第35話 目的地と異なる地に到達して

 西暦2450年のアメリカ。この時代はまだ世界に魔法が存在し、魔法学の研究が熱心に続けられ、守られるべき世界遺産も存在していた時代。そこにあるとある研究所内にて――――――――

「所長!2時間程前、下町の方で膨大な魔導を感知致しました」

「何…!?」

何やら測定器のような物を操作する所員が、この場で一番偉い人間に進言していた。

所長と呼ばれる男は、所員が捜査する機械のモニターを見つめる。

「よりによって、治安の悪い場所にたどりつくとは…」

「しかし、“彼”の言った通りとなりましたね!」

「ああ…。これで、奴自身が言っていた事を、信じざるを得ないだろうな」

「…では、所長。早速捕獲しますか?」

「少し様子を見よう。下手に動いたりしたら、他の奴らや国に勘付かれてしまうかもしれないからな…」

部下の進言に、上司は慎重な返答をしていたのである。



『沙智…。目を覚ましたようね』

サティア…

意識を取り戻した私は、重たくなった瞼をゆっくりと開く。始めは頭の中に霧がかかったような状態だったが、人工知能サティアの声が頭の中に響いてから数秒後、完全に目が覚めた。

「サティア、大丈夫っ!!?」

私は、つい声を張り上げながら起き上る。

しかし、同時に両腕に痛みを感じていた。よく見ると、両腕に包帯が巻かれていたのである。腕を回してストレッチできた所から察するに、臓器補助機は無事のようだ。ただし、軽く揉むと鈍い痛みを感じるので、どこかにぶつけて怪我したために、包帯を巻かれているようだ。

『あたしが再起動し出した時、ここの町はずれにあんたは倒れていたの。それを住人が見つけて、ここに運ばれたみたいね』

サティア…。やっぱり、ログアウトした時の事を覚えていない…?

『…ええ、残念ながら…。どうやら、人工知能わたしは一時停止すると、その前後のプロセスが抹消される…人間でいう所の“記憶が飛ぶ”現象が起きるみたい』

そっか…。でも、パスワードをイドルから再び聞き出せたから、ログアウトはちゃんとできたよ

『…みたいね。さっきハードディスクをチェックしたら、ちゃんとログアウト状態になっていたようだし…』

ベッドから起き上がった私は、心の中でサティアとの会話を進めていた。


「目…覚めたようだな」

「わっ…!?」

気がつくと、私の目の前に茶髪の青年が立っていた。

ノックしていないのもあるが、今はログインしていないため、その気配に全く気がつく事ができなかった。青年は、生気を失ったような表情をする。無表情というよりは、どこか遠観しているような面持ちであった。

「ここは…どこ?貴方は誰…?」

私は少し用心しながら、この青年を見上げる。

しかし、警戒しているのは私だけではなかった。

「あいつが五月蠅いから運んできたが…お前こそ、何者だ?」

「っ…!?」

最初は死人のような眼差しだった青年の瞳に、殺意が宿ったような気がした。

「えっと…」

私は、次に何と口にすれば良いか迷う。

サティアが言うように、見慣れない人物が町はずれで倒れていれば、誰もが不審がるだろう。しかし、ここがどんな時代かもまだ把握できていない自分は、なんて答えればよいかわからずじまいだった。

『…まだログインできていないんだし、記憶喪失って事にしておけば?』

サティア…!

すると、それを見かねたサティアが助け舟を出してくれた。

また、彼女の言い分もある意味正しい。ログインできていない以上、知識を吸収する事も、技術を行使する事もできない。今の私は、一種の記憶喪失と、何ら変わりがないからだ。

「よく…覚えていません。この町の人間ではないと思います…多分」

少したどたどしい口調で、私は答えた。

それでもやはり、青年による疑惑の眼差しは消えない。

「…あら!目が覚めたのね♪」

「!?」

青年の背中越しに、女性の声が響く。

「フタバ…」

後ろから入ってきた女性を目にした青年は、名前らしき単語を口走る。

私が呆気にとられていると、女性が状況を把握したのか、穏やかな笑みを見せて言う。

「…ごめんなさいね?彼、ちょっとだけ心配性だから、怖がらせてしまったのかも…」

「へ…?あ、いや…!」

私の目の前まで来てまっすぐ見つめてくる女性の瞳は、とても綺麗に見える。

「ちなみに、ここは“家”。私達は、孤児を預かって面倒を見ているのよ」

「孤児院…?」

「そこまで大層な施設ものではないけど…」

そう口にしながら、女性は私の上半身をまじまじと見る。

「起き上がるにも…その格好じゃあ、目立っちゃうわね。…着替えた方がいいかしら」

「あ…」

女性に指摘されて、私は気がつく。

毎度の事だが、時代や文化が全く違う時代に時空移動すると、服装で怪しまれるのは仕方ない。しかも、前回いた時代での服装が海賊のそれとさして変わらないので、不審者丸出しの状態だった。

「私のでよければ、貸すわ!えっと…」

「緑山沙智…です」

「あら、日本人だったのね!…私は、蓮見双葉。貴女と同じ日系人なの。だから、フタバでいいわ!それと、そこに突っ立っている木偶の坊が、シェルト。よろしくね、沙智!!」

「う…うん…!」



その後、フタバの服を着せてもらった私は、彼女と共に町へ繰り出していた。

サティアが言うには、この時代は西暦2450年のアメリカ。私達が暮らす現代から150年前の世界なので、これまで訪れた時代の中では一番近代的だろう。ただし、本来予定していた時代の座標と少しだけズレていると、サティアは話していた。

でも、時空超越探索機これなしで時空を超えられたんだから…やっぱり、“生命の泉”はすごいんだね…。あの後、彼らはどうなったのかな…?

フタバと歩きながら、私はそんな事を考えていた。

前に訪れた時代にてサティアが原因不明の一時停止に陥ったため、時空超越探索機をまともに使えなかった。しかし、その時代にあった伝説の代物のおかげで、今この場に立てていると言っても過言ではない。

「…どうしたの?」

「…ううん!何でもない!!」

考え事している所をフタバに声かけられたので、私は挙動不審になってしまう。

彼女は首を軽くかしげたものの、それ以上の詮索をしてくる事はなかった。

「それにしても…到る所でみんな、“魔法”を使う…んだね」

「そうね…って、沙智。貴女もしや、魔法を見たことがない…!?」

何気なく呟いた一言に、フタバがものすごい勢いで食いついてくる。

「覚えていないだけ…かな」

私はそう口にしながら、魔法で火をつける店員を見つめていた。

…「文献で読んだくらいしか知らない」なんて、絶対に言えないしね…

ため息交じりで考えながら、私はフタバの後をついて歩く。


ここは、食べ物屋が集中している通りなのか。人はまだらでどの店もぼろく荒んではいるが、皆が懸命に働いていたのだ。

この不思議な現状は、文献で読んだ“スラム”と似た雰囲気を感じさせる。そのため、周囲で遊んでいる子供たちの服装も、あまり清潔とはいえない。

「あ!フタバ姉ちゃんだー!!」

「買い出し~??」

すると、店の周りで遊んでいた2・3人の子供たちが、私達に近づいてくる。

「皆、こんにちは!ええ、夕飯の買い出しって所かな」

「何だか、見慣れないお姉ちゃんも一緒だね~!」

フタバが挨拶をすると、子供の一人が私を物珍しそうに見上げていた。

『アメリカは、多民族国家とは聞いていたけど…この頃もそうだったのかしら?』

人工知能サティアがそう呟く中、周りにいる子供たちはそれぞれ白色・黄色・黒色人種が揃っていたのである。それでも、途中で見かけた人々だと、やはり白色人種が多い。

「こんにちは」

何も口にしないのは不審がられそうなので、営業スマイルのような笑顔を見せながら、子供の頭をゆっくりと撫でた。

それにしても…今回のログイン相手って、どんな人なんだろう…?

子供と戯れながら、私はそれについて考えていた。無論、どの時代でもすぐにログイン相手が見つかる訳ではないのは理解している。しかし、パスワードたる単語も意味深なものだったため、何故か不安がよぎるのだ。

