第9話 「代打、俺」禁止令

 試合終了後、大勢のファンたちと共に店になだれ込んできた選手たちのテンションは、最高潮に達してた。


 料理とお酒を大量に準備し、大量に出し入れすること5往復。さすがにトミーに手伝ってもらわなきゃ回らなかったわよ!


 お酒が入って熱狂の宴が続く中、マスターたちが中央のテーブルの上に乗ってパフォーマンスを始めたの。


「ワナビどもはーっ?」


「「「ブラバッ! ブラバッ!」」」


「俺たちはーっ!」


「「「No1! No1!」」」


物はーっ?」


「「「消毒だーーっ!」」」


「わてら陽気な!」


「「「ブラウザーバーックス!」」」


 各自雄たけびをあげながら種族関係なく大声で歌いまくってる。めちゃくちゃ失礼なことを言ってる気もするけど、死闘の後の宴会ってこういうものなのかしら? でも見てるのも面白いけど、実際これだけバカやって盛り上がれるのって、本当に最高に楽しいんだろうな、とちょっとだけうらやましく思っちゃった。




「おはようございまーす!」


 と翌朝出勤すると、食べかすと飲みかけのグラスでぐちゃぐちゃなフロアに大の字になったマスターが大いびきかいて寝てた。

 上半身裸だし……。


 まったく、男どもって、本当にしょーがないわね!


 そうぶつぶつ言いながら掃除を始めたんだけど、私の頬はなぜかゆるみっぱなしだった気がする。



 で、あらかた片付け終わったころにマスターが起きてきて


「ああ、もうこんな時間か」


 と言いながらお尻をぽりぽりしてトイレに行ったのね。すると今度は


「おはようございます」


 そう言ってトミーが出勤してきたの。


「あんた、また遅刻? もう掃除ほとんど終わらせちゃったわよー!」

「ごめん、ミオ。っていうか、お客さん来たんだけど……」


「え?」


 トミーの後ろに確かに大男が。よく見ると、スーツを着たアイスマンさんだった。



「すみません、うちのマスターすぐに出てきますから」


 そう言って片付けたばかりのテーブルにアイスマンさんをお通しし、水を準備していると


「あれ? 早いな」


 トイレから出てきたマスターがいきなりアイスマンさんに声をかけた。


「せっかくなんで、いろいろと見せてもらおうと思いまして」


 そう言ってアイスマンさんは椅子から立ち上がり、マスターと握手したの。


「なかなかいい店だろう?」

「広々として開放的ですね」


「俺も少しラテン系でいこうかなと思ってね」

「あなたこれまで自分がゲルマン系だとでも思ってたんですか?」


 二人はまるで親友のように楽しそうに語り合っている。昨日あれだけの死闘を繰り広げた敵同士とは思えない。もちろん話している内容は良くわからないけどね。


 実は今日は全国スポーツ協会の会合が開かれる日で、この店で会議が開かれる予定だったんだって。



 え……?


(そーいう大事な話を、なんで事前にしてくれないかな! このマスターは!!)


 店の準備をトミーに頼むと、私はあわてて食事の買い出しに出かけた。そして戻ってくると、いかにも偉い雰囲気の方々が10名くらいテーブルの周りで話していたの。そこにはマスターもアイスマンさんもいなかった。というかトミーもいないし……。


 私は急いでお客様に飲み物と軽食を出すと、料理の支度にかかる。

 だけどあの三人はどこに行ったんだろ? そう思いながら厨房の窓の外を見ると、三人が丸いボールを蹴っているのが見えたの。


 私はんだ水をコップと一緒にお盆にのせると、勝手口から出てマスターのところに向かった。


「何やってるんですか?」

「フッボウだよ」


 そう言うとマスターは丸いボールを蹴り上げた。まるで昨日、水晶玉で見たのと同じライナー性の軌道でアイスマンさんに向かって行く。アイスマンさんはそのボールを太ももでピタッと止めると、そばにいたトミーに何かレクチャーしていた。


「会議出なくて大丈夫なんですか?」

「大事なことはお偉いさんが決めてくれるさ」


 マスターはそう言ってもう一つの丸いボールを蹴り上げる。今度はトミーがボールを足でコントロールしようとしたが、威力のあるボールはトミーの太ももから跳ね上がり、遠くまで転がっていった。


「俺たちは遊ぶのが仕事なんだ」

「え?」


 びっくりして聞き返した私の方を向き、マスターが目を細めて言ったの。


「俺たちが遊ぶのを、楽しんで見てくれる人がいる。だから、真面目に、遊ぶ」



 私はカルチャーショックを受けた。いや、マジで。自分が遊ぶことをここまで哲学的に言い訳して遊ぶ大人がいた、ということに。だけど、実際この人はこうやって生きてきたんだろうな、とも思えたし、エンターテイナーとしての自分に誇りを持っていることはこれまでの話や行動を見ていてわかっていたから、それを言葉で具体化されたことの方にショックを受けたんだと思う。少なくともそれまでの私にこの発想はなかったもの。


「今の俺のセリフ、かっこよかったろ?」

「だからそういうこと、言わなきゃいいのにっ!! 全部台無しじゃないっ!」



 その日は結局マスターが協会のお偉いさんたちを接待する形で晩餐会が開かれたんだけど、会議で決まったのは「プレイングマネージャー制を廃止する」ということだったみたい。つまり「代打、俺」ができなくなるということ。現役を引退したとはいえ、マスターやアイスマンさんの技量は秀でているから、彼らが試合に参加できるのは彼らのようなスター選手を召喚できていない他の国の立場からすると不公平だ、という意見が出たらしいのね。


 マスターとアイスマンさんはその決定を潔く受け入れ、ほかの事は協会の偉い人に一任してボール遊びしてたんだって。だけどこれから試合に出られなくなっちゃってつまんないと思わないの? 抗議しようと思わなかったの? って聞いたら


「俺たちは遊びの天才だ。どんな状況でも、無理なく遊ぶことができる」


 だってさ。うん、そうだよね。マスターはそんな人だ。



 翌日ノーブラの面々が店に集まって来ると、トミーが昨日の事をみんなに話してた。みんなアイスマンさんがどんな人だったかとか、今後はマスターが出られない分、トミーが頑張れとか、いろいろと盛り上がっていたけど、途中でセンターくんが私のところに来て言ったの。


「アネゴも来週から選手登録されるって本当?」


 誰だ! そんなデマを流した奴は? っていうか、私ってアネゴ扱いだったの? あっ、今マスター向こう向きながらほくそ笑んだね? やっぱあんたのせいかーっ!


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