第23話 アミーユお嬢様のお茶会2

「永久付与――アーティファクトタイプのゴーレムは、魔力を込めることにより出現します。常に生物の形をしている、通常のゴーレムと大きく違う点ですね」


 話しながら手に持った宝石に魔力を込め、光り出したところで宙に放り投げる。と、次の瞬間には、全甲冑の黒い騎士が庭園に立っていた。


 手には全身を覆うほどの大きな盾と、武骨なロングソードを持っている。背は高く、僕ですら見上げてしまうほどだ。


「魔力を込めてから2秒。悪くはないですね」

「あっという間に出てきました!」


 出現した騎士型ゴーレムをペチペチと叩きながら、アミーユお嬢様が喜んでいる。


「このタイプの最大の弱点は、ゴーレムが出るまでに時間がかかることです。まずは、ゴーレムにすることから始めましょうか」

「はい!」


 元気いっぱいに返事をすると、手に持っていた青い宝石を握りしめる。目を閉じ、小さなうなり声を上げながら、宝石に魔力を入れている。


 けど、僕の時の様に、宝石が光ることはなかった。青い宝石は弱い明滅を繰り返すだけだ。魔力が溜まっていないのだろう。


 自転車に乗るのと同じで、説明しただけで出来るようにはならない。でも一度覚えてしまえば、忘れずにずっと覚えていられる。そういった技術だ。さて、どうやって教えようか……。


「先生ぇ……」


 泣き出しそうな声が聞こえたので、思考の海から浮上した。目の前にいるアミーユお嬢様が涙目で、僕を見つめていた。


「宝石に魔力を込めても、すぐに出てしまいます。私には才能がないのでしょうか……」


 僕が教えると、つまずくことなく全ての知識、技術を吸収していた。それは僕の教え方が良いというより、才能だからこそ成せる業だろう。だからこそ、初めての壁に戸惑っている。


「そんなことはありません。お嬢様ならすぐに覚えられますよ」


 でもこんな小さな壁、僕のサポートさえあれば、すぐに乗り越えられる。

 宝石を握りしめているアミーユお嬢様の手に、僕の手を重ねる。


「せ……先生!?」

「今から、お嬢様の手を通して、私の魔力を宝石に入れます。その感覚を覚えてください」

「は、はい!!」

「良い返事です」


 宝石に向って魔力を込める。何度も繰り返してきた作業だ。アミーユお嬢様の手を介して、魔力が補充され、宝石が光り出した。


「お嬢様。投げてください」


 僕の言葉にうなずくと、優しく投げる。宙に舞った宝石が光に包まれ、氷狼が出現し、音を立てずに地面に降り立つ。


「本当に出来ました……」


 僕の魔力を通じて疑似体験したことで、自分がゴーレムを出現させたと錯覚しているようだ。やはり、アミーユお嬢様は魔術的な感覚に優れている。今なら一人でも出来るはずだ。


「さっきの感覚は覚えていますか?」

「なんとなく……ですが」

「それで十分です」


 氷狼に触って、先ほど込めた魔力を外に放出させると、姿が薄くなり宝石に戻る。

 他人の魔力を操作することは出来ないけど、自分の魔力なら造作もないことだ。


「今度は、お嬢様一人で挑戦してください」

「はい!」


 青い宝石を手渡すと、自身に満ち溢れた声を返してくれた。


 先ほどと同じように目を閉じ、小さなうなり声を上げながら、宝石に魔力を込める。今度は、魔力が外に放出されていない。予定通りに魔力が溜まり、宝石の光が徐々に強くなる。


