第40話 脱出

  さて、この研究所のセキュリティールームは…

わたしは、電気の通う導線や電話回線を駆け巡りながら、ある場所を探していた。

沙智が自分の足枷を外すパスワードを唱えてくれた事で、何に縛られる事なく機械から機械へ移動できるようになった私・サペンティアムは、この魔導研究所にあるだろうセキュリティー等を操る部屋を探していたのである。

建物内を駆け巡っている内に、それと思わしき部屋の前へたどり着く。

 生体認証…ね。けど、わたしには、そんなものは無意味…!

本来ならば、限られた人間が肉体の一部をかざさなくては入れない扉だったが、認証システムに侵入した私は、あっという間にデータの改ざん・侵入を成功させる。

そうしてセキュリティーを司る機械までたどり着いた私は、そのシステム内部に侵入する。“魔導”研究所と言わしめるからには、機械内部で魔力とかあるかと思ったけれど…そうでもなさそうね

わたしは、膨大なファイルの中から、必要なものを探し出そうとしていた。

沙智と一緒に脱出させるには、一番手っ取り早いのは、機械をショートさせて停電状態にすること。しかし、ハードディスクにログインしていない彼女は、停電にしても上手く動けないから意味のない行為だ。それに、わたしが臓器補助器に介入しない限り、沙智は起き上がる事すらままならない。また、臓器補助器に関しては、ヴィンクラなくして使用も侵入も不可能なため、何かしら“人為的な力”が必要となってくるのだ。

 これは…!!

必要なものを探す内に、わたしはとある名簿らしきファイルを見つけた。一見すると、所員の氏名や個人情報が載った名簿だが、一人だけ気になる人物の名前を見つけたのであった。



「…っ…ぁ…!!」

サティアがセキュリティールームにいた頃、私は、うめき声をあげながら苦しんでいた。

「さぁ…教えてもらおうか、緑山君。人工知能サペンティアムを、どこへ行かせた?」

そう口にしながら、オルゴは私の腹部を掌で強く押さえつける。

表情こそ笑っているが、瞳はそうではない。必要不可欠な存在ものに逃げられた事に対し、怒りを露わにしているのだろう。しかし、知っていようがいなかろうが、私は話すつもりはなかった。

「う…」

息切れを起こしていた私は、意識が朦朧としていた。

しかし、心は決して折れてはいない。今までの自分であれば、記憶を消され続けていた関係でここまでの忍耐力はなかっただろう。しかし、忘れさせられていた記憶を思い出し、「自分は独りではない」という想いが芽生えたのが、大きいかもしれない。

