第17話 憑りつかれし火竜
封印を施してある石に向けてクロードは手に持った
「それじゃあルティア嬢。手筈通りにいくぞ」
「あっ、はい!よろしくお願いします」
事前の打ち合わせ通りルティアは精霊の封印の解除に掛かる。
頭の上にアジールを乗せたままルティアはその場にしゃがみ込み両手を合わせ詠唱を開始する。
「聖なる炎の守り手よ。大いなる者よ。我が声を聞け、我はルティア・ディ・フィンモール。汝と共にある者なり」
ルティアの詠唱に呼応して封印された石が赤く発光し始める。
明滅その光はまるで心臓の鼓動の様にも見える。
同時に石の中から強い気配が漏れ始めたのを感じる。
「あれ?これってもしかして・・・」
石から伝わってくる力の波動にアジールはある事に気付く。
憑りついた邪霊を排除するばかりに気を取られていたが、そもそもルティアの精霊がどの程度の力を持つのか確認していなかった。
邪霊に憑かれるぐらいだからそれ程力の強い精霊ではないと勝手に思っていた。
いや、正確には思い込んでいた。
もっと考えておくべきだったのだ英雄2人が他人を頼らざる負えない程の状況というものを。
今、自分達の目の前で封印から解放されようとしている精霊の力はとても下位精霊の持っている程度の力ではない。
明らかに力の強い上位精霊。その中でもかなり力のある存在だ。
「クロード!これマズイかも!」
「分かっている!」
クロードも事態の深刻さに気付いたのか険しい表情をしている。
しかし、ここまでくると最早詠唱を中断する事は不可能だ。
どの道やるしかない。でないとこっちが死ぬ羽目になる。
そうこうしている間にもルティアの詠唱は終わりへと向かう。
「友よ。深き闇の中にありし我が半身よ。今汝をその眠りより解き放つ」
閉じていた目を見開きルティアが合わせていた手を左右に開く。
「
ルティアの叫びに呼応して石が強力な深紅の光を放ち室内を満たす。
直後、クロードの全身を熱を帯びた風が打ち付ける。
足下からは砂埃が舞い上がり視界を覆いつくす。
「くっ!」
ロングコートを盾にして吹きつける熱風から身を守りながら後ろへ下がるクロード。
砂塵の向こうから封印が解かれる前とは比べ物にならない力を感じる。
「予想以上に厄介な仕事を引き受けてしまったみたいだな」
自分の甘さと浅はかさに辟易しながらクロードは愚痴を零す。
今日は1日仕事で駆けずり回ったり家族に振り回されたりと散々だったが、そんな1日の締め括りがまさかこれ程とは思わなかった。
「まったく今日はとんだ厄日だ」
そう言ってクロードは砂塵の向こうの気配と向き合う。
巻き上げられた砂塵が少しずつ晴れ、最初はぼんやりと見えていた相手の輪郭がはっきりと浮かび上がる。
そこにいたのは燃え上がる炎の様に赤い色の鱗を纏った4枚羽の竜だった。
「
「これははまた途轍もないのが出て来たな」
火竜種といえば精霊術師で無くても知っている火精霊の中でも相当な上位種である。
そんじょそこらの兵士や魔術師が束になっても勝てる相手ではない。
「優希と一葉め、とんでもないのを押し付けてくれたな」
今更こんな所でこの場にいない英雄2人に対して苦情を言っても仕方ないが、それでも言わずにはいられなかった。ふと目の前の火竜と目が合う。
その目はどこか焦点が定まっておらず虚ろなように見える。
もっとも相手は竜なのでクロードの考えが合っているがどうかは分からない。
そして火竜の体の至る所から真っ黒なガスの様なものが噴き出している。
邪霊が精霊を蝕む時に出る瘴気が具現化したものだ。
「なるほどな。流石にこれだけの数の邪霊が相手だと上位精霊でも憑かれてしまうか」
上位精霊はその呼び名の通り精霊の中でも希少な上位個体。
通常であれば邪霊の一匹二匹など寄せ付ける事はない。
だがいくら力が強くても数で押し寄せて来られればその力が及ばない事もある。
一体何をやってこうなったのかは不明だが、恐らくこの火竜も無数の邪霊からの攻撃を受けて力を削がれた末に憑かれてしまったのだ。
(まぁ、事情の方は今はどうでもいいか)
ルティアの契約精霊の力と今の状態は把握できた。
やる事は余所のマフィアとの抗争で鉄火場に立つ時と同じ、つまりいつも通りだ。
クロードとて幾多の修羅場を潜ってきた男。こういう状況には慣れている。
「ルティア嬢。使役している精霊が上位精霊だなんて話は最初の内に聞かせてほしかったな」
「す、すいません!気が回らなくて」
謝罪を述べたルティアは非常に申し訳なさそうにしている。
別に彼女1人の落ち度という訳でもない。確認しなかったクロードにだって非がある。
(さて、一応不足の事態を考慮して準備はしておいたがこのクラスの精霊相手に果たしてどこまで通用するか・・・)
クロードは用意した道具や術の位置と火竜の全身を素早く確認し、瘴気の立ち昇っている箇所を捕捉する。
邪霊の憑依箇所は15か所。思ったよりも多い。
「だからってやる事は変わらんがな」
クロードは素早く銃口を瘴気の立ち昇る箇所へと向ける。
「かなり痛いが我慢しろよ」
そう言って手にした銃の撃鉄を起こすと躊躇なく
瞬間、ドーム状の室内に響き渡る火薬の炸裂する音が響き渡り金属の弾丸が撃ちだされる。
銃身の内部。旋条痕に沿って刻印された魔術式を纏って発射された弾丸は一直線に飛び、火竜の脇腹付近から立ち昇っていた瘴気に直撃する。
「グォオオオオオオンッ!」
「アァアアアアアアッ!
