第42話 マネできること、マネできないこと
カルナックの守備側視点とジョンの攻撃視点を合わせて考えると、ジョセフの作戦が合理的に思えるようになった。過去の69ersの試合をもう一度通しで見てみると、彼の意図がよくわかったの。確かに凄い。だって敵の守備の細かい変化を分析して、瞬時にベストな作戦を考え出すのよ。控えめに言って、神ってた。ジョセフの作戦が当たりはじめると、69ersの攻撃って本当に防ぎようがないのよね。
そう思いながらもう一度クラウゼヴィッツ戦を確認した私は、あることに違和感を覚えた。
クラウゼヴィッツの守備陣は前半、集中してランを抑える一方で、パスについては割と寛容に通させている。一方でリードした後半は、相手にマンツーマンでついて、パスの受け手を抑えてきた。
これって、最初からワザと「相手にパスを通させた」ってことなんじゃないの? パスプレーっていうのは、成功率が低い反面、成功すればかなり距離を稼げるQBの腕の見せ所だから、序盤でこれが決まるとスコアで負けていても、攻撃する側としてはそこまでネガティブにならないというか「相手を崩すのは難しくない」って感じると思うの。しかもその相手はタッチダウンを取れていないわけで、勢いに乗っているのは自分たちの方だ、って勘違いするんじゃないかしら?
なぜそう思ったのかというと、クラウゼヴィッツの立場で考えたら、選手の能力差を活かしてランでゴリゴリ攻められる方が嫌だったのよ。圧倒的な戦力で69ersに押しまくられたら、クラウゼヴィッツの選手じゃ手も足も出ない気がしたの。
だからもし、クラウゼヴィッツのマネージャーが相手の心理的な油断を誘うため、そして相手のランを避けるために、前半はパスを通させていたのだとしたら?
そう仮定しながらもう一度動画をチェックしてみると、クラウゼヴィッツは前半、残り60ヤード以上ある場所からは割と簡単にパスを通させるものの、相手が自陣深くに入った後は、WRに対するマンマークを徹底してパスを出させていなかった。
つまりクラウゼヴィッツは前半も後半同様の戦い方ができたってことじゃない?
そう考えると、ジョセフもクラウゼヴィッツの策略に前半からはまっていたことになるけど、そこを意識しながらもう一度この試合を見てみた。
そして気がついたの。クラウゼヴィッツのマネージャーの本当の恐ろしさに。彼はジョセフの戦術パターンを逆手に取って、自分の理想通りの展開にはめていたのよ。その結果69ersの作戦の範囲は徐々にせばめられていき、わかりやすい展開に持ち込まれていった。ジョセフは読まれていたんじゃない。最初からクラウゼヴィッツの手のひらの上で踊らされていたの。
どういうことかというと、前半にエサを撒いたクラウゼヴィッツは後半、
①本格的にパスを封じることで相手の精神的優位を奪い
②相手の攻撃をランに限定することで時間をかけさせ
③相手の攻撃の選択肢を削って心理的に追い込み
ながら押し切ったわけだけど、試合開始前からこの展開を想定していたと思うのよ。というか、戦力差のある相手に対して勝つ方法は、こうやってあらゆる方面から揺さぶって動きをわかりやすくしていくしかない、と考えていたんじゃないかしら?
実際は69ersを焦らせてミスで自滅させる、とまではいかなかったけど、逆転の必要に迫られたジョセフの作戦は徐々にわかりやすく、守りやすくなっていった。最後にランの連発でとられたタッチダウンは点差があったから怖くなかったし、逆に逃げ切るための時間稼ぎに使われていたの。
ここまでに気がついたことをレポートにまとめた私は、翌日のミーティングでマスターたちに公表した。
「あのおっさんの考えそうなことだな」
レポートを見終わったマスターがそう言ってあごひげをなでる。「あのおっさん」っていうのはクラウゼヴィッツのマネージャーのことね。ジョンはカルナックの視点に影響を受けたらしく、何かを考えていた。カルナックはまだ真剣にレポートに目を通している。
「ジョセフはすでにクラウゼヴィッツの戦略に気がついている、よね?」
ジョンに聞いてみた。
「たぶん。きっとこの敗戦の経験を活かして僕たちに向かってくると思うし、逆に僕らがクラウゼヴィッツに負けた試合の事もチェックしていると思う。あいつも僕らには絶対負けたくないだろうからね」
「じゃあ私たちはどうすればいいかな?」
「相手は前半でリードを奪うために、最初から全力で来るはず。守備でそこをいかにしのぐか? その上でこちらの攻撃が読み合いで勝つことができるか? その二つ。クラウゼヴィッツのような大胆な戦略は思いつかない」
「守備陣にかかる負担が大きいわよね」
「それなんだが、俺はフォーメーションを変えようと思ってる」
おもむろにカルナックが言った。
「俺の位置から見えないように攻撃を組み立てられると、正直守りきる自信がない。だから、ラインを1人うしろに下げて3-4フォーメーションにして視野を確保するんだ。相手はこちらが4-3フォーメーションで来ると思っているだろうから読みを外せるし、こちらから密集するポイントを動かせた方がランに対応しやすい」
「ジョセフのパスに対してはどうするの?」
「部分的にマンツーマンで相手のWRやTEを抑えていくが、万が一抜けられたときのためにトミーとマイキーで備える」
「マイキーを使うのか?」
マスターが口を開いた。
「あいつ、小さいけどタックルうまいから。守備範囲の広いトミーと組ませるなら、今のところあいつが候補になるかと」
「そうか……わかった」
いきなり新人をスタメンで抜擢することが決まったけど、大丈夫かしら?
「僕は一度、ジョセフの攻撃パターンを試してみようと思う。相手がさんざん練習しているパターンだけど、実際に試してみないとうちの守備がはまるかどうかわからないし、相手を攻めるにあたっても知っておかなきゃならないと思うんだ」
「だけど今からだと移動日含めてあと三日しかないよ? 大丈夫?」
「今日と明日で69ersのパターンを踏襲し、現地で最終チェック。それでどうだ?」
マスターの言葉にジョンもカルナックもうなずく。ただ、そう言ったマスターはひげを触りながらじっと何かを考えていた。
グランドに出た私は練習中の選手たちのコンディションをチェックする。週1回の試合が連続しているせいで、疲れは見えるものの、フィジカルトレーニングの効果があらわれてきたのか、つらそうな選手はいなかった。
戦術練習に入ると、攻撃陣が69ersのパターンを全員で確認し、実際に試す。ただ動きを比較すると、本番の69ersの方が明らかに洗練して見えた。彼らはパターン練習に時間をかけているのだと思う。マスターもそれを察したのか、選手たちにもっと機敏に動くよう、指示が飛んだ。
そのまま幾つかのパターンを習得し、練習を終えると辺りは暗くなっていた。私は練習の片づけを終えると、お店に戻って敵の守備の穴を探る。ジョンの言ったように相手の守備陣がパターン練習や紅白戦で慣れている動きがわかっているのであれば、その穴を探すことで活路が見いだせるんじゃないかって思ったの。私はいくつかのパターンをピックアップし、翌日ジョンに渡すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます