第38話 明かされたカラクリ

 「ひとまず…君は魔導研究所ここに連れてこられるまで、何か薬物のようなモノを飲まされなかったかな?」

私のヴィンクラを外させた研究者は、何やらメモを取るのに必要なバインダーとボールペンを片手に、問いかけてきた。

「薬物…」

自分を拘束する鎖の音を響かせながら、私は考える。

他の時代での消されていた記憶を思い出したとはいえ、全てではない。そのため、視線を横に傾けながら、記憶の糸を辿った。

「あ…!」

「…思い出したかね?」

突如として声を張り上げた私に、相手は反応する。

この時私の脳裏に浮かんだのは、1800年代の日本にいた時―――――――――時空流刑人タイムイグザイルの男に拉致された際、錠剤のような薬物ものを口移しで飲まされた事だ。

時空タイム…じゃなかった。私のいた時代から飛ばされたと言う男に、錠剤を飲まされたような…」

「…それが、我々の“協力者”だ」

「えっ…!?」

自分の呟きに対して、すぐに返ってきた答えに驚く。

私は見逃していたが、オルゴはバインダーに挟んでいるであろう紙に何か書き込みをしながら、私の話を聞いていた。

「まぁ、我々が“彼”と出逢ったのは、本当の偶然なのだろうが…嬉しい事に、その“協力者”は我々と同じ野望があってね。利害の一致で、手を組む事になる」

そして、オルゴは話しながら片手で持つヴィンクラに視線を映す。

「手を組んだ後、彼は“君”という存在を教えてくれた。“歴史復興プロジェクト”という巨大な計画の要となる存在。最新の時空超越探索機を使え、AIに選ばれし少女。一方、どこから手に入れたかは知らないが、彼は“機械が発する電気を遅延的に狂わせる効果を持つ錠剤”を、君に飲ませてこちらへ誘導できるようにすると我々と約束して、元いた時代に帰っていったのだ」

「それって…時空超越探索機を、持っていた…という事?」

私は、視線を男に向けながら問いかける。

「その件については、“君”の方が知っているんじゃないかね?」

オルゴは、サティアが宿っているヴィンクラに視線を落とす。

しかし、スピーカーのミュートを外していない事もあり、彼女が言葉を返すことはない。

「ここをこうすれば…いいのかな?」

すると、オルゴは見よう見まねでヴィンクラを触りながら、ミュート解除に成功する。

「サティア…!!」

私は思わず彼女の名前を呼ぶが、人工知能は応えてくれない。

「サティア…というようだね。君は、我々の目的が君自身やヴィンクラゆえに、如何なる態度をとっても危害を加えられることはない…そのように考えているのではないかね?」

不気味な笑みを浮かべながら、彼は自身の部下にアイコンタクトをする。

「……っ!!」

足音が聞こえたと思った刹那、自分の首筋に冷たい感触がした。

この時に一瞬、以前に訪れた平安時代での出来事を思い出したのもあり、それが刃物である事を容易に気付く事ができた。

「…確かに、サティア。君に害を加えるつもりはない…が、君の対応次第で、彼女の首が飛ぶといっても過言ではない。それに、彼女は体こそ不自由でも、人間の女である事に違いはないからね…。“女”をいたぶる方法が暴力以外にもある事を、君だったら知っているよね…?」

「なっ…!!?」

この時、オルゴが私に対して見せた表情が、あまりに不気味で鳥肌が立つ。

彼が口にした台詞ことばの意味も、何となくだが理解していた。

『…従ってやるしかない…という事ね』

「サティア…!!」

すると、ずっと黙り込んでいたサティアの声が、ヴィンクラから響いてくる。

「では、サティアくん。続きを頼むよ」

『わかったわよ、変態野郎』

毎度お馴染みでもある、サティアが相手に変なあだ名で呼ぶ事でオルゴは不快になっていたが、そんな表情すら見えない彼女は再び話し始める。

『一般への出回りはあまり多くなかったとしても…最も科学が発展している時代だからね。製作会社の人間が持てるくらいには、普及はしていた…と聞いた事があるわ』

「…そう。その後、彼は犯罪者となって、時空流刑人タイムイグザイルになった。おそらくは、流刑になるよう、自分から何か仕掛けたといっても過言ではないだろう」

「自分から…」

その言い回しを聞いた途端、私は思い当たる節のある台詞を思い出す。

 “とある罪”というのが、それに当たるという事ね…

私は内心でそんな事を思った後に、再び話に耳を傾ける。

「いずれにせよ、我々は、君が所属している考古学研究所に対して思うところがあったからね。まぁ、細かい事は割愛するとして、我々の目的はその研究所が近い将来、壊滅する事でもある」

「でも…今いるこの時代は、私が元々暮らしていた時代よりは過去…違う時代でしょ?貴方自身は時空超越探索機械を持っていないようだけど、どうやって研究所に干渉しようとしたの…?」

私は、疑問に思っていた。

オルゴの協力者―――――私が出逢った時は九譲呂くじょうろ 野辞のじと名乗っていた男はともかく、オルゴ自身が私のいる現代じだいに干渉する事は時空を越えない限りは不可能だ。そのため、彼が口にした台詞ことばの意味が理解できなかったのである。