機械人形マリオネット…か」

「ん?マリオネット…?」

私がポツリと呟くと、横にいたフタバの流暢な発音が響く。

「あ…ううん!何でもないよ!」

フタバが不思議そうにしていたので、私は思わず誤魔化してしまう。

ただし、皮肉な事に、その単語を口にした事で、彼女がログイン相手ではないと悟ったのである。


「そういえば…フタバは魔法を使えるの?」

「?どうしたの?突然…」

その後、市場で必要な物を購入し終えた私達は、“家”への帰路へとついていた。

「んー…。いや、もし使えるなら、私にも教えてほしいな~なんて…」

「使えない方が…!!」

「!?」

私が彼女に問いかけた理由を口にしようとすると、本人からの台詞で遮られてしまう。

この時フタバが見せた表情は、何かを拒絶し、恐れているように感じた。雰囲気が大分変っている事を悟ったフタバは、軽く深呼吸をしてから口を開く。

「…ごめんなさい。声を荒げて…」

「びっくりしたけど…うん、大丈夫だよ」

私は瞬きを何度も繰り返して動揺しているように見えるが、こういう事には割と慣れていたため、内心では冷静でいる事ができたのである。

「この国ではね…。魔法を使えると、確かに良い事はある。便利でもある。…でも、腕次第では、前線送りになる可能性がある。それは、男女関係なく…ね」

「そっか…」

彼女の説明に、私はどうして声を荒げたのかを悟る。

多分これから…魔法を原因とした、世界中を巻き込む戦が起きるって事だね

『…そうね。私達が知る魔法大戦の火蓋が切られたのが、ここアメリカらしいし…』

私の思いに対し、サティアが答えてくれた。

「…フタバ…?」

気がつくと、フタバが私の服の裾を軽く掴んでいるのが、目に入ってきた。

「私は…使える人間の一人。でも、この事は他言無用ね」

「わ…わかったわ」

声を低くして教えてくれたフタバに、私は同意する。

何故釘を刺されたのかはわからないが、何か複雑な事情があるのだろうと、唐突に理解したのであった。



「ただいまー!」

何事もなかったような口調で、フタバはドアを開ける。

「フタバ、おかえりなさーい!!」

「わっ!?」

すると、玄関に数人の子供たちが集まってきた。

そっか…表口から入ったのは、そういう理由わけか…

私は、出かける際は裏口だったが、帰りは正面から入ったのは、孤児達と顔を合わすためだったのだと考える。

孤児という事は、それぞれが複雑な事情を抱えているのだろう。しかし、ここにいる子供達はそれを感じさせないくらい、生き生きとしていた。

 妹や弟って、こんなかんじなのかなー…

子供らに囲まれているフタバを見つめながら、私はそんな事を考えていた。

「そういえば、皆。シェルトは?」

子供たちをあやしながら、フタバはシェルトの事を問いかける。

「そういえば、お客さんがきてたよー?」

「!!」

一人の少女がそう口にした途端、彼女の表情が少し強張る。

…そういえば、シェルトって普段は何しているんだろう?あの雰囲気からして、主夫でもないだろうし…

私はそんな事を考えながら、別室へ移動するフタバの後をついていくのであった。


「…おや、フタバさん。ご機嫌麗しく…」

「帰ってください」

フタバは、彼女に声をかけた男性に対し、拒絶の意思を見せていた。

その場にはフタバとシェルト。そして、40代くらいの中年男性がいる。シェルトとその中年男性が向かい合って座っているのを見ると、どうやら仕事の話をしているようだった。フタバから聞いた話だが、彼は孤児を預かって育てている傍らで、いわゆる“何でも屋”にて生計を立てているらしい。

拳銃を使えるってのは、いかにもアメリカらしいな…

私はフタバから聞いた話の事を考えながら、そんな事を考えていた。

因みに私は、彼らがいる部屋の少しだけ開いたドアから、こっそりのぞき見をしていたのである。

『…やっぱり、忍の技が使えないと、潜んでいてもどこかぎこちないわね』

 …仕方ないよ。ログインしてないんだし…

サティアが口にしたちょっとした嫌味に、私は頬を膨らませて答える。

その後、私とサティアは、彼らの会話に耳を傾けていた。部外者の私たちなので、話の具体的な内容は理解できない。ただ、フタバが嫌がっていたり、フェルトがあまり快く思っていなそうな雰囲気から察するに、この中年男性は、フタバに何かを強要させようとしているのだろう。

 このピリピリとした状況が続いたら、実力行使の可能性もあるのかな…?

私は、そんな事を考える。というのも、魔法が実在していたこの時代、戦争とまでは発展しなくても、魔法を使用した犯罪や抗争がとても多かったのだと考古学研究所の人々から聞いた事があったからだ。

「…では、この話はまた後日と致しましょう」

「…わかりました。では、お帰りですね?」

「いえ、帰る前に…」

一応は話がついたらしく、フタバが男性を見送るために席を立とうとするが、男性はそんな彼女を制止するかのように言葉を口ずさむ。

「…そこに隠れている人、こちらに出てきなさい」

「!!?」

中年男性の視線がこちらに向いた瞬間、私は覗き込んでいたドアの隙間から視線を廊下の方に向けた。

 潜んでいるの…気がつかれた!?

『…まぁ、今のあんただったら、すぐにバレるかもだし…。もしかしたら、あのおっさん。魔法とかで感知したのかもね』

動揺を隠しきれない私の脳裏には、人工知能サティアの声が響いている。

心臓の鼓動が激しく脈打っている。盗み聞きをバレて動揺しているせいもあるが、何か嫌な予感みたいなモノも感じていた。しかし、これは私の潜在意識が、危険信号をかけているのだと、この時は気が付いていないのであった。


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