第21話 目覚め

 カリ、カリカリ……。


 やっぱり! 問題は簡単だ。ペンはテンポよく動き続け、回答を9割りほど記入する。もうすぐ最終問題だというところで、応接室のドアが開いた。


 応接室で僕を監視していた、金髪のメイドさんがドアを開けたようだ。コルネリア様御一行が入ってくる。


 もう少し粘りたかったけど、ここまでか。僕は立ち上がり頭を下げた。


「テストは終わりです。どこまで書けましたか?」

「9割ほどです」

「よろしい。ヘイリー」

「はい」


 声をかけられたメイドさんが、回答用紙を回収してコルネリ様に手渡した。


 回答を確認している間、誰も声を出さない。物音一つしない、静かな空間だ。自信あるけど、反応してくれないと、時間が経つにつれて不安が募る。


「問題ありません。第二の試験も合格です。顔を上げなさい」


 この一言で、ようやく心の重石が取れた。言葉に従って顔を上げる。


「ありがとうございます。これから第三試験でしょうか?」

「今日はこれでお終いです。次は、三日後にしましょう」

「試験内容をお聞きしても?」

「対人戦とだけ、伝えておきましょう。これからヘイリーと話すことがあるので、他のものは退出しなさい」


 コルネリア様の後ろにいる、この館の主人であるリア様を見ると、アミーユお嬢様と一緒に退出しようとしていた。


 勝手に応接室を使われても抗議しないか。なら、僕から言うことは何もないね。


「失礼します」


 もう一度、頭を下げてからリア様の後を追うように退出した。


◆◆◆


 応接室から出てしばらく歩くと、アミーユお嬢様が振り返った。


「先生! 先ほどの戦闘には驚きました!!」


 身内だけになるまで、ずっと我慢していたのだろう。瞳は星のようにきらめかせながら、僕に詰め寄る。


 隣にいるリア様は苦笑しており、専属メイドのメイさん、カルラさんは微笑ましく眺めていた。


 なんとも微笑ましい光景。昔を思いっ……!

