第62話VS悪魔

 黒騎士はすべての制約が解除されたかのように、今までに見たことのない早さで悪魔に切りつけている。


 二手に分かれて回り込んでいるけど、衝撃波が伴うほどの威力で参戦するのは難しそうだ。


 そんな激しい戦いが繰り広げられているけど、傷つけるどころか当たることすらなかった。


 悪魔は回避に専念しているようで、反撃に移ることはないけど、一方的に押されているというわけではない。笑みを浮かべ、機会を狙っている僕と兄さんの動きを視線だけで制御する余裕があった。


 それもただの視線ではなく、魔術的な効果が発揮されている。黒目に当たる部分に模様が浮かんでいるので、魔術陣があるのだろう。少しでも動こうとすれば身体が硬直してしまう。自由を取り戻した頃には、攻撃する隙はなくなっていた。


 動きが止まっている間にも状況はめまぐるしく変わっていて、黒騎士から異音が出たかと思うと、斬撃のスピードが上がる。ついに目で追うのも難しくなってしまった。


「驚愕、なり。このレベルが、まだ残っていた、か」


 悪魔の腕が宙を舞った。

 クルクルと回転しながら地面にボトリと落ちると、黒かった肌から色が抜けていく。砂で作り上げた城が崩れるように、灰になって崩壊した。


「――――――!」


 無言の咆吼とともに黒騎士が跳躍する。

≪動きを止めろ≫


 悪魔が短い言葉を発すると、魔術が発動した。

 それは、自分の目を疑いたくなる光景。


 空間のゆがみから出現した何本もの光の紐が黒騎士にまとわりつく。空中で貼り付けとなり逃れようとしているけど、無駄なようだった。


 あり得ない光景の連続に僕の脳みそは焼き切れてしまいそうで、目を閉じ、耳を塞いで思考を放棄したい欲求にかられる……けど、それは予想できていたこと。だからアミーユお嬢様には避難してもらったし、大見得を切った。


 だから、最後まで戦い続けなければいけない。その責任は僕にはあるっ!


「≪黒騎士≫! お前はまだ戦いたいだろッ!」


 凡人である僕に残された最後の意地だった!

 何故、自立して行動可能なのか? 今、そんなことはどうでも良い!

 悪魔と対等に戦えている、その事実は他の何よりも優先される!


 意を決した僕は、悪魔より先に≪無効化≫の魔術を放つ。光量が落ちたので効いているのは間違いないけど、無効化できるほどではなかった。クソッ、レベル差がありすぎる。もっと効果を高めなければ!


 腕を動かして宙に魔術文字を書く。


「邪魔、なり」


 けど、それは邪魔されてしまった。さすがに重ねがけする時間は与えてくれないか。


 地面に転がっている腕だった灰が、宙に浮かぶと集合して、蛇のように向かってくる。


「おっと!」


 身体能力が強化されているので、この程度の攻撃は当たらない。腹を穿つ突撃を側転で回避しながら≪魔力弾≫を放つと、灰の蛇に直撃。穴が開いたけど、すぐに塞がってしまった。


「物理的な攻撃は無意味だね。チリにしてしまえば魔力で操れなくなると思うけど、時間がないから効率を優先しよう」


 バックステップで距離をとりながら、黒騎士がいた場所を見ると、兄さんと連携して悪魔に斬りかかっていた。


 一瞬の隙を狙って参戦した兄さんはすごいし、善戦しているように見えるけど、油断はできない相手だ。僕も早く助けないと!


 はやる気持ちを抑えつけ、下がりながら≪無効化≫の魔術文字を書く。一つ、二つ、三つ、同じ文字を書き続け、繋げる。効果を増幅させる一つの手法だ。さっき使った感触で、どこまでやれば良いかは分かっている。


「止まれっ!」


 十以上も重ねた≪無効化≫の魔術を発動させると、その効果は絶大だった。

 光が灰にまとわりつくと、一切の抵抗を許さず、形が保てなくなり霧散する。生死の確認なんて必要はないほど、完璧な結果だ。


 目の前の脅威を排除したと確認した僕は、兄さんたちを助けるべく走り出そうとしたけど、その二人が同時に、こちら向かって飛んできた。


「え……?」


 突然の出来事に受け身すらとれずに衝突。すべての感覚が痛みに支配され、正常な思考など一切できない。視界は上下左右に動いて、地面を転がっていることだけは何とか分かる。


