第56話 地下へ

 門を潜り抜けても館までは距離が離れていて、目の前には前庭が広がっていた。


 青々とした芝生に、丁寧に切りそろえられてた背の低い木が並んでいる。よく手の入った庭だと、感心する。しかも単純に並べたのではなく、人が通れる通路があるのだ。


 迷い込んでしまったら出ることは叶わない、この世界に伝わる妖精が作った道のように思えてしまう。もちろん僕は見たことはないけどね。そんな感想を抱いてしまうのも、とんでもない量の付与が施され、迷路になっているからだろう。


 館のには6つの付与があったけど、ここは10をも超える。それも防御用だけではなく、迎撃、誘惑、感覚不といった魔術まで付与されているので、ここに何かありますよと言っているようなものだ。


 あからさまに怪しいので、罠の可能性は捨てきれないけど、僕は違うと思う。


「時間稼ぎということかな?」


 すでに誘拐は成功し、必要な道具はそろっている。あとは召喚の魔術を使うだけということなら、隠すよりかはバレた時に時間を稼ぐ工作に力を入れたのだろう。


 召喚さえできれば、その後はどうとでもなる。

 破れるものなら破ってみろ。


 そんな傲慢で、自信過剰な考えが見え隠れしていた。


 使う魔術で術者の性格が分かるとはよく言ったものだ。これはレオが施した付与なのは間違い。


 この挑戦、受けて立つよ。


 館に向かう道から外れて、木々が織りなす迷路の少し入ったところで立ち止まる。


 姿は隠せても淡く光る魔術陣までは隠せないので、素早く、効率的に使うため、指を躍らせるように両手で魔術陣を描いた。


 浮かび上がったのは《魔術解除》。機械のように正確に、一気に何個も描き上げていく。もし他人がいたら、いくつもの魔術陣が浮かび上がっている不思議な空間が見れただろう。


「全てを、一斉に、消滅させるっ!」


 最後にありったけの魔力を注ぎ込んで、《魔術解除》を発動させた。


 何かに導かれるようにして、光の尾が迷路に付与された魔術陣を同時に破壊していく。その中には、機能停止と共に他の魔術陣が起動するような仕掛けもあったけど、連鎖反応が起こる前に壊されてしまったら意味がない。


 この異常事態に気づけたとしたら、光の尾を見た人ただけ。


 でも、屋根で観察した限りでは、ここを監視している人はいなかったので問題ないと思う。仮に気づいたとしても、魔術師でもなければ、付与を壊していると理解できる人はいないだろう。


 ううん。魔術師だからこそ、誰もいない場所で、あの数を同時に壊せるなんて考えないはずだから、別の可能性を思いついちゃうかもね。


 残っている付与がないか確認してから、僕は迷路の奥へと進んでいく。


 場所は分かっているので迷うことはない。右へ、左へと歩いて、数分後には小さいながらも開けた場所に出た。


 芝生の上に白い平らな石が敷き詰められていて、円形状の床を作っていた。その上に、真っ黒な丸いテーブルと同系色のイスが四脚あり、光の反射具合から、床と同じような材質だと思われた。


 ゆっくりと近づき、テーブルに軽く触れる。


 走り続けててほてっていた体には、冷たく心地よい感触だ。


「魔力は下から感じる。ここが入り口かな?」


 しゃがむと、手の甲でコンコンと叩く。反響音から何かわかるかなと思ったけど、残念ながらそんなことはなかった。やっぱり、この手のスキルは全くないみたい。


 破壊することもできるけど、大きな音を立ててしまえば、さすがに様子を見に来る人が来るだろう。うん、もう少しだけ調べようか。


 まずは床らだと思って、イスを石畳の外に移動させる。続いて丸テーブルも持ち上げようとしたら、全く動かなかった。


「固定されている?」


 テーブルの足元を見ると、床の石と一体化していた。使うには不便な構造だ。であれば、何らかの意味があるはず。


 持ち上げるのを中断して周辺を隅々まで観察すると、テーブルの裏に暗号化された魔術陣があった。それも3つ、石を削り出して描かれている。


 付与液を使った形跡もないので、常に動かすような魔術ではないのは間違いない。必要になったら魔力を流して発動させる方法で運用していると考えられた。


 これは、本格的に調べる必要がありそうだね。


 テーブルの下に潜り込むと、仰向けになって魔術陣を一つ、一つ、丁寧に紐解いていく。暗号化と言ってもこの世界のレベルだと、そう難しいことはしていない。


 基本的には、魔術文字を隠すように模様を複雑にしているだけだ。他にも意味を何回か反転させて理解しにくくする方法や、書き足すことで本来の機能を発揮させる方法など色々とあるけど、知識さえあれば才能なんていらない。