「で、出来ました!」


 宝石を握ったまま喜んでいるけど、早く手放した方が良い。そうじゃないと……。


「キャッ!!」


 手の上から氷狼が出現して、アミーユお嬢様は尻餅をついてしまった。


「大丈夫ですか?」

「はいぃ……」


 失敗したのが恥ずかしいのか、顔を赤くして下を向いている。


「私も初めての時は、同じような失敗をしましたよ」

「先生も?」

「そうです。恥ずかしがる必要はありません」


 そう言って僕は、手を差し出した。アミーユお嬢様は一回手を出して引っ込めたけど、辛抱強く待っていたら、最後は手を握ってくれたので、引っ張り上げた。


「何か命令します? キーワードは《氷狼》です」

「うーん」


 指をアゴに当てて悩んでいる。子供っぽい仕草に、思わず笑顔になる。

この前の頭痛から、前世の家族を思い出す機会が増えてきた。アミーユお嬢様を見るたびに、どことなく妹に似ていると感じてしまう。


 もちろん同一人物であるはずはないし、僕みたいに前世の記憶があるという訳ではなさそうだ。記憶の中にいる妹と年齢が近いか、そう感じるだけなんだろう。


「決めました! 《氷狼》お腹を見せなさい!」


 足を曲げるとゴロッと横たわり、氷狼が腹を見せる。犬の降伏ポーズの態勢だ。でも見た目が狼に似ているせいで可愛くない。


「硬い……」


 それに、当たり前だけど全身は鉄のように硬い。フワフワな感触など一切ないのだ。


「ゴーレムですからね。当然です」

「はい……」


 残念そうな顔をして、アミーユお嬢様は氷狼から手を離した。


「その代わり、攻撃から身を守る盾になってくれますよ」


 まだ不満そうな態度をしているけど、こればっかりは、どうしようもない。次のステップに進めるか。


「宝石のゴーレム化、命令まで終わったので、後は修復と消滅までやって授業は終わりにしましょう」

「修復ですか? 予備のパーツに付け替えるのでしょうか?」

「普通のゴーレムだとね」


 視線を先ほど出現させた、黒騎士の方に向ける。


「《黒騎士》、氷狼の足を切断しろ」


 忠実に命令を実行した黒騎士は、返事をする代わりに前足を切断した。数舜遅れてアミーユお嬢様の悲鳴が聞こえる。


 非難する視線が痛いけど、勘違いはここで直しておく必要があるだろう。


「ゴーレムはペットではありません。兵器です。足が切り飛ばされた程度で、悲鳴を上げてはいけません」

「でも、可哀想です!」

「その考えは間違っています。人を脅威から守るために造られたのです。人のために犠牲にすることを、躊躇してはいけません」

「……はい」


 返事はしたものの、頬を膨らませている。納得できてないのだろう。あまり得意ではないんだけど、一応フォローしておこうかな。


「今回は授業のためにわざと壊しましたが、粗雑に扱って良い訳ではありません。普段は大切に扱い、いざというときに躊躇なく兵器として使えと、言いたいのです」

「普段は……大切に?」

「そうです。命令に慣れるために一緒に過ごしても良いです。護衛のために一緒に寝るのも良いでしょう。自分の命を守る物だからこそ、行動を共にして大切に扱うのです」

「…………一緒に、お風呂に入っても?」

「もちろんです。そのためにも、直してあげましょう」

「はい!!」


 機嫌を直してくれたみたいだ。壊した張本人が僕だと忘れて、早く教えて欲しいとせがんでくる。


「直し方は簡単です。魔力を注いであげれば、自動で修復が始まります」


 切り飛ばされた前足は、本体から離れた時点で魔力に変わり、消えてなくなっている。魔力を補充して新しく創り出すしかない。


 アミーユお嬢様は、寝ころんだままの氷狼に触れて、魔力を流し込んでいる。それがゴーレムのコアである宝石にたどり着くと、内部の魔術陣を介して前足が再生された。


「上出来です。ゴーレムを出現させる方法と同じなのが分かりましたか?」

「はい! ワンちゃんも直ってよかったね」


 労わる様に優しく撫でている。その姿に少しだけ不安を抱いたけど、普段は大切に扱えといったは僕だ。いざというときに、使い捨てにできる覚悟はできていると、僕は信じることにした。


「そろそろ最後の授業をしましょうか。ゴーレムから魔力を抜き取れば宝石に戻ります。早く戻して、クッキーを食べましょう」

「残念ですけど……しばらくのお別れですね。夜にまた会いましょ」


 はた目からは、呼吸をするような感覚で宝石に戻していた。やはり才能だけで言えば、僕より上なのは間違いないだろう。


「メイとカルラを呼んできますね!」


 呆然と眺めている僕の横を走り去っていった。


 先生として教えられる時期は、そう長くないのかもしれない。本来なら嬉しいはずなのに、どこか寂しく感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る