火竜の悲鳴と同時に脇腹の辺りから人間の悲鳴の様な絶叫が聞こえ、直後に脇腹から立ち昇っていた瘴気が弾けて消える。
それを見ていたルティアが思わず驚きの声を漏らす。
「嘘!邪霊を一撃で!」
本来、邪霊退治は体の中に入った異物を取り出す様に邪霊の浸食箇所から邪霊を引きずり出してから倒す。
しかしそれだと時間もかかる上に精霊自身への負担も大きい。
その点、クロードの攻撃はたった一度の攻撃で浸食箇所にいる邪霊そのものを消滅させた。
「
あらゆる魔の力を破壊する魔術式を纏わせた弾丸を放つ
この世に2つとないクロードのみが扱える武器だ。
「一気に行くぞ!」
クロードは銃を素早く動かして次々と
2発、3発、4発,5発と次々に撃ちだされた弾丸が火竜の体から立ち昇る瘴気を一撃の下に吹き飛ばしていく。
自分の師匠や国の偉い魔術師ですら出来なかった事を容易く行うクロードにルティアは羨望の眼差しを向ける。
「これなら・・・」
この調子ならすぐに自分の契約精霊を邪霊から解放する事が出来る。
ルティアがそう思った時、頭上のアジールが大声を上げる。
「クロード!気を付けろ!」
「っ!?」
アジールが叫んだ直後、火竜の顔がクロードの方を向き炎の
クロード視界一杯に赤い炎が広がり津波の様に押し寄せる。
「チィッ!」
クロードは咄嗟に横に飛んで迫る炎の波を躱す。
炎の
「クロードさん!大丈夫ですか!」
「今のところは問題ない」
とはいえあくまで今のところはである。
相手は無尽蔵の魔力を誇る火の上位精霊。
その気になれば何度でも同じ攻撃を放つ事が出来る。
そうなれば数秒先の未来に自分が無事に立っていられる保証はない。
だが幸いな事に相手は正気を失っており、今の攻撃も一時的な物だ。
普通の状態の火竜が相手ならいざ知らず。上位精霊であれこの様な状態のものが相手ならいくらでも対処する方法はある。
クロードは懐から師匠が用意した魔術符を抜き出すと、地面に叩きつける。
「地に潜み巡る者達よ。我が歩みを阻む者を地に縛れ!連鎖の縛錠!」
詠唱と共に符が地面に溶けるように消えた後、火竜の足元から土が盛り上がったかと思うと、中から無数の茨の様なものが伸びて火竜を地に縛り付ける。
「ガァアアアアアアアアアアアアッ!」
鼓膜に突き刺さる様な雄叫びを上げて火竜が暴れ、その度に大地が大きく揺れる。
大地から伸びた茨が次々と剥がされていくのを見るにそう長くは保たない。
「少し大人しくしてろ」
そう言ってクロードは6発目を撃ち込むと、腕を引いて魔銃を引き寄せる。
シリンダー部分のロックを外してシリンダーを振り出し、空になった薬莢を捨てるとポケットの中に先程突っ込んだ弾丸をシリンダーに込める。
手元の弾は4発。対して正気の数は残り9。
全てを完璧に消し去るには後5発分足りない。
残りの弾を持っているアジールとは距離が離れてしまい受け取りに行くと背後から攻撃を受け兼ねないそんな状況。
だが、それはクロードにとって決して慌てる様な事ではない。
「ロックに買い出しに行かせて正解だったな」
クロードはロックから受け取った小さい麻袋を取り出すと、中から鉄塊石の飛礫をいくつか取り出して左手に握る。
クロードには星神器「
それは
「
一瞬、左手の中で煮え立つような熱を感じた後、握っていた手を開けばそこには8発の弾丸が生成されていた。
能力「
それは金属の塊から弾薬を生成する能力。
弾頭となる部分を金属で造りだし、薬莢や雷管、火薬等は何故か手の中で生成されるという謎の多い能力。
元となる金属は鉄塊が一番成功率が高く、それ以外だとたまに失敗してパチンコ玉みたいな金属の玉が出来上がる。
「今回は8か。まあ多い分にはいいだろう」
不思議系能力故か、使った金属の量に関わらず毎回生成される弾の数が違うというデメリットがある。
クロードは生成された弾を空いているシリンダー部分に込めると、シリンダーを戻して銃口を再び火竜へと向ける。
「さあ、続きだ」
言うなりクロードは再び容赦なく火竜に向かって引き金を引く。
響き渡る火竜の絶叫と邪霊の断末魔の叫び。
それを数度繰り返すだけで大した時間をかける事無く半分近い数の邪霊が排除された。
と同時に邪霊の方も必死の抵抗を試みるべく憑りついた火竜を制御下に置こうと暴れだす。
火竜を拘束していた茨が引きちぎられて周囲に炎の嵐が吹き荒れる。
「早々簡単には終わらんか」
そう言いったクロードの口元にはどこか楽し気な笑みが浮かぶ。
「掛かって来い。相手をしてやる
両者の戦いは前半戦を終えて、本格的に激しさを増していく。
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