 兄さんと黒騎士は全身が傷だらけで無事なところは一切ない。その上、僕らは重なり合うようにして床に倒れているのだから、反撃のしようがなかった。


 不幸にも意識だけは途切れることはなく、自ら置かれた状況だけは理解できていた。部屋の隅にいた悪魔が、ゆっくりと近づいてくる。


「理性、記憶、感情、およそ人らしいものを失っても、ワレに挑む。哀れ、なり」

「人……ゴフッ、ゴフッ……」


 悪魔の独り言に思わず、血を吐き出しながらも声が出てしまった。


 可能性としてはあり得るし、考えたこともあった。でも、地球にいたころの倫理にとらわれている僕は、絶対に選ぶことができない方法。


「使うだけで、作り方は分からぬ、か」


 違う。知りたくなかった、間違って欲しかっただけだ。

 口を閉じて、真実を語らないで。


「ワレと戦うために、人を原料に作り上げた。その罪を忘れる。愚か、なり」

「あ、あぁ…………」


 僕が創った氷狼はアーティファクトを模倣して作成した。基本的な機能はオリジナルと同水準まで到達したし、一部は超えているとさえ自負している。


 でも、思考、命令の理解力だけは超えることができなかった。


 魔術を解析しても、工夫しても届かない領域だったので、思い詰めた僕は発想を変えてみた。ゼロから創り出すのではなく、言語が理解できるほどの高次元な思考を持つ存在を、素材として使えば解決するのではないか、と。


 考えれば考えるほど、その方法が答えのように思えてしまい、羊皮紙に設計図まで描いた。もちろん、実行することはなかったから、氷狼は未完成のまま使うことになったんだけど……。


「生き残るためなら全てが許される。誰かがワレに語っていた、なり」


 悪魔が近づくと、黒騎士が動き出す。

 立ち上がろうとするけど、足は欠けていて腕はない。もがいているだけだ。


 人を原料として創られたゴーレム。最初の頃は感情ものこっていただろうし、会話もできたはずだ。でも、何百年も経過すれば精神が摩耗するのも当たり前だし、正気は保っていられるはずもない。


「時間を……稼ぐ」


 兄さんが立っていた。全身から血が流れていて、まともに立てる状況じゃないっていうのに、いつも守ってくれる。そんな姿が消えかけていた僕の闘志に火をつけてくれた。


 哀れな存在だろうが、何だろうが、確かに僕たちは生き残るために戦うしかない。


 内に湧き上がってきた感情を燃料にして身体を動かす。歯を食いしばって立ち上がった。震える手に魔力を灯して、兄さんに魔術を付与した。


「良いサポートだ。自慢の弟だな」


 口の端をわずかにあげると走り出し、悪魔との交戦が再開した。


 兄さんが稼いでいる時間を無駄にするわけにはいかない。足を引きずって、いまだに、もがいている黒騎士に近づく。


「あいつが、憎いだろうね。殺したいだろね。力を貸してあげるから、動かないで」


 人として語りかける。普通のゴーレムであれば意味のない行為だけど、黒騎士は違った。思った通り、言葉を理解して、何が最善なのか判断して動きが停止した。


「ありがとう」


 念入りに付与するため、ペンを取り出して付与液につける。何度も何度も繰り返してきた作業だ。目がかすれて手が思った通りに動かなくても、どうとでもなる。


 ペンを動かすと戦闘音が聞こえなくなり、目の前にある黒い金属の塊が僕の全てになった。遮るものはもうない。


 淀むことなく腕を動かして、材質を硬化して魔力の循環を高速化する。さらにゴーレムの全身を巡る魔力の濃度も高める付与を、次々と描き上げていく。最後の仕上げとして、魔力を補充するために背に手を当てた。


「!?」


 視界が一気に切り替わると、荒野に立つ黒髪の女性が立っていた。頬には涙が流れた後がある。すぐに映像が切り替わり、先ほどの女性が白衣を着た老人と会話していた。老人は難しい顔をして必死に話しかけているけど、最後は肩を落として諦めてしまう。


 黒騎士の素材として使われた人の記憶だろうか?

 人を辞めてしまうなんて、想像できないほどの理由があったんだと思う。


 そんなことを考えていると、視界が元に戻った。


 黒騎士が見せた幻だったのか、僕の妄想だったのか分からない。けど、ゴーレムになった人の想いは皆、同じだったはずだ。


 最後の願いを叶えるべく、残り少ない魔力の全てを注ぎ込んだ。


 核となる宝石に魔力が補充されると、欠けていた部品の再生が始まる。無から有が生まれ、創り出したばかりだと言えるほど、傷一つない姿に戻る。


「兄さんを助けて……」


 立っていることすらできずに座り込む。目がかすんで、音が遠い。手伝えることはなにもない。


「オォッッ!!!!」


 叫びながら走り出す黒騎士の背中を見守ることしかできなかった。

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