第21話 初めての敗戦
クラウゼヴィッツ戦はアウェー遠征だったから、私はお店でマオやナオと準備にかかった。話によると5連勝を狙うノーブラを応援しようと選手たちを追いかけて敵地コロシアムに向かったサポーターもいるらしい。もちろん自宅の水晶玉で観戦する人もいる。そんな中でこのお店に足を運んでくれるお客さんがいらっしゃることは本当にありがたいです。
「今日も勝てるかな~?」
「そりゃ勝つわよ! 相手はまだ1勝もしてないんでしょ?」
ナオとマオがテーブルを設営しながら話している。だけど、私はマスターのつぶやきが気になっていた。
お客さんは試合開始前から続々と集まり、私たちもこれまでの手配通りにお酒と料理を出していく。お客さんの期待に満ちた笑顔に私も嬉しくなった。
その後、試合開始までにお店とオープンテラスは満席になり、私たちは新しいお客さんを勝手口側のスペースに誘導することに。ベンちゃんが作ってくれたテーブルとエール樽の椅子の即席の座席だけど、水晶玉も良く見えるしお客さんは楽しんでくれているみたい。
試合が始まると、前半戦はこう着状態が続いた。思ったよりも相手の動きがいい。トミーのマークに大柄な選手ではなく、小さな選手をつけてきているんだけど、トミーはなかなか彼をかわすことができない。
一方で逆サイドのデヴィッドもしっかりとマークされていた。両翼を封じられたノーブラはラン攻撃に望みをつなげようとするんだけど、これも突破のスキが見いだせない。
何かがおかしい……と思った私は水晶玉に近づいてよく見てみた。
あっ! やられた!
そう声が出そうになった。
クラウゼヴィッツはなんと、守備陣に攻撃の選手を大量にコンバートしていたの。わかりやすく言うと、体格の良い選手を外し、機動力に勝負をかけてきていたのよ。ノーブラの攻撃陣にはそこまで体の大きな選手はいないから、マンツーマンで勝てるのであれば技術やスピードを優先させるのは当然で、理にかなっている。
しかも彼らはノーブラの弱点をしっかり突いてきた。総勢23人、つまりほとんどがレギュラーメンバーのノーブラは、相手からのスカウティングに弱い。だって毎回ほぼ同じメンバー、ほぼ同じポジションなんだもの。だから選手の行動パターンさえ把握していれば、専門職でなくても互角以上に戦えるの。だけどそこに気付くなんて新しいクラウゼヴィッツのマネージャーは相当な策士だわ。
もちろん、だからと言って簡単に負けるわけじゃない。実際、相手の攻撃もそこまで鋭いわけじゃないし、互いにフィールドゴールでしか点が入っていなかったから。
だけど……。
前半の終了に差し掛かったとき、私は驚愕した。
ショットガンでの打開策が封じられたノーブラが、苦しまぎれのワイルドキャットフォーメーションに移行した時だったの。確かに相手の守備が軽いのだから、巨漢のベンちゃんをダイレクトに特攻させる奇襲は合理的な作戦のように思える。でも、相手はこの瞬間を狙っていたの。
ジョンモンタナの動きでフォーメーションチェンジに気付いた相手ディフェンスが、見計らったかのようにベンちゃんに速攻で殺到したのよ。あわてたベンちゃん、ボールを
そこからはあっという間だった。クラウゼヴィッツの小柄な守備陣に楽々とボールを奪われ、ファンブルリターンタッチダウンを決められて、一瞬で突き放されちゃったの。
結局そのまま前半戦が終わったんだけど、お客さんの落胆ぶりは、まるでこの世が終わったかのようだった。みんな格下だと考えていた相手にまさかここまでいいようにやられるとは思っていなかったんだと思う。もちろん私も楽観視していたところはあったかもしれない。だけど今は違う。スポーツの恐ろしさを味わった気がした。
ハーフタイムのティモニーズのダンスもそれほど盛り上がらないまま、ゲームは後半に入る。相変わらずリズムに乗れないノーブラの攻撃は、クラウゼヴィッツの徹底したマンツーマンディフェンスに阻まれ、不発を繰り返す。私は仕事に戻りながらも今日の勝負、勝ち目がないことを悟っていた。これまでチームを近くで見ていたから。そして、マスターが言っていた
「スポーツは頭の良さが求められるんだよ」
という言葉を思い返していたの。その時だった。
「ミオ、元気出しな!」
ナオが私に声をかけてくれたの。そうだね。せっかく来てくれてるお客さんに楽しんでもらうのが、今の私たちの仕事だもんね。
気持ちを切り替えた私は、試合が終わった後の準備に取り掛かる。チームとして、勝利をプレゼントすることはできないかもしれないけれど、お店としてできることをしよう。そう思ったの。
試合は後半終了直前に再びワイルドキャットフォーメーションが失敗し、相手に攻撃権が移ったところで終了した。初めての敗戦。多くのお客さんは足早に去って行かれました。
お会計の列が一区切りしたとき
「みなさーん! ご観戦、お疲れ様でした~!」
マオが店内に残るお客さんに向かって大声で叫んだの。
「残念ながら、今日は我らがノーブラ、負けてしまいましたが、頑張って戦ってくれたと思います!」
続けてナオが声を張り上げた。
「お店に残ってくれたお客様のために、これからの時間、ドリンク飲み放題で行きたいと思います!」
私が大盤振る舞いを宣言すると、店内の雰囲気がやや明るくなった気がした。
「そしてーっ!」
「私たちーっ!」
「「踊りまーす!!」」
え? マオさん? ナオさん? 私は聞いてないのですが?
「ミオもはやく、このテーブルに乗るよっ!」
マオとナオに言われるがまま、三人で中央のテーブルに上がる。
「私たち!」
「マナミーズでーす!」※
こうしてマオとナオの勢いだけで急遽結成されたアイドルユニット「マナミーズ」は、めちゃくちゃな歌とダンスを披露し、お客様大爆笑の中、場を盛り上げることに成功したのでした。
※皆様ご存じの全国区アイドル「ま〇みのりさ」とは何の関係もないんだからねっ!
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