 高度に暗号化された場合は、意味のないことがらをじっくりと眺めて、数日間、数週間かけて解読する退屈な作業だったらしいけど……うん、やっぱり、ありきたりな方法を使っているから問題ないね。


「ここと、ここをつなげて。さらに、文字を書き足すと――」


 付与ペンで欠けていた文字を追加して、3つの魔術陣を完成させた。


 かかった時間は10分程度だろうか? 貴族お抱えのレベルでこの程度なんだ。想像していたより簡単だった。


 最後に見落としがないか、罠が残っていないか確認してから、立ち上がって再びテーブルの上に手を置く。


 魔力を注ぎ込むと、魔術陣が淡く光り影が薄くなる。重いものを動かすような低い音が鳴り響き、石畳の床が左右に割れた。


「おっと!」


 ちょうど真ん中に立っていたので、落ちそうになったけど、慌てながらも跳躍し、すんでんのところで回避した。油断していたのでちょっと危なかった。こんなところでケガをしてしまったら、間抜けすぎる。


 空いた穴には下に続く階段があり、壁には魔石で動く照明が点在。暗闇を明るく照らしていた。電池のような使い方をするので施設を使っていないときは、明かりは消されているはずだ。誰かが隠された地下施設を使っているのは間違いない。


 乾いた埃っぽい空気を感じながら階段を降る。姿は隠したままだ。音で存在がバレてしないようにと、ゆっくりと進んでいく。


 下に行くにつ入れて、ざわめきが聞こえ始め、最下層に到達した頃には人の声だとわかるほど、ドア越しでもはっきりと聞こえていた。


 鉄製のドアはわずかに開いており、光が漏れている。

 中の様子が気になったので、覗こうとして顔を近づけた。


「ッ!」


 思わず声が出そうになったので、慌てて両手で口をふさいだ。


 部屋の中心に大規模な魔術陣が描かれている。またそれを支えるように小さな魔術陣がいくつもあり、その上には、まだ子供だと思われる男女が、血を流しながら倒れていた。


 その血は魔術陣の溝を満たしていき、一種の付与液として使っている。


 付与液の効果を増幅させるために人の血液を使う方法は確かにある。けど、あれは、気軽に使えるものではない、使ってはいけないものなんだ! 


 大量の血液が必要だから、ちょっとした魔術で人ひとり分を使う。この規模の魔術陣であれば、いったい何人の命が必要になるか計算したくもない。


 クソッ、やっぱり、部屋の片隅に死体の山が築き上げられている。


 あの中にアミーユお嬢様がいると思うと、頭がどうにかなってしまいそうだ。今にも飛び出して、全てを消し去ってやりたい。恐らく今の僕は、人様には見せられ内容は醜い表情をしていることだろう。


 でも、脳内の片隅には、付与師として冷静な自分もいた。


 爆発しそうな感情を抱えながらも、冷静に周囲を観察し続ける。敵対勢力と思われる人は十人。古臭い大き目なローブを身に着け、フードを深くかぶっている。性別は良く分からない。そのうち一人は中心にある、一際大きい魔術陣の上に立っている。石を削って描かれた魔術陣に沿って付与液を流し込む作業をしていた。


 そこで僕はようやく気付いた。ヤツの足元に、人が横たわっていたのだ。


 髪の色がアミーユお嬢様と同じ金色。わずかに見えた顔から本人だと分かる。まだ御使いらしき姿は確認できない。儀式は終わっていないのだろう。間に合った!


 突入するなら今だ。そう思って扉に手をかけたところで、室内にけたたましい音が鳴り響いた。


「警報の魔術!?」


 あぁ、こんなところで凡ミスをしてしまうとは!


 僕は地上の魔術陣を解除したのであって、地下は範囲外だった。そのことを忘れて無防備にドアを触ってしまったのは、やはりどこか、冷静ではなかったのだろう。


 奇襲でなければ《透明》を使っている意味も薄れる。常に魔力を消費し続けているので、戦闘となれば解除したほうが良い。


 覚悟を決めて姿を現すと、ドアを蹴って中へと走り出した。

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