「オルゴさん、あまり肉体に負荷をかけさせるのは…」

「む……」

怒り狂っている上司を見兼ねたのか、側で控えていたオルゴの部下が、当人に声をかける。

それを聞いた男は、押さえつけていた右手を放した。

「うっ…ごほっ…!!」

腹部を締め付けられていたため、私は息切れしながら咳をする。

「ヴィンクラ…を、無理やり外されているの…だから、サティアが何考えているか…なんて、解るわけない…でしょ…」

呼吸が少しずつ落ち着いてきた頃合いを見て、私は言葉を紡ぐ。

 もしかして…

すると、不意に私はある考えが浮かんだ。今の自分は何もできないが、それでもやれる事はあるのかもしれないと―――――

「ねぇ、もしかしてなんだけど…」

「ん…?」

視線を少しあげると、そこには平常心に戻ろうとする研究者がいた。

「貴方たちは“魔導”を研究しているのだろうけど…もしや、強力な魔術は使えないのでは?」

私がそう告げると、オルゴは鋭い視線で、台座上に横たわる自分を見下ろす。

「自分で言うのもなんだが、わたしは一応、視覚に関する魔術を使えるのだがね?」

「それでも・・・それでも、フタバやシェルトのように生来から魔術が使える民族ではないんでしょう?」

「…だとしたら、どうだというのかね?」

落ち着いた口調で言葉を紡いでいたが、彼の瞳は憤りを抱いているかのようにぎらついていた。

それを見た私は、自分の発言が真実だと悟ってフッと嗤う。

「ないものねだり……なんでしょうけど、滑稽だなと思って」

「ほぉ…」

「フタバ達みたいに…生粋の魔法使いを支配しようにも、自分にはその力も資格もない。それでも、こんな研究所の上に立つ者として君臨しているのだから…!」

「…っ…!!」

私の台詞ことばを聞いたオルゴは、眉間にしわを寄せていた。

「まぁ、いい…。いくら光速で移動できようとも、そう簡単にこの研究所からの脱出はできまい…」

怒りを抑えながらそう告げたオルゴは、部屋の隅にある機械の側へ歩み寄る。

「人工知能・サペンティアム。聞こえているのだろう?隠れていないで、戻ってきなさい。主がここにいる以上、君は逃げ出せないはずだ」

機械に備え付けられたマイクを使い、オルゴは告げる。

すると、反響した音が同時にスピーカーから響いたため、建物全体に声が響き渡る内線放送を使用していたのだろう。

 サティア……信じているからね…!!

私は強くそう思いながら、祈るように瞳を閉じる。


「…そこまでだ」

「…え…?」

突然、見知らぬ声が聞こえてくる。

「な…何故、ここに…!!?」

気が付くと、オルゴの部下が、目を見開いて驚いていた。

彼らの視線の先には、黒髪・黒い瞳を持つ中年女性が立っていたのである。

「誰…?」

不意に私が声を出すと、女性は私の方に視線を移した。

「この娘で、相違ないな?…サペンティアム」

『…えぇ』

「サティア…!!?」

女性は、腕にはめている時計らしき物に視線を落とすと、そこからサティアの声が響いてくる。

それを見た私は、目を丸くして驚いた。

「成程…。まさか、君達が手を組むとは…ね」

状況を把握したオルゴが、ふらつきながら、一歩二歩とこちらに近づいてくる。

「さて…オルゴ。そなたには、いろいろと礼をしたい所だが…。今は他に、優先しなければならぬ事ができたのでな。故に、お暇させてもらおう」

「そいつを捕らえ…!!?」

手を広げながら言葉を紡ぐ女性に対し、オルゴは部下に命令を下そうと叫ぶ。

しかし、最後まで口にする前に、彼の体が壁に吹っ飛んでいた。

 魔術…!!?

何もないのに吹っ飛んだオルゴを見た私は、その現象を“それ”だと直感する。

気が付くと、自分の四肢を捕らえていた手錠のようなものが、粉々に砕けていた。

「手を…と思ったが、おぬしは自分で動かせぬのであったな。…致し方ない」

「え…っと、貴女は…?」

「しがない魔術師の末裔だ。さて、話は後!!」

中年女性は、口を動かしながら私を抱き起し、私の両手を自身の肩の上にのせる。

「…くっついた…!?」

『ヴィンクラを…!!』

魔術で私の両手を肩に固定したようで、手が固まったような状態になっていたのを見た私は、目を丸くして驚いていた。

そんな私にかまう事なく、サティアの声を聞いた女性は動き出す。

 この忍者並の身のこなし…。もしかして、これも魔術の賜物なのかな…?

私は、ヴィンクラを手にして走り出した中年女性を見つめながら、不意にそう思った。

ちなみに、両手を魔術で固定された私は、女性の背中におぶさっているような状態になっていたのである。

「わたしは、蝉時雨敷子。フタバの叔母だよ」

「あ……緑山沙智…です」

中年女性は、走りながら名前を名乗ってくれた。

先程から驚きの連続だったため、フタバの身内だと聞かされても、特に動揺することはなかったのである。

「さて…詳しい話は後にして、今はここから脱出するよ!!」

「はい…!!」

そう言い放った敷子は、簡単な詠唱を行い、直後に足の速度が更に増す。

 訊きたい事はたくさんあるけど…今は、逃げる事が先…だよね…!!