『…簡単な事よ、沙智』

「えっ…?」

すると、不意にサティアの声が響く。

『時空を超越しないで、先の世に干渉する方法…それは、“過去で何かをして未来を変える”…それしかないわ』

「なっ…!?」

サティアが述べた見解に対し、私は目を見開いて驚く。

確かに理屈でいえば、過去が違う結果になれば、それによって訪れる未来にも変化は生ずるだろう。生まれるべきものが生まれなかったり、在るべき物が、その時には既に存在していないなど、やりようによっては様々だ。

「それと、今から言う事はわたしの憶測だが…。“古代の技術を会得する”事自体は秘密にせざるをえないだろうが、サティアという極めて知能指数の高い人工知能を世間に公表しなかったのも…一重に、製作者である君の父親が、行方不明だからでないかね?」

『…っ…!?』

オルゴが口にした憶測は、私は不思議に感じていただけだったが、サティアは動揺したような声を漏らす。

その反応を確認した男は、満足そうな笑みを浮かべる。

「互いの意志疎通ができていない部分もあるのかな…?まぁ、わたしから今話せるのはここまでだ。ひとまず、君は休息を取りたまえ」

「なに…を…!!?」

オルゴが私に背を向けた途端、口を少し湿った布で覆われる。

 駄目…意識が…!!

おそらくは、睡眠薬か何かがしみ込んだ布なのだろう。私の意識が、次第に遠のいていく。

『ごめんね…沙智……』

意識が薄れていく中、私の名前を呼ぶサティアの声が、一瞬聴こえたような気がした。

こうして、私の意識は闇に堕ちていくのである。



 あれから数日が経過するが、無理やり引きはがされて以来、沙智とはほとんど会話をしていない。あのオルゴという変態野郎を筆頭とした魔導研究所とやらの連中は、どうやら時空超越探索機を自分達が発明したものとして世に遺したいらしい。そのため、私にもわかる事を、根掘り葉掘り訊いてくるのだ。私自身としては、こんな人間達の指図を受けるなんて真っ平ごめんだが―――――沙智を人質に取られている以上、迂闊な事はできない。ここ数日で、自分が知っている限りの事を連中には話した。最も、私自身の記憶ログが消えてしまっている点に関しては、沙智の目の前に連れて行き、彼女の話も聞いていたようだが…

 沙智が父親の事を知ってしまったのは、この際仕方ないけど…。果たして、どうすれば…

私は、コンセントにつなぐ旧式の充電器につながれているさ中、考える。“異なる星にいる”などであれば、救助信号のようなものを発すれば、考古学研究所かれらも気が付いてくれるだろう。しかしここは、時空を超えた先にある世界だ。例え、救助信号を発する機能がこのヴィンクラにあったとしても、届かないのが関の山だ。

 にしても、緑山卓あのこのちちは、何故行方をくらましたのかしら?考古学研究所あっちの連中も魔導研究所こっちの連中も探しているようだけど…この現状だと、逆にさっさと見つかってこの場に連れてきてくれればいいのに…

不意に私は、そんな事を考えていた。人間の親が子供に対してどう考えているのかは知らないが、自分の生みの親である緑山卓であれば、この状況を打開する術すべを知っているかもしれない―――――そんな考えがよぎっていた。


『ところで、あの子は無事なんでしょうね?』

「…あぁ、無論だとも」

ある日、オルゴのいる研究室に連れてこられた私は、低い声で尋ねる。

すると、少し間はあいたが向こうの返事がきた。

沙智の臓器補助器は、私しか操作できないはずだけど…問題がないという事は、これも魔術とやらの賜物かしら?

私は、変態野郎の反応を見ながら考え事をしていた。

「…ところで、今日は君に一つだけ問いたいのだがね」

『一つだけ…?珍しいわね、昨日までは根掘り葉掘り訊いてきたくせに』

話を切り替えてきた学者に対し、嫌味をこめて返す。

それに対して奴の部下は反応していたが、当の本人は部下を引き止めていた。

「彼女は眠る際…眠りは浅い方かね?それとも、深い方なのかね?」

『……は?』

あまりに突拍子もない質問に対し、私は声が裏返っていた。

確かに、沙智の臓器補助器を調整しているのは人工知能わたしだから、眠っている際に筋肉が休んでいるか否かはわかる。しかし、それはあくまで他の時代でログインしている時の睡眠状態であるため、全てを知っている訳ではない。

『レム睡眠とノンレム睡眠の事を言うならば…わからないわ。だって、“寝る”という行為は、私と沙智が密接していない時にも行われているでしょう?』

「成程…それはそうか…」

『でも、何だって睡眠の話なんか…』

私が答えると、オルゴは腕を組んでいるようで考え事をしていた。

部下たちが見守る中、オルゴは少し黙り込んでいたのである。

「…まぁ、いい。わかった…。ヴィンクラを、元の場所に戻しておいてくれ」

「はい」

考え事をやめたオルゴは、部下に対して私が宿るヴィンクラを元の位置に戻すよう指示した。

 何を考えている…?

奴の部下によってヴィンクラを運ばれる中、私は思った。

人工知能である自分は、人間の睡眠に種類があるのは知っているが、“寝る”という行為がどんなものであるかは知らない。しかし、この時、沙智の中で普通ならありえないような事が起きていたのを、私はまだ知らなかったのである。

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