合う事で互いの持つ知識や情報を共有し、そこから新たな発見が生まれ技術革新を起こす事が出来ると考えての事だった。
デッカードの下で世界各地からこの国に流れ着いた全ての種族が一丸となって取り組んだ結果、この国の技術レベルは目覚ましい発展を遂げる事に成功し、かくしてデッカードの目論見は通り、レミエストス共和国は世界の最先端を行く技術大国へと成長した。
国家としてはまだまだ小さい国ではあるが、その技術レベルの高さは他国からも一目置かれており、今では三大勢力であってもおいそれと手を出せない不可侵の国となった。
蒸気機関車や自動車はそういった背景の下に生まれた産物であり、この国の技術の象徴とも呼べる代物である。
(にしても車か。そう言えばウチは貧乏だったが車は4台持ってたな)
ウチというのはこちらに来る以前、まだ酒木蔵人だった頃の家の事。
酒木家は自営業で車庫には荷運び用の軽トラックがいつも出入りしていた。
4台とも廃車寸前のポンコツでドアは中々閉まらないし、座席は硬くて座り続けると腰を痛める様な代物。
当然オプション等ついているはずもなく乗り心地は最悪だった。
それでも今この世界に現存するどの車と比較してもスペックでは軽トラの方が性能は上だ。
何せこちらの車はまだまだ燃費も悪い上に最高時速は50kmで人間が2人以上乗るとさらに速度が落ちるという有様。
平均時速60キロで自動車が行き交う社会を知っている人間としてはとても信じられない話だ。
そんな乗り物が日本の軽自動車の相場価格の数百倍の値で売られているというのだからさらに驚きだ。
それでも金持ち達は道楽や自分のステータスとしてこぞって車を欲しがるのだから世の中というのは分からないものである。
「俺も幹部になって余裕が出来たら自家用車の1台でも買いたいところだな」
今でも車の1台ぐらいなら買えるだけの財を溜め込んでいるが、流石にそこまでして買いたいとは思っていない。
何せ我が家には同居人が5人もいる。
彼女らを養っていくのはもちろん。何かあった時の為にも蓄えは必要だ。
何せ商売柄常に死の危険と隣り合わせ。いざという時の備えはしておくいてしかるべきである。
一応保険制度やそれを取り扱う会社も存在するが、今のこの国の制度だと健康保険や火災保険程度しかない。
もっとも保険があったところで商売柄まず審査に通らないのでクロードにはそもそも縁のない話だ。
「保険なんて必要ないでしょ。僕がいる限り君は命の心配をする必要なんてないんだからさ」
座席の下、クロードの影の中からニュッと顔を出したアジールがそんな事を呟く。
確かにクロードとアジールが契約をしている限りクロードを傷つける事は容易な事ではないだろう。
それ程にアジールの能力は守り関して突出して秀でている。
「それもそうだな」
「でしょう?だから欲しいなら買ってもいいんだよ~車」
急に顔を出して何かと思えばどうやら相棒は自動車という乗り物に興味津々らしい。
アジールは人間の作った乗り物が好きだ。
初めてトレビックの会社に赴いた時も蒸気機関車を見て大はしゃぎした事もある。
その気になればどこへだって飛んでいける翼を持っているというのに何とも変わった趣向を持った鴉である。
「今はまだ色々と都合が悪い。車は当分先だ」
「ええ~」
明らかに不服そうな声を上げるアジール。まるでおもちゃをねだる子供だ。
とはいえまだ買う訳にはいかない。資金の問題もあるが理由はその他にもある。
ファミリーの
そんな状況で一構成員である自分が彼等を差し置いて手に入れる訳にはいかない。
(それに最初に買う車をどうするかはもう決めてあるしな)
少し前からある男と2人で秘密裏に進めている
その計画を達成するまで自分の車は買わないと決めている。
「買ってくれなきゃヤダー!」
「我儘を言うなよ」
それから後は駄々をこねるアジールを宥めながらクロードはしばし馬車に揺られる。
すっかりヘソを曲げたアジールが影の中に引っ込んだ所で馬車の前方から声が掛かる。
「クロードの旦那。そろそろ着きますよ」
「ああ、すまない」
馴染みの御者に声を掛けられ窓の外を見ると、城壁のように高い塀に囲まれた真っ白な四角い建物が聳え立っていた。
ここはビルモントファミリーが資金援助をしている研究施設。
家庭で使える医薬品から果ては軍事に使える兵器まで開発している場所だ。
クロードは御者に命じて建物を囲む塀の入り口付近に馬車を停めさせると、しばし外で待つよう伝えて馬車を降り入り口横に設けられた受付へと向かう。
受付には武装した衛兵が2人と受付の女性が1人立っていた。
「ボルネーズ商会のクロード・ビルモントだ。モルダン博士に面会に来た」
「クロード様ですね。確認しますので少々お待ちください」
そう言って受付嬢は手元にあるファイルを確認し始める。
彼女がファイルを確認している間に警備の衛兵の方をチラリとみると軽くこちらに会釈する。
衛兵の恰好をしてはいるがここの警備は全員ファミリーの構成員。当然彼等はクロードの事を知っている。
それでも彼等が自分の判断でクロードを通す事はない。
セキュリティの観点からこの施設には顔パスで入れない様になっている。
少し待った後、資料の確認を終えた受付が顔を上げる。
「本日の面会のお約束が確認できましたのでこれよりご案内します。どうぞこちらへ」
受付の女性に案内されてクロードは塀に取り付けられた鋼鉄の扉を潜り塀の中へ。
塀の内側に入ってすぐに中央に建つ建物に向かって真っすぐ進み、正面入り口から中へ入る。
途端に周囲を漂っていた強烈な薬品臭が鼻をつき思わず顔を顰める。
(相変わらず凄い臭いだな)
衣服についたタバコの臭いなど簡単に上書きしてしまう強烈な臭い。
何度来ても慣れない臭いに辟易しながらクロードは女性の後ろについて歩く。
建物は3階建てになっており、各階にはそれぞれ研究者の部屋とそれぞれの研究者の為の実験室や開発室など用途に応じた部屋がいくつも用意されている。
階段を上り、今回来訪した目的である研究者の部屋へと向かう。
「では、私はこちらで失礼します」
「ああ、すまない」
案内してくれた受付の女性を見送ったクロードは、小さく一つ深呼吸して扉を開けると部屋の中へと足を踏み入れる。
扉を潜ったクロードを出迎えたのは1人の女性。
薄緑色の癖のある長髪と蒼い瞳、病的なまでに白い肌、整った顔立ちをしており、シャツとタイトスカートの上に白衣を纏い、掛けた眼鏡からは知的な印象を受ける。
「ご無沙汰してますビルモントさん」
「お久しぶりです博士」
クロードが軽く会釈すると彼女は嬉しそうに微笑む。
彼女はこの研究所の職員であり研究者のエルテイラ・モルダン博士。
種族は
そして・・・。
「・・・他人行儀な挨拶はこのぐらいでいいかエル?」
「はい。会いに来てくれて嬉しいですクロード」
そう言ってエルテイラはクロードに抱き着くようにその胸へと飛び込んでくる。
何を隠そうこのエルテイラ。かつてクロードの家で暮らしていた元同居人である。
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