そう強く思った私は、顔を彼女の背中に預けながら、自分に吹き付ける風を避けるために瞳を閉じたのであった。



「叔母さま…!!」

「フタバ…」

その後、研究所を脱出した私達は、敷子さんが呼んでくれたシェルトのバイクに乗せてもらい、フタバがいる孤児院へ帰ってきたのである。

久しぶりに会えた身内にフタバは驚きつつも、すぐに駆け寄って抱き着いた。

 よかった…

私は、そんな彼女達を後ろの方で見守っていた。

ちなみに、シェルトと合流した後、少し無理やりではあるが敷子さんが私の首筋にヴィンクラを装着してくれた。おかげで私も、自分で動けるようになったのである。

「まだ、具体的な説明はしていなかったね」

「あ……。私こそ、助けてくれてありがとうございました!」

再会の抱擁を交わした中年女性は、私に声をかけてくれた。

私も、脱出している際には言えなかったお礼を述べる。

「なぁに、それについてはいいさ。あたしも、そこの人工知能と取引しただけだしね」

「取引…?」

『……そう。研究所の奴らに捕まっていたその人を解放する代わりに、沙智…。あんたを助けろという取引をしたの』

「そうだったんだ…」

ミュートを外したヴィンクラのスピーカーから、サティアの説明が聞こえる。

「詳細はあまり語れないけど…。簡単に言うと、あたしはこの子ら若い魔術師のために、わざと捕まってあげていたのさ」

「わざと…」

その言い回しを聞いた途端、自然と“これ以上話を掘り下げないほうがよい”という考えが、私の脳裏に浮かんだ。

「私やシェルトがこうして暮らせていたのはね…一重に、敷子叔母様のおかげだったの」

「連中は、強い魔導を持つこの女性ひとを狙っていたのもあったからな。“互いの牽制”もこめて、今の状態が続いていた…。そんな所だな」

そんな中、フタバやシェルトが、具体的な事を話してくれたのである。

ちなみに、“今の状態”は、敷子さんが研究所に身を預ける代わりに、フタバ達若い魔術師が日常生活を送れるようにする事を指す。また、移住してきた魔術師達の長である敷子さんが研究所に身を置く事で、他の魔術師が反乱を起こさないようにするという狙いもあったのだろう。また、フタバが“叔母”と呼んでいる事から、敷子も双葉と同じジャポニクスの末裔であることは間違いなさそうだ。

「沙智…。本当に、ありがとう」

「フタバ…」

私の側に駆け寄ってくれた彼女は、満面の笑みを見せてくれた。

「私、早くに両親を亡くしていたから…敷子叔母様が、唯一の家族だったの…。他のジャポニクスらの関係もあって、口には出せなかったけど…すごく嬉しい」

涙ながらに語る彼女の表情かおが、とても綺麗に感じたのである。

「水を差すようで、悪いが……。お前は一刻も早く、この地を離れた方がいい」

「シェルト…」

場を見計らったのか、シェルトが私とフタバの側によって口を開く。

「んーーー…そうだね。恩人を追い出すようで悪いけど、あんたら自身のためにも、あまり長居はしない方がいいよね」

シェルトの提案には、敷子さんも賛同していた。

「確かに…。逃げ出せたとはいえ、私は正式な国民ですらないから…。追っ手がここに現れないとも限らないものね」

本来ならばシェルトの言い回しは薄情でもあるが、自身の立場をここ数日で理解していた私は、不服をいう事なく受け入れたのである。

『でも、今回の一件で、沙智はかなり体力を消耗しているはずよ。だから、ほんの数時間だけでも、休ませてもらってもいいわよね?』

誰に問いかける訳でもなく、サティアの声が響く。

「…だね。少しだけ仮眠して、体力を回復させてから出発するといいさ」

「ありがとうございます」

敷子さんの提案を聞いた私は、素直にこの人たちに対して感謝の言葉を述べたのである。


『…さぁ。2時間くらいしかないけど、あんたは少し眠りなさい』

「うん…」

その後、部屋のベッドで一睡させてもらう事にした私は、ベッドに入り込んでいた。

 ふかふかのお布団…久しぶりだな…

ベッドに寝ころびながら、不意にそう思う。また、敷子さんが取り返してくれた時空超越探索機を見つめんがら、私は生きて脱出したのを改めて実感していたのである。

すると、過度の疲労のせいなのか、睡魔が思いっきり押し寄せてくる。

「サティア…」

『ん…?』

意識がまどろむ中、私は人工知能サティアの名前を呼ぶ。

「ありがとう…ね…」

『…どういたしまして』

礼を述べた後、私は瞳を閉じる。

いつも高飛車で割ときつい言い方の多いサティアがこうやって応えてくれた事に対し、何かが変わったのかもしれないという想いを抱きながら、私は眠りについたのであった。


こうして私達は一睡した後、この“現代に最も近いアメリカ”を去るのであった。


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