 脳に急激な負荷がかかり、強烈な既視感に襲われる。


 ――僕より先に死んでしまった前世の兄。

 ――がれきに挟まれて人知れず死んだ僕。

 ――残してしまった妹。


 もう随分と前の話しだ。お互いを支え合った兄妹だった。でも顔が思い出せない。いつの間にか、僕は薄情な人間になっていたようだ。あんなに大切だったのに。


 兄を失い、妹を残してしまった後悔が、僕の心を締め付ける。忘れていたことを恨んでいるかのようだ。心が痛い。


「先生?」


 急変した僕の姿を見て、アミーユお嬢様が心配そうに見上げていた。まだ、ダメだ。家庭教師の仮面は外せない。


 頭はズキズキと痛むけど、無理やり笑顔を作って優しく話しかける。


「少し考え事をしていました。先ほどの戦闘で学ぶことはありましたか?」

「はい! モンスターを倒すときはバラバラにするんですね!! 害虫を徹底的に駆逐するような、執念深い攻撃に感激しました!」

「え……」

「まずは小さいゴブリンを粉砕できるように、私、頑張ります!」


 小さい手で握りこぶしを作って、愛らしい笑顔をしている。何か非常にマズイものに目覚めさせてしまったかもしれない。


 僕はオーガーとの戦闘を見せたことを少し後悔してしまった。でもアミーユお嬢様のおかげで、頭痛は収まってきたようだ。


「お母様! コルネリア様にお願いして――」

「アミーユ。それ以上はいけないわ」

「でも!」

「コルネリア様の決定は、絶対です。試験が終わるまで、授業の再開はあり得ません」


 否定されても諦めないアミーユお嬢様は、リア様をにらむ。こんな顔、初めて見た。


「落ち着いて話を聞きなさい。授業は禁止と言われましたが、会うことは禁じられていません」

「お母様……」


 言葉の意味を理解すると、笑顔に変わる。リア公爵夫人の言う通り、家庭教師としての活動は禁止された。でも個人的な知り合いとして会うのであれば問題ない。


 つまり、部屋で楽しく話していたついでに魔術を教えても、それは授業ではく、遊びだと言い切ることもできる。建前さえあれば、どうにでもなるのだ。


「今日は試験で疲れているでしょう。明日、お茶会に誘いなさい。個室で何をしていても、私やコルネリア様は気にしません」

「はい!」

「クリスさんも、それでよろしいですか?」


 拒否する要素は一つもない。僕は静かにうなずいた。


「お茶会の準備をしなきゃ! メイ、カルラ、行きましょ!」


 子供らしく、スカートがめくれるのも気にせず走り出す。カルラさんも後をっていくけど、カルラさんは立ったままだった。


「お店でお会いしたときに、お兄様から伝言を預かっています」

「兄さんから?」

「はい。”これから特殊個体を追うから、しばらく連絡が取れない。心配しないでくれ”とのことでした」

「伝言ありがとうございます」


 また特殊個体か。本当に最近多い。それにまた危険な仕事を引き受けたのか……。兄さんらしいけど、少しは自重して欲しい。


「メイ! 早く行きましょ!」


 メイさんが居ないことに気づいたアミーユお嬢様が、立ち止まって手を振っている。


「それでは失礼いたします」


 慣れた動作で礼をすると、お嬢様と合流し、引っ張られるように去っていった。


「まったく、あの子ったら」


 お転婆な女性など、貴族の子女としては失格だ。けどリア公爵夫人は、嬉しそうにしている。元は貴族ではなかったことが、関係しているのだろうか? もしそうなら、平民を見下さない態度も、自由奔放な性格も納得できる。


 あれは、彼女だけがもつ美点だ。魔術の才能も十分だし、家庭教師を引き受けてよかった。この先が楽しみだ。



「おい。お前、調子に乗るなよ?」


 僕の楽しい妄想をぶち壊す声が後ろから聞こえる。振り返ると、ケルト様と20代後半の男性が立っていた。


 長い金髪に切れ長な目。クールな見た目は、貴族の子女にモテそうな雰囲気をまとっている。


「ぼっちゃま。そこまでにしておきましょう」

「レオ先生!」


 その男性がケルト様に注意をする。

 先生ってことは、彼がケルト様の家庭教師? 想像していた以上に若い。


「きみがクリス君かい?」

「はい」

「ペンに付与した魔術を、あえて受けて抵抗したんだってね! 手を抜いたとはいえ、私の付与を跳ね返せるとは、そこそこやるんだね!」


 丁寧な言葉づかいだけど、本質的にはケルト様と変わらない。僕を完全に格下の存在として扱っている。ケルト様もそうだけど、会うたびに見下されると、我慢の限界に達しそうだ。


「恐縮です」


 とはいえ、逆らうわけにもいかないので、現実は頭を下げるしかないんだけどね。


「うんうん。謙虚なのは良いことだ。最後の試験には、私も参加する予定だ。せいぜい善戦することだね。運が良ければ、家庭教師の仕事を続けられるかもしれない」

「ご忠告ありがとうございます」


 格下だと思って油断したのだろう。貴重な情報をくれた。頭を下げた価値があるというものだ。


 確かに付与のレベルは高かった。年齢からすると天才の部類に入るかもしれない。でもその代償として、肉体を鍛える時間はなかったようだ。全身が細身で、接近戦ができるとは思えない。それに実戦経験も少なさそうだ。


 僕は脳内でレオを倒すための作戦をいくつか作り上げていた。


「それじゃ私達はこれで失礼するよ」


 僕の肩を軽くたたいて、レオは去っていった。ケルト様はその後を追っていく。


「辞めたくなった?」


 彼らが通路の奥に消えると、リア公爵夫人がつぶやいた。


「実は私、思いあがった人を、叩きのめすのが好きなんです。面白い試合にして見せます」


 アミーユお嬢様のため、両親の死を調べるためにも、辞めるつもりはない。それになけなしのプライドが、このまま終わらせるわけにはいかないと叫んでいた。


「そう言ってもらえると助かるわ」


 メガネ美人の儚い笑顔。たったそれだけの事なのに、不思議と勇気をもらえた気がした。男って単純だな。いや、僕が単純なのか?


「それでは私はこれで失礼いたします」

「アミーユのこと、お願いしますね」

「もちろんです」


 気合を入れなおした僕は、部屋に戻るために歩き出した。

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